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第4章 死体の行方

「まず」と理真(りま)は、「コンビニへ行く往路では、死体が見えたという窓にはカーテンがかかっていた、あるいは、カーテンが開いていたのだとしても照明は点いていなかった、ということですね」

「はい」と山越(やまこし)は頷いて、「私が死体を目撃することになったのは、暗い夜道の中で、その窓から明かりが漏れているのがやけに目立っていたため、つい目を向けてしまった、というのがきっかけでしたから」

「なるほど、そういう事情であれば、往路で窓が同じ状態になっていたら、やはり気になって見てしまっていたはずですね」

「そうです、そうです」

「では、午後八時四十分に山越さんが自宅を出て、お隣の前を通り過ぎてから、帰り道に再びそこを通るまでの約二十分間――ここからコンビニまで、徒歩で片道十分と聞いていましたから――午後九時ちょうどまでの、その間に、カーテンが開かれた、あるいは照明が点けられたということになりますね。死体が、それ以前から部屋にあったという可能性もなくはないですが、死体がカーテンを引いたり、照明を点けたりするわけはありません」

「ということは、死体も……」

「ええ、その二十分間で出現した、つまり、殺されたと見て間違いないでしょうね。カーテンが引かれたのは、殺された人物と犯人が取っ組み合いをして、その拍子に開けられたのだと考えれば自然です」

「なるほど」

「そうして、死体を目撃した山越さんが通報して、警察が乗り込むまでのあいだに、何者かが死体を移動させてしまった、と考えられますね。お話によれば、死体を目撃してすぐに110番通報したわけではないということですが」

「そうです。悪いこととは思ったのですが、やっかいごとに巻き込まれたくないとか、色々と考えてしまって……」

「ええ、理解できます。それで、死体を発見してから実際に通報するまで五分、さらに、通報から警察が到着するまで五分くらいの時間がかかった、ということで間違いありませんか」

「ええ、概ね、そのくらいのはずです」

「ということは、山越さんが死体を発見して、警察が到着するまで、午後九時から九時十分の、約十分間のあいだに、死体は消えたということになりますね。まあ、山越さんが見たのは死体じゃなくて、何かしらの理由で死体の振りをしていた生きた人間だった、という場合もありえるわけですが、ここは話を複雑にしないために、隣家にあったのは死体だった、と断定して考えることにしましょう」


 山越は、「分かりました」と頷いた。


「だったら」と次に保志枝(ほしえ)が、「死体がひとりでに動くわけはありませんから、死体を移動させた人物がいるはずですよね。そうなると、その死体を動かした人物というのは、居住人の久津(くつ)(もり)以外には考えられませんね」

「どうして、そう思うの?」


 理真に問われると、保志枝は、


「だって、警察官の質問に対して、久津森は『七時半に帰宅してから外出はしていない』と答えたんですよね。だったら、死体が運び出されたときにも、久津森は在宅していたわけですよ。お隣も、ここと同じ間取りの1LDKだということですから、そんな狭い屋内で、居住者に気付かれないように第三者が死体を運び出すだなんて真似、可能だとは思えませんから」


 一理ある。が、


「でも、琉香ちゃん」と私が、「それは、あくまで久津森さん自身が言っていることでしかないわけだから、虚偽の証言という可能性もあるよ」

「ああ、そうですね。ということは……実際は久津森は、ある程度の時間、自宅を留守にしていて、そのあいだに殺人事件が起こって、犯人が死体を運び出し終えてから、久津森は帰ってきたと、こういう可能性もありえるわけですね。つまり、久津森は犯人ではない」

「その場合、なんで久津森さんは、『外出していない』なんて嘘をつく必要があったのか、って疑問が出てきちゃうけれどね」

「うむむ、そうですね……」首を傾げた保志枝は、「そもそも、山越さんが見たという死体は、いったい誰なんでしょう?」

「犯人が久津森さんなら、彼が恨んでいた人物、という可能性が高いけれど、これも、そもそも、久津森さんの人となりなんかが分からない以上、推理どころか推測もしようがないね」

「ううむ……」

「死体もない、関係者の素性も分からないじゃあ、取っかかりがなさすぎだよ」

「理真先輩、何とかなりませんかね……?」


 懇願の視線を、保志枝は理真に向けた。


「そうね……」と理真は、「せめて、死体があったという部屋を調べられれば、何かしら手がかりも見つかるかもしれないけれど……。警察が乗り込んだとき、死体は見つからなかったわけだけれど、山越さんの目撃情報では、死体からは出血があったというから、拭き取ったにしても、僅かな血痕が残っている可能性もあるからね。鑑識が入ってルミノール検査をやれば、もう一発で分かるんだけれどね……」

「やっぱり、突撃しちゃいますか? 私、大きなしゃもじを調達してきましょうか?」


 やめい。


「あはは」と、それを聞いた山越が、エクソシスト(ごう)()みたいにですか?『この部屋で人が死んでいますぞ!』って」

「あはは」


 保志枝は笑ったが、私と理真は互いに目を合わせるしかなかった。その反応を見た保志枝が、


「あ、もしかして、先輩方はご存じありませんか? エクソシスト剛田」

「誰? プロレスラー?」


 首を傾げて理真が訊くと、


「違いますよ。除霊を専門に行っている霊能力者ですよ。今、ネットでちょっとした有名人になっているんですよ」

「ああ、だから、エクソシスト。で、その剛田さんが、大きなしゃもじを掲げてお隣の晩ご飯に突撃するの?」

「晩ご飯じゃありませんよ。除霊ですよ、除霊」

「どういうこと?」

「エクソシスト剛田という人はですね……」


 保志枝の話によると、エクソシスト剛田は、彼女も言ったように、ネット動画でちょっとした話題になっている(自称)霊能力者だということだ。専門(?)は除霊で、中でも彼が得意としているのが、住居に取り憑いた霊を祓う、というものだそうだ。剛田は、さっきも話に出た、いわゆる「事故物件」を探し、そこに住まい、部屋に取り憑いている(とあくまで彼が言い張る)霊を除霊するまでをドキュメンタリー形式の動画にして配信しているのだという。中でも話題になったのが、そこが事故物件であるという告知をされないまま借主が入居したアパートに突撃して、「自分が除霊を済ますまで他で暮らしてほしい」と、半ば強引に借主を追い出して除霊を始めてしまった、という動画だった(山越の言っていた「突撃」とは、このことだった)。そのときは、剛田の突撃によって、自分の部屋が事故物件だったことを知った借主が、そのことを告知をしなかった貸主に対して損害賠償請求を行い、貸主が慰謝料も含めた引っ越し代を支払うことになったという、除霊とはまた別のドラマが繰り広げられたそうだ。


「……はあ、世の中には色々な人がいるんだねぇ」

「東京は凄いねぇ……」


 半ば感心、半ば呆れて、理真と私はため息を漏らした。その反応の、感心のほうばかりを受け止めたのか、保志枝は、うんうんと頷いて、


「エクソシスト剛田って、あの冥道院(めいどういん)(じゃ)(ばん)も認めた霊能力者なんですよ」

「その人って、この前殺人容疑で逮捕されたインチキ霊能力者じゃん。俄然、胡散臭さに拍車がかかった」


 私が言った直後、呼び鈴が鳴った。はあい、と返事をして席を立った山越が、玄関ドアを開けると、


「あ、大家さん」


 戸口には、ひとりの男性が立っていた(なにせ1LDKなので、私たちのいるダイニングキッチンと玄関は直結しているのだ)。山越の言葉からすると、この人がここの大家らしい。年の頃は五十がらみといったところか。先ほど山越から聞いたエピソードが念頭にあるためか、なるほど、いかにもいい加減な人物に見える、と評したら怒られるだろうか。


「そうそう、家賃でしたね」


 と山越は、「この時間に約束していたんだった」と呟きながら、ダイニングキッチンを抜けてリビングへと姿を消した。いっときとはいえ、見ず知らずの大家と同じ空間を共有することになり、気まずさから私はそちらから視線を逸らしてしまった。すぐに戻ってきた山越から、家賃の入った封筒を受け取ると、「どうも」とひと言だけ残して、大家は玄関を出た。少し経ってから、玄関のある表からではなく、裏のほうから車のエンジン音が響き、遠ざかっていった。


「今の車の音は、大家さんのものですか?」


 私が訊くと、


「そうです。大家さんの自宅から来ると、表よりも裏の道のほうに車を駐めたほうが近いので。表通りは道幅の割には結構車の往来があるので、路駐するのに都合が悪いという事情もありますけれど」山越が答え、「どうでしたか、あの大家さん、いかにもいい加減そうな人だったでしょ」


 そうですね、と首肯もしがたく、私は笑みを浮かべてお茶を濁すしかなかった。


「さて、理真先輩、どうしますか? これから」

「そうだね……」保志枝に訊かれた理真は、腕時計を見て、「もうこんな時間だから、本格的な捜査は明日からにしようか」


 新潟を出たのが午後三時頃だったため、今はもう夕刻に近い時刻となっている。


「そうですね。明日は、警察に話を聞きにいきますか」

「琉香ちゃん、知り合いの刑事でもいるの?」

「いえ、そこは、理真先輩の顔で」

「無茶言わないでよ」


 ホームの新潟県警とは勝手が違う。事件化もしていない話を理真が相談できる相手など、警視庁にはいない。


「そうですか。分かりました、私が先輩記者の伝手(つて)を使って、何とかしてみます」


 保志枝が拳を握ったところで、私たちは山越の家を辞した。理真は山越と連絡先を交換しあい、何か異変が起きたら昼夜問わず知らせてもらうことにした。


「さて、理真先輩、由宇(ゆう)先輩、久しぶりの再開を祝して、飲みにでも行きますか」


 もしかして琉香ちゃん、安楽椅子探偵云々は別にして、それが目的で私たちを呼びつけたのではあるまいか。とはいえ、私も理真も、その提案に異論などあるはずもない。

 適当な居酒屋を見つけて一杯引っかけたあと、私と理真は琉香ちゃんが手配してくれた(可もなく不可もない)ビジネスホテルにチェックインした。



 翌朝、理真と私は保志枝からの電話で叩き起こされた。山越の隣家で死体が発見されたという。死んでいたのは、その家の借主、久津森(えつ)()だった。

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