第六話「芹沢さんは華麗に弾けなくとも、ただ美しい」
金本からの提案により、僕たちは校内ライブに向けて練習を開始した。
「そうそう! そこは、中指で五弦の三フレットを押さえるんだよ」
僕は楽器を弾いたことがない芹沢さんに、ギターを教えている。
ーージャッジャッ……ベロン!
芹沢さんがピックで弦をはじくと、かすれたような音が鳴る。
「ごめんなさい、岩崎君。途中で指が浮いちゃって、上手く押さえられなかった」
「大丈夫だよ! 最初はみんな弾けないんだから、ゆっくり焦らず覚えよう」
申し訳なさそうに話す芹沢さんに、僕はそう言葉を返した。
ーーとは言ったものの、このままではライブに間に合わないかも。
金本たちが録音した音源に合わせて弾くからいいとしても、実際に弾くのは三人。芹沢さんの弾くパートも、きちんと曲の中に入っている。それがなければ、楽曲はなりたたない。
「ていうかー。金ちゃんたちの音源……いまだにないのおかしくなーい?」
響子は歌詞カードを見ながら、俺にそう話す。
「そうなんだよ……あの人たち、今になっても音源を用意してくれてないんだ」
「ギターだけだと、まったく練習にならないじゃーん!」
まさしく、その通りだ。校内のゲリラライブをやると言っていた金本は、それっきり僕らを放置している。
受験勉強の合間に録音してくれているとは思うけれど、それでも遅い。
芹沢さんの練習に加え、僕もギターを練習しなければいけない。本当に、このままではライブに間に合わなくなっていく。
「とっ、とにかく! 今は芹沢さんのギターを優先だ! 響子は鼻歌を歌いながら、練習しておけ」
「いや、キョウちゃん……このギャルゲーソング、もう何回も歌ってきたから練習する必要あんの?」
「それでもだ! ライブで散々やってきたからと言って油断していると、痛い目にあうぞ」
「ギャルゲーソングをまたゲリラライブでやるほうが、痛い目にあいそうなんですけどー」
響子は鋭い指摘をしてくる。過去にやったことがある身だからこそ出る言葉だ。
「またってことは、以前に同じようなライブをしたことがあるの?」
話を聞いていた芹沢さんは、そう僕らに尋ねた。
ーーあれは、悲惨だったな。
去年に僕は一人でステージに上がり、ギャルゲーソングとアニソンを披露した。当時はまだ金本たちとバンドを組んでいなく、とにかく曲を聴いてもらいたいがための強行。
結果は冷ややかなもので、聴いていた生徒のドン引きする目を今でも覚えている。
「芹沢さん……それはノーコメントで」
思い出した僕は、どんよりとした顔を浮かべながら答えた。
「それがねー! キョウちゃんって、その時やったのが古いギャルゲーでさ! 曲を流しながら弾いたんだよー」
「今回のライブと同じ……でいいのかな?」
「そーそー! けど、かなりギターが下手でやばかったよ」
「やめろおおお! これ以上、僕のライフを下げないでえええ!」
こちらの気持ちを考えもせず、響子はペラペラと芹沢さんに僕の黒歴史を暴露していく。ギャルゲーというものをまだ深くは知らない芹沢さんに知られてしまう。
そんな芹沢さんは、響子の話を興味深く聞いていた。
「なるほどなるほど! けど、みんなの前で堂々と演奏できるだなんて岩崎はすごいね」
ーーはは、芹沢さん。僕は苦しいよ……君の笑顔を向けられて。
顔は笑顔でも、心の中ではドン引きしているに違いない。
僕はそう思いながら涙目を浮かべていると、部室の扉が開く。
「やあやあ! 待たせたな、録音した音源を持ってきたぞ」
「……金本先輩!」
部室に現れたのは金本だった。手にはCDの入ったケースを持っていた。
「和田に頼んで弾いた音を編集してもらってたら、遅くなってしまったよ! なんだかんだで、やつもこだわってねえ」
「へえ、そうなら音源は期待できそうですね」
「うむ! まるで、原曲のような仕上がりになっているだろう」
金本は僕にCDを手渡す。すぐさま、それをパソコンに入れてスピーカーの電源を入れた。
「どうだね、芹沢さん。ギターは弾けているかね? ギターもよいが、曲に使われているゲームを知らねばイメージしにくいだろう」
「はっ、はい……」
「金ちゃん、まさかゲームまで持ってきたの?」
「当たり前だろう! わざわざ、それ用に古いPCも用意したんだぞ!」
そう言った金本は、ドドンと机に重たいパソコンを置く。
「いや、先輩……ゲームより曲の練習を優先したいんですが」
今はなにより時間が欲しい。ゲリラライブのために、少しでも上達させたいのだ。
「なにを言うか岩崎君! ゲームを知り、その物語を理解することによって曲の表現力に繋がるだろう! これも、練習だ」
「あんたが芹沢さんとゲームをやりたいだけでしょう! それは、セクハラになりますよ!」
「な……なにを言うか貴様ー! 僕がそんなやましい男だと思っているのかい?」
「思ってますよ! というか、先輩は音源を持ってきたんだから帰って受験勉強をしてください!」
僕は、椅子に座り込むでいる金本を無理矢理に部室から追い出す。
「こら、岩崎君! せっかく来たんだからゆっくり居座らせ……うわああああ!」
ヒョイっと金本を追いやって、扉を閉める。
「……キョウちゃん。あんた、変わったわねえ」
「さあ! 気を取り直して、金本先輩が託した音源に合わせて弾いてみようか」
なにごともなかったように、僕は二人に話す。
「芹沢さん、大丈夫? 弾けそう?」
「とっ、とにかく頑張ってみます! やってみましょう!」
声をかけると、芹沢さんは奮起したようにギターを背負って立った。
「よーし! それじゃあ、イントロから弾こうか」
同じように僕もギターを持って、パソコンの再生ボタンを押す。
僕たち三人でやる初めてのギャルゲーソングがスピーカーから流れ出した。僕はいつもように、ギターの弦を鳴らし始める。
ーージャラ! ジャラ! ジャジャ……ン!
そして開始数秒。芹沢さんの弾くギターから、謎な音が鳴り弾いた。