第五話「あれはトラウマ級の悪夢ゲリラライブ。そして再び」
次の日になり、僕は芹沢さんにギャルゲーがどういうものかを尋ねられる。
「つまりは、男の子が可愛らしい女の子と恋愛をするゲーム?」
「う、うん。テキストを読んでいって、現れた選択肢を選んでヒロインを攻略する……みたいな?」
授業が始まるまでのわずかな時間に、僕は芹沢さんにそう説明をする。
ーーなぜ、ギャルゲーを芹沢さんに教えているのだろう。
普通ならば、昨日やっていたテレビ番組とか勉強がだるいみたいな、たわいのない話題を話すだろうに。
いや、まず転校生である芹沢さんと会話をしていること自体が僕にとっては不思議なことだ。
周りのクラスメイトからの視線が、劇的に痛い。
「あの破天荒オタク野郎が……芹沢さんに変なものを教えやがって」
「去年、あいつのした黒歴史を晒してやろうかあ」
というような、恨みがこもった男子生徒の声が聞こえてくる。
ーーやめたげて! 岩崎の黒歴史を思い出せないで!
冷や汗をかく僕をよそに、芹沢さんは熱心にスマホでギャルゲーを検索しているようだった。
「わたし、こういうゲームって初めてだけど……まずはどんなものがいいのかな?」
「え? ああ、たくさんの作品があるからなにから始めればいいかわからないよね。僕は……」
そこで僕は、言葉を濁す。自分が初めてやったギャルゲーをふと思い出した。
ーーははは、義理の妹を攻略するギャルゲーなんか、芹沢さんに勧めれるわけない。
ーーだれが好き好んで、義理の妹と恋愛したいんだ?
「……僕だったわ」
「どうしたの? 岩崎君」
「ごめんごめん。まっ、まあ……まずはスマホでできる美少女ゲームがいいんじゃないかな」
ひとまず芹沢さんには、そこまでオタクらしくない有名なパズルゲームを紹介した。
しかしギャルゲーはともかく、同好会のメンバーをどうするかが問題だ。
僕に響子。そして、同好会に入ってくれた芹沢さん。三人しかおらず、まだメンバーが集まっていない状態。
なにかしら勧誘活動をしなければ、バンドどころか同好会の存続もあやうい。
「……また、校内でゲリラライブをやるか」
かつて俺はギャルゲーソングとアニソンを、校内でゲリラライブをした。
結果は悲惨だったけれど、なにかしら爪痕は残せた。それをまたやろうかと考えている。どうにかして、僕たちの同好会に目を向けてもらわなければ。
机で一人、僕はあれこれ考えていく。あっという間に放課後になり、僕は部室へと向かおうとする。
「岩崎君! 部室へ行くなら一緒に行きましょう」
「え? うっ、うん」
途中に芹沢さんに会い、二人で部室へと歩く。女の子と二人で歩くなんて、滅多にない。
廊下にいる男子生徒の視線がどうにも気になるが、芹沢さんはまったく気づいていない。
「あっ! キョウちゃんにせりっち! 部室に行くなら一緒にいこー」
またまた向かう途中、響子に会うと一緒についてきた。
女の子二人に、僕。
ギャルゲーやラブコメにありそうな展開。
僕はつい、顔がにやけてしまう。
「岩崎君……なにをギャルゲーの主人公みたいなことをしているのかね? 僕はゆるさんぞー!」
部室に着いて中に入ると、いきなり金本にそう責められる。
ーーだから、なんで金本先輩は部室に来るんだ! 受験勉強をしなさいよ。
気持ち悪い顔を近づける金本に、僕は引きながらそう思った。
「金本先輩……どうして部室に?」
「うむ! 可愛い後輩のために、なにかしら力になろうと思ってな!」
「いや、毎回部室に来られても困りますよ」
「なにを言うかああああ! 貴様、ハーレムを築き上げるつもりか? 僕は許さんぞ!」
うるさい金本の叫び声に、僕はため息をつきつつ椅子に座る。
「あっ、芹沢さん。適当に座ってね? 狭い部室だけど」
「ありがとう。けど、普段は同好会ってどんなことをするの?」
「えー? ギャルゲー雑誌を見ながらしゃべったり、ダラダラするくらいじゃないー?」
ーー響子の野朗……芹沢さんが引くような活動内容を言うんじゃない。バンドで曲を弾くことも言え。
まるでふざけた同好会みたいなことを話す響子。だが、どうにも活動内容に関しては否定できない。ほとんどダラダラ過ごすようなもので、文化的な同好会とはいえないだろう。
「芹沢さん……ちゃんと楽器を使ったこともするから安心してね? ギャルゲーもそこまで沼せないから大丈夫」
「けど、話をしたりするのはいいと思うよ? なんか、まったりできるだろうし」
そう笑顔で話す芹沢さんは、嫌がる素振りを見せず椅子に座る。
「今日も新作ギャルゲーをチェックと言いたいが、それよりも重大なことをやらねばだ」
まるでリーダーのような仕切りで、金本は僕らに向かって話す。引退した身であるのに。
「はっ、はあ……重大なことってなんです?」
「……それはだね」
金本は机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくる。どこかで見たことがあるポーズをして、言葉を続ける。
「君たちには、我が同好会の存続させるため校内でライブをやってもらう。もちろん、ギャルゲーソングをだ」
提案された内容は、僕が考えていたことと同じだった。生徒一人でも同好会を理解してもらい、入会させるのが目的。金本は、僕らにそう話した。
「けど、明らかにメンバー不足ですよ? 先輩たちはもういないし、ベースやドラムはどうするんですか?」
「問題ない! 受験勉強など四六時中してるわけではあるまい? やつらには事前に録音させて、それを流せばよいのだ」
「……つまり、その音に合わせて演奏するってことですか?」
僕が尋ねると、金本は無言でうなずく。
極に合わせて楽器を弾くことは、今まで何度かあった。それは決して難しいことではない。
ただ、一人を除いて。
「もっ、もしかして……わたしも一緒にですか?」
芹沢さんはうろたえながら、そう金本な尋ねる。
ーーそりゃあ、いきなりライブをやれと言われたら焦っちゃうよね。わかるよ、芹沢さん。
まだギャルゲーソングも詳しくないし、それを知らない人に伝えようだなんて意思はまだないはずだ。
ましてや、楽器すら弾いたことがない彼女には荷が重すぎる。
「待ってくださいよ! 芹沢さんはまだバンドに入れるのは早すぎますよ!」
僕は芹沢さんを庇うように、割って入り金本にそう話す。
「キョウちゃん……やけに庇うわねえ」
「なっ、なに言ってんだ! 僕は、芹沢さんに恥をかかせたくないだけだよ。これを理由に同好会を辞める可能性もあるし」
不敵な笑みを浮かべる金本たちに、あたふたしながら僕は答えた。
「新入部員には荷が重いだろう……だがしかし! 例外など認めない! 芹沢さんにも容赦なく、ステージで弾いてもらうぞ!」
有無を言わさせない金本の言葉に、僕や芹沢さんは冷や汗をかく。
かくして、新入会員募集のための校内ライブが決まった。