第四話「なにはともわれ美少女が加入!やったね岩崎君!」
ギャルゲーソングを聴いて、ドン引きしたはずの芹沢さんが部室に戻ってきている。
しかも、なぜか入会希望の用紙を持って。
「芹沢さん……どうして? あまりにも痛い電波ソングを聴いて、頭でもおかしくなったの?」
「いやいや岩崎君? さすがに、それはひどいんじゃないかね?」
金本に呆れられながらも、僕は芹沢さんに尋ねる。
「おかしくなっていないよ? みなさんの演奏がすごかったし……それに」
「……それに?」
彼女の話す言葉に、全員が口を揃える。
「歌の歌詞とかすごいピュアな感じだし、可愛らしいなあって。わたし、そういう可愛いらしいのが好きで」
ーーいやいや、待てい……芹沢さん。
どんなに可愛いとはいえ、それはギャルゲーソングなのだ。普通ならば気持ち悪いと思うのが一般的で、好きになるのは稀。
今までそんな音楽とは無縁だと思っていた芹沢さんに僕は驚きを隠せない。
「岩崎君……僕は今、感動しているぞぉぉぉー!」
突然、金本が瞳を潤ませながら叫ぶ。
「まさか、初めてギャルゲーソングを聴いて、その可愛らしさを理解して入会する女子がいたなんて……まさに感動だ!」
今までいろんなところでギャルゲーソングを弾いてきたが、基本的にはみんな曲を好意的に思うことはあった。
しかし、ギャルゲーソングをバンドでやってみたいという、芹沢さんのような人とは出会ったことはない。彼女が入会希望ということだけで、金本は感動しているのだろう。
「だから、こういう可愛いらしい曲を弾く人たちに携われたらいいなあと思ったの」
芹沢さんは笑顔を見せながら、僕らに向かってそう話す。
「けど……そうなら、なんで演奏が終わったら部室を出て行ったの? 入会希望届は部室にもあるのにー」
響子は不思議そうに、芹沢さんに尋ねる。それを聞いた芹沢さんは、なぜか恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「えっと……その」
「なになに? どんな理由が?」
金本たちも同じように、芹沢さんに疑問を投げかける。
「その……お手洗いに」
モジモジする芹沢さんに、僕は察した。
「なんだー! トイレかあ、我慢してたのかい?」
「金ちゃん……それ、セクハラー」
わははと笑い、部室は和やかな雰囲気。
ただ、僕だけは冷静な顔をしている。
「芹沢さん……よーく考えるんだ、こんな頭のおかしい理想を掲げている連中が作った同好会だよ? 芹沢さんみたいな女の子は、もっと楽しい部活をやるべきだよ」
「そんな連中の影響を受けて、ギャルゲーに目覚めた君が言うことかい?」
すかさずツッコミを入れる金本だが、僕と芹沢さんは違う。
芹沢さんはまだ転校してきたばかりだし、これからたくさんの友達ができるはず。
そんな彼女にギャルゲーソングをやる僕らと一緒にバンドなど組んだら、楽しい学校生活が送れなくなってしまう。
僕はそう心配したから、芹沢さんに慎重になって考えてもらいたかった。
「……ありがとう、岩崎君。心配してくれて」
芹沢さんが、唐突に僕へ感謝の言葉を口にする。
「たしかに、他の部活はどんなかは知らないけれど、わたしにとってこの同好会が楽しい場所になると思うの」
「けっ、けど! もしかしたら、ギャルゲーソングを知っているとクラスメイトに変な目で見られるかもだよ?」
「一人なら悲しいと思うけど、岩崎君やみんながいるなら大丈夫だと思う」
たしかに、ギャルゲーソングをたしなむ人間が自分だけなら、浮いた存在になるだろう。
けど、芹沢さんが言うように僕も含めたギャルゲーが好きな連中もいる。仲間がいるのだ。
話す芹沢さんの目は真っ直ぐで、その瞳から真剣さが伝わる。
「キョウちゃん。これでもまだ、芹ちゃんを同好会に受け入れるのに反対なのー?」
「そうだぞ、岩崎君! 君だって、新入会員を欲しがっていただろう? しかも、ありがたいことに女子だ!」
そう話す響子や金本。それに他のみんなが僕に視線を向ける。
「……わかりましたよ。僕は、芹沢さんの意思を尊重します」
この状況では、そう言うしかない。僕が言った後、まるでお祭りのように全員が騒ぎ出した。
「岩崎君、馬場さん以来の新入会員だ! 約、一年ぶりに信者が誕生したぞぉぉ!」
「……信者?」
「いや、芹沢さん。あまり気にしないで、金本先輩は頻繁に壊れる人だから」
不思議そうに話す芹沢さんに、僕は金本について説明する。とにかく、ギャルゲーソングを弾く集まりこと、音楽研究同好会に新しい仲間が加わった。
「こりゃあ、部室に来るのが楽しみだな! なあ、みんなよ」
「いや、金本……俺たちは受験に向けて勉強しないとだろう。 というか、おまえは早く進路を決めろ」
「僕たちは、もう部活動はできない立場だからね。この同好会は、岩崎君たちに任せよう」
金本を含む、先輩たちは同好会の格好に参加することはできない。
ーーん? ということは……。
僕は先輩たちの話を聞いて、さあっと青ざめる。
「先輩たちが抜けたら、バンドができないじゃないか! ベースやドラムがいない!」
バンドをやるには、必要最低限のメンバーがいなければ成り立たない。
ギターとリードコーラスの僕。メインボーカルの響子。彼女は、歌うだけで楽器を弾けない。
「芹沢さん……ちなみに、なにか楽器はできる?」
僕は、恐る恐る芹沢さんに聞いてみた。
できるなら、ベースかドラムができる人であってほしい。
「あっ、ごめんなさい……わたし、なにも楽器ができないんです。それに、歌もあまり得意じゃなくて」
「ウソだああああああ! 現実は小説より、理不尽かようぅぅ」
僕は頭をかかえ、そのまま床へと崩れ落ちた。
「ふむ! 岩崎君の次にやるミッションが、今……爆誕したな」
「……はあ?」
僕を上から見下ろす金本が、腕を組みながら話す。
「君には、真なる音楽研究同好会。いや、ニューギャルゲーソングバンドのメンバーを集めるのだ!」
「まっ、まあ。現在の同好会員は三人だから、もう二人は入会させないとだな」
「たしかに。じゃないと、同好会は廃部になるだろうな」
金本の話に、岡山と荒木はそう付け加えて口にする。
ーー先輩たちの言う通りか。今のままではバンドどころか、同好会の存続の危機でもある。
先輩たちが同好会を引退するのは、前々からわかっていて新しい会員を増やすためにあれこれしてきた。
芹沢さんが入会してくれるのはありがたいけれど、それでも足りない。
「あははー! この同好会、やばー」
他人事のように、響子はゲラゲラと笑う。
「だっ、大丈夫? 岩崎君」
芹沢さんは心配そうに、僕に声をかけた。
せっかく芹沢さんが入会するのに、これでは情けない。
「こうなったら、楽器ができてギャルゲーが大好きなやつを探してやる! どんな、手段を使ってでも」
僕は立ち上がり、そう高らかに宣言する。
金本たちに代わる、新たなギャルゲーソングバンドを作る。そして、僕らのギャルゲーの良さを広めるために再活動するのだ。
こうして新しいメンバーである芹沢さんを迎え、僕らの同好会は動き始めた。