第三話「勧誘演奏!キミに届かないでくれ」
かつては、ギャルゲーソングを様々な場所で弾いてきた音楽研究同好会。
学校でのライブ以外に、商業施設や老人ホーム。そして地元のライブハウスでギャルゲーソングをやり、大きなイベントにも参加した。
一番の功績は、東京のライブハウスでやったことだろう。
つまり、僕らはそれなりに場数を踏んできたライブバンドと言える。
「そんな僕らが、久しぶりに演奏……しかも、無垢な転校生の前で」
今までやってきたライブは、ギャルゲーやエロゲーソングの良さを知らない人たちに聴かせる目的でやってきた。
本来ならば、この場での演奏は理にかなっているのだろう。だがしかし、相手は僕のクラスにやってきた転校生。しかも、女の子だ。
こんなオタクしか聴かないようなジャンルを弾くやつがクラスメイトだと知ると、間違いなく引く。
せめて教室の中だけでも、普通の同級生でありたい僕は、できるならば演奏などしたくない。つまり、同好会の目的より保身に走った。
「えー。僕らはだな、とあるジャンルの楽曲を世に知らしめるために活動してきたのであってー」
そんなことを考える僕を横に、金本は同好会について説明し始める。
ーーこの、おかっぱ頭野郎! よけいなことをしやがって。
恨みを込めたような目で、僕は金本を睨みつけた。もうここまで来たら演奏しなけるばならない雰囲気。
「グッバイ! 僕が過ごす普通な学園ライフを!」
「きえええい! 岩崎君、やかましいぞい。僕が話しているだろう!」
悲しき思いを口にする僕に、金本は奇声を上げて怒鳴る。
「……岩崎君、よくわからないがあきらめよう」
ぽんと僕の肩に手を置き、先輩である和田がそう話す。目の前で今かと待っている芹沢さんを見つめ、僕はギターを構え直した。
「えー。話が途切れたが、僕らは今の世の中に蔓延る日本の音楽に、一矢報いるという野望を胸にー」
金本の長ったらしい話が続き、まるで校長のような口ぶりで話していく。
金本の口からギャルゲーやらエロゲーなど言ったら、芹沢さんはどう思うだろうか。
ーーああ、やっぱりゴミを見るような目をするんだろうな。
ギターを構え、ピックを持つ手が微妙に震える。
芹沢さんのような人たちへ、ギャルゲーソングなどの良さを知ってもらうために活動はしてきた。だが、まだ一定の人には理解されないのが現状だ。
「つまり! 我々はギャルゲーソングの良さを知らしめるために……バンドを組んだのであーる!」
僕が頭の中でいろいろ考えていると、金本はついにそのキーワードを言ってしまう。
横でそうだそうだとうなずいている和田たち。その姿から、かつての闘志が燃えているようだ。
ーー久しぶりの演奏だから、気合いが入ってるなあ。受験勉強のストレスも溜まっているのかな?
そんなことよりも、芹沢さんは金本の言葉を聞いてどう思ったのか。僕は、ちらりと彼女に目を向けた。
芹沢さんは目をまん丸にして、ポカンとしている。それは、まるで僕が初めて金本たちの話を聞いた時と同じだった。
「では……さっそく聴いて頂こう! 曲は神曲、ピュアピュアLOVE!」
そんな芹沢さんに構うことなく、金本は曲のタイトルを叫びギターの弦を思いっきりはじく。
ーージャラランー! ジャッジャッ!
アンプからギターの激しい音が鳴り始めた。それを合図に、みんなは同時に楽器を弾く。
その音はもはや完璧で、なんのミスもない。受験勉強で、しばらく楽器を弾くのを
辞めていたであろう人が出せるものではやかった。
ブランクなど感じさせない演奏で、僕は驚く。
ーーそれにしても、すげえな……この人たちは。
僕は金本たちが弾く音を聴きながら、そう思っていると、これまでやってきた活動を思い出した。
芹沢さんに向けて放たれる必死のギャルゲーソングのフレーズに、僕も応えなければならない。
マイクスタンドに近づき、ギターを弾きながら僕は深く息を吸い、歌を歌う。
それに合わせて、同じくメインボーカルである響子も重ねるように歌い出した。
甘ったるい歌詞に乗せ、響子が歌うメロディに僕はハモる。
なにせ、僕はハモリパートとコーラスを担当するリードコーラスボーカルなのだから。
意味のわからないパートだが、久しぶりに歌う声は変わっていない。
みんなでライブをやった時と同じパフォーマンスだ。
部室に響く、僕らのギャルゲーソング。
バンドとして久しぶりに演奏したのに、変わらずすごかった。
ーーああ、やっぱりギャルゲーソングを弾くのは最高だな。
芹沢さんに対する不安など消え、いつのまにかギャルゲーソングを弾くことを楽しんでいた。
ーージャーン! ジャンジャン!
あっという間に曲を弾き、最後のフレーズを弾き終わる。
「ふう! みんな、久しぶりに集まったのに、よく弾けたではないか!」
「だっ、だなあ。僕のドラム、少し衰えたかなあ」
「いや、悪くなかったね。けど、やっぱり指が前より動かなくなったな」
演奏が終わると、金本たちは満足げに話しながら感想を言い合う。
「あたしもー! でもさ、やっぱりギャルゲーソングを歌ってるとテンション上がるなー」
「だよな、僕もそう思っていたんだ! やっぱりバンドで弾くのが一番だ」
響子の言葉に、僕は興奮しながら話す。
全員が集まった演奏したことと、曲を弾いた高揚感から次第に声が張り上がる。
「……」
わっはっはとみんなが盛り上がっている中、僕は芹沢さんがいたことに気がつく。
その瞬間、さあっとテンションが下がり冷や汗をかいた。
ーーあっ、つい熱中しすぎて……芹沢さんの存在を忘れてしまった。
先ほどから演奏を聴いて、ずっと黙っていた芹沢さんに僕は青ざめる。
萌え萌えな歌詞に、それを演奏するオタクたち。
その姿を見てしまった彼女は、きっとドン引きしているだろう。
芹沢の顔を見るのが怖くなった僕だが、恐る恐る彼女の顔を見てみる。
見ると、顔を下に向けている芹沢さんの姿があった。
「あの……芹沢さん」
「ごめんなさい……岩崎君、ちょっと失礼しますね」
僕が声をかけると、芹沢さんはバタンと席を立ち、そう言い残して走りながら部室を去っていく。
「……やはり、ダメであったか」
芹沢さんがいなくなり、金本はぽつりとつぶやく。
「ダメであったかじゃないでしょー! どうするんですか、芹沢さんになんてことをしてくれたんだ……あんたっ人はあぁ!」
「待て、岩崎君! 早まるな……種が割ちゃう! うわあああ!」
僕は金本の胸ぐらを掴み、思いっきり揺さぶる。
僕の予想していた通り、芹沢さんはドン引きして出て行ってしまった。
「どうしたんだ、岩崎君は?」
「だよねー、ただギャルゲーソングを聴かせただけなのに取り乱しちゃってー」
「まっ、まあ。受け入れられない人がいるのは、いつもだからさ」
知らない人間にギャルゲーソングの良さをわからせるのが目的なのは理解している。
だが、相手は転校生で僕のクラスメイトにやってきた隣に座る女の子。しかも、美少女なのだ。
「部活以外の、せめて普通な学校生活がああああ! 教室の中くらい、ギャルゲーを忘れさせてくれえぇ!」
僕の願いは虚しく消えてゆく。
明日から、きっと僕は教室で噂になるだろう。
転校生にいきなりギャルゲーソングを聴かせた、変態クソ野郎と。
「なにを言うか岩崎君! 君は、とっくに我々と同じギャルゲー信者なのだ! オープンでゆけ!」
「あんたは俺が同好会から追い出すんだ……今日、ここで!」
「いいぞ岩崎君! そこで、ガルムスマッシュだ!」
あまりの悲しみに俺は、金本と謎なやりとりをする始末。
ーーガラガラ。
そこへ、誰かが部活の扉を開ける音が聞こえた。
僕は振り返ると、芹沢さんが目の前に立っている。彼女は一枚の紙を差し出して僕らに向かって話す。
「わたし……この同好会に入ります!」
そう高らかに宣言をする彼女に、僕は一瞬思考が停止する。
けれど、芹沢さんから差し出されていたのは、紛れもない入会希望届け出であった。