第百六十四話「ここまできたなら、立ち向かうがギャルゲー好き!」
「それで……いったい、なにを言われたのだ! きぃぃ! まさか、貴様なんぞが会話をできたことがうらやま……けしからん!」
通話を終え、少し放心状態になっている僕の胸倉をつかんでグワングワンと揺らしているが、気にならないくらい疲れ果てた気分だ。
「とりあえず、話を一度整理してみようか」
そう話す和田はこれまでの出来事を簡単にまとめて話し始めようとする。
「前回のミニコンサートでそこまで見せ場がなかった岩崎君。けれど、彼の全体的なパフォーマンスに秘めたる可能性を見たジャスティンさんが、公式のギャルゲーソングに参加させようと試みる」
「まあ、それだけでもサクセスストーリーすぎるけどな。話題性ある芹沢さんたちより、要は岩崎君のライブでの姿を見ての判断か」
「しっ、しかも。それはジャスティンさんだけでなく、ギャルゲーソングを歌う歌手もそうだと思ったからという趣旨の電話が、今ってコト?」
金本を除く、三人がそれぞれそう話しながら内容を確認している。
和田たちの言った通りでもあるのだけれど、僕はまだ頭が追い付いておらず話を黙って聞いている。
「けれど、岩崎君。電話では本当になんて言われたんだい?」
「それはですね……」
僕はそこで先ほどの通話を思い出す。
――話は戻って数十分前。
「初めましてだね? わたしは歌手の……」
「しっ、知っています! 不知火さんですよね!」
この電話の相手であるギャルゲーソングを歌う歌手。アーティストの名前は不知火。
長いことギャルゲーをやってきた者ならば、その名前を知らない人はいない。ギャルゲー黄金期から現在まで、数多のギャルゲーソングを歌うレジェンドだ。
例えクソゲーであっても、この人が歌うギャルゲーでも買うという人がいるくらい。
ちなみにすべて、金本のソースである。
「けど、たしかミニコンサートではお姿はなかった……はずですよね? まったく無関係のイベントなのに、なぜ僕を?」
僕は核心に迫るような質問を不知火さん……いや、様というべきだろうか。大御所アーティストにそう尋ねてみた。
どう考えたって、MARINAさんやジャスティンさんとは接点はないはず。いったいどういう経緯でこんなことになったのか疑問だった。
すると、僕の言葉を聞いた不知火様は答える。
「君を知ったのは、SNSでだね。ほら、MARINAとやってる高校生の!」
「あっ、ああ……なるほどぅ」
まさかの答えに僕は納得しつつ、なぜか落胆をしてしまう。
有名人だろうと一般人でも、SNSから気になる情報を知る時代であるがまさか不知火様もその一人とは。
けれど、僕が映っていない動画がほとんどだしどこで僕の存在を知ったのだろうか。その答えは、すぐにわかった。
「どこのイベントかなって思って調べて、ギャルゲーの会社を知った後に事務所から連絡をしてもらって……」
不知火様曰く、最初は芹沢さんたちのパフォーマンスに興味を持ったらしくジャスティンさんの会社にアポを取ってみたらしい。
ジャスティンさんは快く承諾してあれこれ話をしたらしく、その会話の中で僕のことも話してくれたようだ。
そこで彼が僕の映るところをスマホで録画していたようで、それを見た不知火様がなにかに反応をしたという。
「それで、もし気になるようなら君を含めてギャルゲーソングを一緒にやったらどうかと言われてね」
「はっ、はあ……」
もはや話が超展開すぎて思考が追い付かない。ギャルゲーソングに関わる人間はこうも、変な人が多いのだろうか。
「彼女たちはパフォーマンスで輝くタイプ。君は……パフォーマンスとサポートで輝くなと思ってね、ジャスティンさんの思いつきにオーケーしちゃった! はははは」
――やっぱり、変だ。この人も……。
ギャルゲーソングを歌うプロを三人は知っているけど、全員共通して変に楽観的だ。
金本たちが話すようなマイナスなイメージはいまのところ感じられない。
「まあ、スケジュールの関係ですぐに顔合わせは難しいだろうけど、実際に君がどう歌って弾くかを見て正式にオファーを受けるか決めることになるけど……いい?」
そこで不知火様の声のトーンが変わる。やはり、音楽に対することに絶対的なこだわりがあると呼んだ僕は答える。
「もちろんです! がんばります!」
そうはっきりと答えると満足そうな聞いて、またジャスティンさんと代わる。
「ということデース! 芹沢ガールたちより、存在を見せつける意味も込めて、トライをしてくだサーイ」
「はっ、はあ」
「とりあえず、ギャルゲーソングの打ち合わせデイが決まったら連絡するからそれまでプラクティスを怠らずにデース」
そう言って電話を終えて、放心状態になった。
そして時間は今に至り、和田たちにその話した内容を伝える。
話を聞いた和田たちは、信じられないような顔をして黙ってしまう。そして、しばらく間が空いて和田が口を開く。
「理由や経緯が謎でも、不知火に見つけられたのはある意味奇跡だね。ギャルゲーソングのファンなら泣いて喜ぶくらいだよ」
「だな。正直、うらやまし過ぎるぞ……岩崎君」
「ぼっ、僕らがバンドで活動していた時よりすごいことをしているよね」
その言葉を聞いて僕は思わずうなずいてしまう。それと同時に、このチャンスを無駄にはしたくないと思い始めている。
「やるからには……全力でやります! これが成功をしたら、ギャルゲーソングを広める同好会の活動がさらに広がるような気がしますし」
「そうだね。なんか、目的の頂点を極めた展開だけど岩崎君ならばできるだろう」
和田たちはそうエールを送るように、僕の活動を応援してくれた。
「なあぁにが、頂点を極めた展開じゃあああああ! この金本様無き、音楽研究同好会なぞ……無価値である!」
金本はいきなり話に割り込んで再び奇声を上げてそう口にする。
「おい……もうあきらめろよ、金本。おまえはお呼びじゃないのは明白なんだし、素直に岩崎君の応援に回れよな」
「うむ……まあ、そうだな。これは岩崎君だから成し遂げられることだろう。ここが後輩のために身を引くのが先輩というものだな」
「「めずらしく、金本がまともだ……さっきの奇声はなんだったんだろう」」
まるでスイッチが切り替わったように、金本がそう大人しく荒木の言葉に対してそう答えた。
そんな金本に、僕らはついおどろいてしまう。
――ここで、金本先輩が引く姿勢を見せるのは怪しい……けど、まあ今回はなにもできないだろうな。
そう疑いもするが相手は公式的な人ばかりで金本も下手に手出しはできないだろうと、僕は少しほっとする。
そして、この集まりから数日後にジャスティンさんから打ち合わせの日程が決まった連絡が入った。
「一応、芹沢さんたちに知らせておくか……」
何も知らせないままもよくないなと思った僕は、久しぶりに芹沢さんたちにメッセージを送った。
僕が停学処分中であることもしらないだろうし、しばらくは彼女たちと会う機会もないだろう。
今は、ジャスティンさんやチーム不知火に参加できるように頑張って自分をアピールすることに集中すべき。
これから向かうギャルゲー会社での打ち合わせが、まさに運命の分かれ道。
「よし……いくか」
僕は自宅の扉を開け、ギターケースを背負って戦場へと向かう。
玄関を出てすぐ……そこにはなぜか金本が立っている。
「……へ?」
「さあ……いこうか、岩崎君! 我々の戦場へ!」
金本の姿に思わず全身の力が抜ける僕の腕を引っ張りながら、金本は歩き出した。