第百四十九話「暴徒化しようとも、僕らの音楽は突き進む!」
ステージの幕が開け、観客は歓声を上げて出迎える。それは割れんばかりのもので、いかにそのアーティストを待ち構えているのかを物語っていた。
プロのアーティストはこんな歓声の中でパフォーマンスをやるのだから、それはとても幸せなことだろう。それと同時に、この歓声に応えられる曲をやらなければいけないプレッシャーもものすごいだろう。
それが僕らにも向けられているかといえば、まったくそうではない。
開幕と同時に起きていた歓声はわずか数秒で終わりを告げ、無音が会場を包み込んでいる。
――これは、予想外すぎるのではないか?
本来、ミニコンサートを観に来る目的はMARINAのコンサートであろう。それが観に来て現れたのはどこぞの知らない高校生のバンド。
ほぼ無名である。
その現実を知った観客たちは、どうしたか?それは大いに予想できる。
「ふざけんなあああああ!」
「MARINAじゃないー! 誰だよ!」
「「金を返せー!!」」
まさかここまで阿鼻叫喚な雰囲気に、さすがの僕らもとまどってしまう。
代役であることと、僕らがこのステージに立つ意味をMCで言ってからと思っていたがそんな言うほど会場の空気がおそろしい。
「……えっと、ですねえ」
僕はマイクでなにかを伝えなければと思い声を発するも、思わず言葉を濁してしまう。もちろん僕の声など観客になど届くわけもなく、現在も観客たちの叫び声でかき消されてしまう始末だ。
このままでは僕らの演奏を始めることができない。そう思った僕はなんとかマイクに向かって観客たちに話そうと試みる。
その時。芹沢さんが僕の前にあるマイクスタンドに近づいてきて、マイクを奪う形で声を大きくして口にする。
「あの! 聞いてください! 今日のミニコンサートでわたしたちがやることになったわけは……」
芹沢さんは必死にマイクで僕らがミニコンサートに出ることとなった経緯を話し始める。
MARINAがこの場にいないこと。それでも、ジャスティンさんのギャルゲーメーカーが出すゲームを盛り上げるために僕らをイベントに参加させたい思いなど。
決してお遊びや、観客たちをからかうためではない。
僕らだって披露をする曲が使われているギャルゲーを盛り上げるつもりでこのステージにも立っているのだ。
懸命に話す芹沢さん。彼女ならば、きっとこのオタクたちをどうにかできる。オタクは美少女に弱い生き物である。
情けない話だが、ここは芹沢さんのルックスパワーで黙らせてもらおう。
芹沢さんに期待をして僕は静かに見守る。けれど、観客たちの反応は意外なものであった。
「ちょっと顔がかわいくてギターができるからって、そんなことが許されるかあああ! MARINAを出せー」
「どっ、どうせ……そこの男子高校生と学校で青春ラブコメをしているんだろう! リア充はこの場にいらないんだよおおおお!」
――してねーよ。というか、それは単なる妬みだろうが。
観客たちのごく一部。完全たるオタクっぽい方々の怒りと悲しみの言葉が会場から聞こえてくる。
そして、芹沢さんの言葉を聞き入れるどころか、その怒りの矛先が僕へと一点集中していく。
「ねー。このままじゃあ、さらに収集つかなくなっていくよー?」
「あっ、ああ……かなりのトラブルだよ」
「ですね……まさかの事態に、会場のスタッフたちがあたふたしてますよ」
響子たちもこの状況にどうすればいいかわからず、そう口にする。
「きいいいいい! ギャルに男の娘……あげくには清楚系美少女とバンドかよ! おまえはギャルゲーの主人公かよおおおお!」
「ちげーよ!」
わけのわからないことを観客席から聞こえた声に、僕は思わずそんなツッコミを入れる。
――わああああああああ!
それが発端なのか、会場からはブーイングの嵐が巻き起こってしまう。
さすがの僕もこのオタクたちに黙っていられず言い返そうとした時、マイクで芹沢さんがさけぶ。
「……うるさーい! 皆さんの文句はごもっともですが、わたしたちの演奏はそこまで悪くありませんー! 聞けばわかるんだから!」
あの芹沢さんが普段見せないような怖い顔で、そう言葉を返す。その表情から、かなり頭にきているようだ。
だが、彼女の言う言葉は正しい。
僕らの演奏は悪いものではない。あのMARINA本人が公認したくらいなのだから。それを彼らは知らないのだろう。
けれど、芹沢さんが僕の言いたいことを代わりに言ってくれた。それはみんなも同じ気持ちだったのだろう。
もはや、ここからは演奏で黙らせてやろう。
すると、グッドタイミングで瑠奈のたたくドラム音が鳴り始める。
――ズッダン! ダダダンッ! ドンドン! ダダダン!
あいさつ代わりのように瑠奈のドラムソロが始まり、会場にパワフルな打音が響いていbえく。正確で乱れのない安定したリズム。
強弱のメリハリがはっきりしてエネルギッシュなリズムを刻む。男性のドラマーにも、負けないほどのものだ。
突然のドラムに困惑をする観客。けれど、瑠奈のドラムを聴いた後の空気はたしかに変わったような気がする。
なにかすごいものを観た。そんな風に僕は感じた。
予定にない曲の始まり。だが、すぐに瑠奈のドラムに対応を始めた。瑠奈のドラムに合わせるように、瑠偉がベースを弾き出す。
曲のベースラインではない自分の感性に従ったベースプレイ。けれど、瑠偉の弾く音は披露する曲へと確実に導くものだった。
――ここにきて、またまたベースのレベルが上がったなあ。
音を聴きながら瑠偉のベースがさらに良くなっているのを、僕は感心をする。今回のミニコンサートやMARINAに聴かせるためといった出来事が瑠偉を大きく成長させた。もちろん、瑠奈のドラムだってそうだ。
本番で練習以上の実力を見せつける二人に、僕らも負けてはいられない。
僕と芹沢さんはアイコンタクトをして、リズム隊の作り出すこの雰囲気をさらに良くするために動き出した。
――ジャカジャカ! ジャララララーン!
ギターコードを思いっきり弾く。曲のフレーズではなく、けれどそれに近いもの。ただ、感情のままに。
まるでセッションのようだ。観客とは違った楽しい音楽の時間を僕らはステージで感じている。
なおも困惑をする観客たちだが、少しづつ変化をしてる。ブーイングが少しづつなくなっていき、僕らの演奏をきちんと目で見ている。
彼らが僕らの演奏はおそらく学園祭レベルの下手さがあるものと思っているだろうけれど、その予想は大きく外れた。
僕らのライブは常に進化をしている。それと同時に演奏レベルも確実に上がっているのだ。
プロのバックミュージシャンと比べてしまうとその差はある。けれど、人前で弾けるくらいの腕前はこちらにはある。
ギターを弾きながら観客の反応と演奏のボルテージが上がってきているのを、音で感じた僕はそろそろ頃合いだと判断する。
それをみんなに伝わったのか、弾く音色が徐々に変わる。
――このタイミングならば、いける!
そう確信をした僕はギターのコードを自然に変えて披露する曲のコード進行へとつなげた。瑠偉や芹沢さんも同じで、すべての楽器の音が本来やるべきものへと戻ってゆく。
「それじゃあ、このまま聴いてください! もちろん曲はこのギャルゲーの主題歌……!」
僕はギターを弾きながらマイクに向かってそうさけんだ。
楽器の音色は変わり、披露をするギャルゲーソングへと自然のタイミングで切り替わる。
僕らの奏でるギャルゲーソングが会場へと響き渡っていった。