第百四十七話「その言葉に偽りはなく」
僕を含む、大人たちとの最終打ち合わせが行われている。
打ち合わせとはいっても、ミニコンサートの大まかな流れや段取りなどを確認するものだが、これといってトラブルはない。
「それでですねー。えー、岩崎君たちがステージに上がった後なんですが……」
「うーむ……それで場がどうなるか、正直に言って予測できないですね」
「ヘーイ! それでも、サプライズでオーディエンスが爆上がりならばオーケー!」
「「ジャスティンさん……」」
話の中でMARINAさんのマネージャーがそう口にすると、ジャスティンさんは興奮気味に答える。
その陽気な声に、他のスタッフやらプロデューサーやらがため息をついている。
僕はそんな大人たちのやりとりを聞きながら、目の前に出されたジュースをすすっている。
「学生さんの登場からのすぐに演奏が始まる形になっていますけど、MCとかはどうしましょうか? 岩崎君はできそう?」
「え? 僕ですか?」
いきなり、スタッフの人からそう尋ねられた僕は思わず聞き返してしまう。ここでのMCとはよくあるバンドの自己紹介などではない。
場合によってはミニコンサートがめちゃくちゃになるかもしれない。
「なるべく観客が納得しつつ、感情を抑えられるようなMCが君にはできそうかい?」
「えっと……そのぅ」
この場にいる人たちの期待に応えられるかは、正直わからない。ただでさえ、バンドでのMCは得意ではないし、特に今回のライブでなにを言えばいいのかすらまだ決めていないくらいだ。
皆様の視線が、僕に集中している。その目からは、絶対にできますよね? という圧を感じる。
「HAHAHAHA! 岩崎ボーイをなめてはいけまセーン! そんなスピーチなど、イージーイージーに決まってマース!」
「「おおお! さすが、ジャスティンさんが見出した高校生ギャルゲーソングバンドだ!」」
「いや……あのですね」
「それでは、ここは岩崎君たちに任せることでよろしいでしょうか?」
「異議なしデース!」
僕の意見など聞くことなく勝手に話が進んだかと思ったら、打ち合わせ自体も終わってしまった。
「どうすんだよ……これ」
続々と大人たちが退室していった後に残された僕は、そう言葉を漏らしてしまう。
ある意味でヘトヘトになって戻ってきた僕は、みんなを探す。
瑠偉と瑠奈は物販コーナーでギャルゲーグッズでも買っているだろうし、響子は知らん。
芹沢さんは僕が打ち合わせに行ったことをみんなに伝えに回っていたはずだ。
けれど、少し歩いて探してみたけれどみんなの姿がない。
「ふふふ……少年。どうだね、今日の調子は」
「まあまあって……えええええ! MARINAさん?」
「あまり大声でさけぶんじゃないよ。身バレしてしまうだろう? あくまで犬飼として、接しなさいな」
「はっ、はあ」
いきなり隣に現れた犬飼さんにおどろいた僕は思わずさけんでしまうが、すぐに口をふさいでそう答える。まさかこんなところにいるとは思ってもいなかっただけに、僕は困惑してしまう。
「というか、こんなところにいていいんですか?」
「大丈夫大丈夫! まあ、普段のルーティンみたいなものでさ。こうやって、姿を隠しながらイベントに来る人がどんな人か見るのが好きなのよね」
「……バンド時代も?」
「もちろんね。まあ、あの頃とはだいぶ雰囲気が違うけれど」
「犬飼さんはどう思いますか? こういうイベントに来る人たちは」
僕は犬飼さんと会話をしていく中で、そんなことを尋ねてみた。すると、犬飼さんはまた目の前の光景を見ながら答える。
「想像通りのオタクな人たちって感じね。けど、好きなものを全力で楽しんでいる姿はいいものね。わたしの歌を聴きに来る人たちはそれが明確に感じることができる」
犬飼さんが買い物客やミニコンサートを観に来るであろうオタクたちを見る目は、決して見下したり蔑んではいなかった。
少なくともMARINAというアーティストは自分の歌を聴くファンのために、それこそ全力で応えることのできる人。それがギャルゲーソングだろうとも。
そう。間違いなく本物のアーティストだ。
「ところで、少年。今日の本番はうまくできそうかい?」
犬飼さんの目が僕のほうへと変わる。その目は鋭く、なにより芯があった。
観客がいる以上、半端なものを演奏するな。それができるのかと尋ねているのだろう。
それに対して僕は答える。
「それに関しては大丈夫です。僕らのバンドがやってみせます」
僕はまっすぐな目で犬飼さんを見てそう言葉にする。その言葉に嘘はなく、やってみせる。
それを聴いた犬飼さんは満足そう顔を浮かべて、言葉を返した。
「なら、それを楽しみにしているから」
「もちろんです!」
今日のミニコンサートは僕らだけでなく、犬飼さんことMARINAにも特別なものにしてみせる。
僕はそれを今日、実現させてやると意気込んだ。
犬飼さんはなにか用事があるのか、そのまま僕に別れを告げてどこかへ去っていった。
「あっ! 岩崎先輩、帰ってきたんですね! 見てくださいよ、これ。こんなに買っちゃいましたよ」
「おっ、おお……すごいな」
「それで、打ち合わせはどうでしたか? 芹沢先輩から聞かされましたけど」
「おー! いたー! みんなどこにいたのさー」
「特に電話で待ち合わせとかしなくても、よかったね。こうやって集まれて安心した」
気が付けば、全員が集まっている。僕はとりあえず、打ち合わせで話したことをみんなに伝える。そこまで大きな変更点があったわけでもなく、予定通りに演奏をすればいいと話す。
時間はもうすぐリハーサルが始まるまで進んでいる。
それぞれのお楽しみは終わり、これからはミニコンサートで演奏をするバンドとして意識を変える。
「よし! このままステージに移動をして、リハの準備をやるぞ」
「そうですね! いい買い物もできたし、このまま良い気分でやっちゃいましょう」
「いや、あたしらはなにも買ってはいないけどねー」
予想以上のテンションでいる瑠偉たちに、響子がそう口にするも二人は構わず特設ステージがある場所に向かって走っていった。
その後を僕らも追いかける形で、ステージへと向かう。
リハーサルを行い、それから本番。
ついに、僕らのミニコンサートで演奏をする時がやってくる。