第十五話「挫折を味わうが、それは上達への道のり」
「よし……ワン、ツーで弾くぞ」
僕はギターを構えながら、みんなに告げる。
数十秒のイントロを弾くだけなのに、なぜか緊張感が走る。特に芹沢さんが。
まだ少ししかコードを理解していないし、難関である人差し指でのバレーが芹沢さんにさらなる緊張をさせるだろう。
「ワン、ツーの後にあたしから先に何ループさせて叩きましょうか? タイミングが合うように」
瑠奈は気を利かせて、そう提案する。
たしかにそのやり方ならば、弾くタイミングを掴むことができる。ドラムから先に鳴ると、よりわかりやすいだろう。
「なら、リズムを原曲よりゆっくりとしたテンポにしたほうがよくないか?」
「そうだねー! あたしは、歌わないから芹ちゃんの入るタイミングの時に合図してあげるー」
「ありがとう、馬場さん」
みんなは心配する芹沢さんを気遣って次々とやりやすいように話している。いきなり原曲のテンポでやるよりも、ハードルは低い。
「うん! そうしようか。最初はそんな感じで構わないからね」
僕は特に反対するわけでもなく、そう答えた。
「それじゃー、いくよー。ワン、ツー!」
響子がゆっくりとカウントをとり、手をポンポンと叩く。
ーードンッ、カッ! ドンドン、カッ!
そして手の叩く音が鳴り止むタイミングで、瑠奈はドラムを叩き始めた。
スローなテンポで、バスドラムやハイハットの音が大きくリズムよく鳴る。
ーー若干遅すぎるかもしれないけど、これなら落ち着いて合わせられそうだ。
ギターの押さえる弦を確認しつつ、僕はそう思いながら芹沢さんを見つめる。僕と同じように、ギターを構えてしっかりと弦を押さえていた。
あの押さえならば、出だしでミスはない。タイミングが合えばドラムとも上手く合わさるはず。
瑠奈の叩くドラムパターンが、二回ほどループする。あと一回ループさせ、四回目のタイミングで全員が弾くことになる。
それをわかっているのか、琉偉もベースを抱えながら足でリズムを取っていた。
「芹沢さん。ドラムのドンッ! って音が鳴ったら、ピックを下に向かってはじこうね」
「わかったわ。こう……ジャラランみたいに?」
「うん! 芹沢さんは難しく考えず、ギターのフレーズを弾けば大丈夫」
僕は、そう芹沢さんを安心させるために話す。
彼女が弾くフレーズは簡単なパターン進行で問題ない。そこに、僕が少し変えたギターフレーズを弾けば曲のギターになる。
ーードンッ! カッ! ドドン。
三回目のドラムが鳴り、いよいよ僕らが合わせる番がきた。
「よし、ここだ! いくよ芹沢さん。せーの」
僕は分かりやすく芹沢さんに声をかけて、ギターを弾き始めた。
ーージャカジャカ! ジャラァァァン!
アンプから僕と芹沢さんの弾くギターで音か鳴る。そこに琉偉のベースが重なった。
「おー!」
みんなで合わせたイントロの出だしは、うまくハマった。タイミング良く四人が奏でる音に、響子は声を上げる。
原曲よりもスローなテンポだが、きちんと再現できている。
ーーいいじゃないか! 芹沢さんも出だしはきちんと弾いているね。
ちらりと目線をやると、ギターをじっと見つめながら弾く芹沢さんがいた。かじつくようにギターのフレットを見ながら、懸命に弾いている。
そのまま次のコードに入って弾いていけば、とりあえず完璧。
そう思いながら、僕はコードチェンジをしていく。
安定感がある瑠奈たちの演奏。それについて行くよう、僕のギターも走る。
小刻みに鳴るギターのフレーズ。最初の練習では、まずまずなところ。
ーージャカジャカ! ビリリ……。
「わっ! ごめんなさい」
途中、コードが変わるところで芹沢さんのギターがビビる。上手く押さえられなかったのか、変な音が演奏に混じった。
そこで演奏が止まる。
芹沢さんは申し訳なさそうに、深々と謝った。
「大丈夫大丈夫! 落ち着いて、しっかり弦を押さえようか」
僕はミスをしてしまった芹沢さんを庇うように、そう口にする。
「そーそー! 最初は弾けないのが当たり前なんだから、キョウちゃんたちに気をつかう必要ないよー」
続けて響子も、芹沢さんを励ます。
「まあ……こんなものですかね」
演奏を止めた琉偉がぽつりとつぶやく。
どこかわかっていたような顔ぶりで、軽く息を吐いた。
「ごめんね……」
芹沢さんはそれでも琉偉たちに、謝り続ける。
自分が足手まといになっていると思ったのか、何度も頭を下げた。
「気にしないでいいんだよ、芹沢さん!」
悲しいそうにする彼女に、僕はフォローする。
ギターは初心者だし、いきなりバンドメンバーに加入してみんなと合わせなければいけない。
それにギャルゲーソングという楽譜もない難易度が跳ね上がるのだから、さらにハードルが高くなるのは当たり前。
僕は芹沢さんに、悪いことをしたと反省する。
「あっ! そろそろ終わる時間になっちゃうよー」
時計を見ると、退室時間になっていた。
これといって練習らしい練習をしないまま、僕らは貸しスタジオを後にする。
帰り際、芹沢さんはしょんぼりしながら道を歩いた。
「それじゃあ、先輩。俺らはここで」
琉偉たちと途中で別れ、僕らは一緒に帰る。
「ごめんね……二人とも。今日は全然、練習出来なくて」
「いや、そんなことないよ! ひとまずみんなで弾く曲を決めたんだし、成果ありだよ」
楽器を弾く時間がなかったといえ、バンドとしてやる曲は決まっている。
それだけでも、貸しスタジオに来た意味はあるのだ。
「けどー、琉偉たちはなんか納得してない感じだったよねー」
「まっ、まあな……あいつらにとっては物足りないって思ったんじゃないか」
曲を知っている二人は、さらに演奏したなったのだろう。だが、個人でやるのとは違う。
バンドとしてやるのだから、こういったパターンが起こるのは仕方ないこと。
「わたし、ギターをやる必要ないのかもしれない。一人だけ弾けないし」
ふいに芹沢さんは、そうつぶやく。
もしかしたら、ギターを弾くのが嫌いになってしまったのかも。
僕は彼女が同好会すら辞めてしまうのではと、不安になった。
「芹ちゃん! 弱音を吐いちゃダメだよー。それに、バンドには芹ちゃんが必要なんだよー」
響子は、芹沢さんに向かって話す。いつものふざけた感じではなく、その目ははっきりとした意志を感じる。
「けど……」
それでも、芹沢さんの表情は変わらない。
なんとか、芹沢さんにギターを上達させてあげたい。それも、かなりのスピードで。
なにより、ギターを弾く楽しさを実感させたいと僕は思う。
そして、僕はスマホを取り出して電話をかけ始める。
「なにしてんの? キョウちゃん」
電話をかけようとする僕に、響子はそう尋ねた。
「……芹沢さん! もう少し、ギターを頑張ってみよう。そのために、僕から提案があるんだ!」
僕は電話をかけなが、芹沢さんにそう叫んだ。
彼女を劇的に進化させれるのは、やつらしかいない。
頼れるのは、数多のギャルゲーソングのギターを弾いてきたあのオタクたちだと。