第百四十話「僕らは今、試されている! 絶対条件をクリアせよ」
電話の相手はまさかの犬飼さん。いったい、なぜ僕に電話をかけてきたのか。
それより、どこで僕の電話番号を知ったのだろうか。
「はははは……あの、どういうご用件でしょうか?」
僕は冷や汗をかきながら、そうオドオドとして犬飼さんに尋ねる。
彼女の声は会った時と変わらず豪快である。けど、どこか違った雰囲気を電話口で感じてしまう。
「岩崎君、この金本様にスマホを貸したまえ。僕が代わりに対応してやろうではないか」
「え? なんで?」
「きええええええい! 黙ってスマホをかせぇぇぇい! はあはあ……僕は声を聞きたいんだあああああああ」
金本はいきなり奇声を上げて、僕のスマホを取り上げるようと襲い掛かってきた。
「あー。過激なファンの行動を垣間見えた感じがしますね」
「そりゃあ、目の前に憧れの人がいるんですから。金本先輩みたいな人なら、あそこまでおかしなことをやるね」
「金ちゃん……こわー」
「ええい! 女子どもは黙っていろ! さあ、岩崎君。かしたまえええええええ」
みんなからの引いた感じのことを言われても、その襲い来る足を止めようとしない。
僕はスマホを取られまいとするが、金が強引に奪ってくる。
「ちょっ! なにをやっているんですか! いい歳をした高三の男子がやることじゃないですよ」
「えええい! そんな恥を捨ててまで、僕は会話を楽しみたいんだ! この、金本の夢を叶えさせてやるのが後輩であろう?」
「……いやですよ!」
「きえええええええい!」
そもそも、こんな茶番を繰り広げているなんて電話をかけてきた犬飼さんに失礼だろう。僕は必死で金本に抵抗しつつ、早めに用件を聞こう。
だが金本の猛攻撃を食らい、おもわずスマ.ホを床に落としてしまった。
「……チャンス! もらったあああああ!」
落ちたスマホを見逃さなかった金本は、大きな声で叫んで床にあるスマホに手をかける。
「もしもし。お待たせいたしました。あの、岩崎君が言っていた犬飼さんですか?」
僕のスマホを取ったのは金本ではなく、近くにいた芹沢さんであった。彼女はスマホを耳に当てて、犬飼さんに謝りながら受け答えを始める。
「ぐぬぬぬ……」
「まあ、落ち着いてくださいよ。チャンスはいつかありますよ」
僕は金本がこれ以上暴れないように後ろから押さえつけて、そうひそひそと話す。その間にも、芹沢さんは犬飼さんとなにやら話し込んでいるようだ。
――いったい、二人はなにを話しているのだろうか?
神妙な顔で話しているかと思えば、途中に笑顔を見せながら話す芹沢さん。
そして、しばらくして芹沢さんが僕にスマホを手渡した。
「はい。後は、岩崎君にだって」
「え? あっ、うん。もしもし?」
僕は芹沢さんからスマホを返してもらって、犬飼さんと話す。
「はっはっは! 少年! 君のバンドメンバーは実に個性的だね。なんだい、あの男の子の奇声は」
「聞こえてましたか……はははは。とんだお騒がせで申し訳ないです」
「それに、芹沢さんだっけ? いい子じゃないか。ふっふっふ、やるねえ、少年」
「え? はっ、はあ?」
にやにやした声で犬飼さんは話すけれど、僕はよく理由がわからずに曖昧に相づちを打った。
女同士の会話というものだろうか。僕は詳しくなにを話したが知らないけれど、通話の中でやたら犬飼さんは芹沢さんのことをほめている。
そして、その後に犬飼さんは静かなトーンで話す。
「まさか、あたしの代わりにイベントでやるミニコンサートに出るのが少年だったとはねえ」
「えっ……はははは。まあなんというか、なりゆきでそうなってしまったようで」
「ギャルゲーの会社に知り合いがいるってのもおどろきだし、後藤君のギターを持つ少年がわたしの曲をやるっていうのも……ふむふむ、そうか」
「あの、犬飼さん?」
「ここはアーティストのMARINAとして言わせてもらうけど」
僕はアーティストとしての犬飼さんに、なにを言われるのか内心ビクビクしている。もしかして、素人の高校生が代役をやることを認めず訴えることも考えられる。
ミニコンサート自体が中止になる可能性もあるし、そうなったらいろいろと問題が起きるだろう。
ジャスティンさんだけでなく、学校にも迷惑がかかってしまったら音楽同好会の存続も危ぶまれるかもしれない。
ありとあらゆる最悪の結果を想像してしまう僕は、顔を真っ青にしながら犬飼さんの言葉を待った。
すると、犬飼さんもといMARINAは僕にこう告げる。
「わたしの歌う曲はどれも思い入れがあるし、正直代わりに歌ってもらうとかはプライドが許さないと思う」
「ごっ、ごもっともでございます」
「けど、そうか。少年がか……これも後藤君の導きってやつなのかねえ」
「……え?」
「まあ、ミニコンサートでやるのはわたし個人としてはオーケーにしてあげる。けど、タダでとは言わないね」
「……著作権的な金銭のやり取りですか?」
「はっはっは! 高校生からお金なんて取らないよ! まあ、事務所はやりそうだけど」
冗談でそう言うけれど、僕は苦笑いを浮かべてしまう。音楽事務所ならば、やりかねない。
電話の向こうで盛大に笑っている彼女は、しばらくして僕にとある提案をしてきた。その提案に僕はおどろきつつも、それを承諾して電話を切った。
「はあ、なんか……とんでもないことになってきているなあ」
「どうしたの? MARINAさんはなにか言ってきた?」
僕の様子を見ていた芹沢さんがそう尋ねてくる。軽くため息をついた後に、みんなに向かって、電話でのやりとりを説明する。
最後に、僕はMARINAからの提案をみんなに伝える。
「彼女からの提案は……ずばり! 本人の前で、僕らの演奏を披露して欲しいってことだ。それを観て、僕らの出演が正式に決まる」
「はっ、はあ……って、ええええええええええ?」
僕の言葉を聞いたみんなはおどろきの声を上げる。それは、これまでやってきた中で最も難関な審査のようなものだから。
僕らの演奏を気に入れば、本人公認によるミニコンサート出演。もし、気に入られなければ、ミニコンサート自体をパーにするというもの。
――結局は、そういう展開になるのね……犬飼さんも意地が悪いなあ。
「それで、いつその演奏をやるんです?」
「……今日の夜。場所は……指定された貸しスタジオ内だ」
「ええええええぇぇぇ!」
急すぎる展開にみんなはついていけていない様子だ。もちろん、僕自身も。
僕はその提案がかなり重大かつ責任をともなうものであることに、すでに緊張が走っている。けれど、その中で、もう一つの感情が芽生えた。
ギャルゲーソングを歌う本人の前で演奏ができる高揚感。
僕らの実力を試せる絶好のチャンスでもあるのだから。それが、すぐそこまで迫っている。




