第百三十四話「そう一撃で仕留めることなどできはしない!バンドも同じく」
僕らはミニコンサートでやる曲を初めて合わせて弾いているのだが、フルまでではなくサビのところまでで終わる。
まずはどういった感じになるかを確かめる意味で弾いていたから、そこまで深くは考えず演奏をする必要はなかった。
けれど、いざ弾き終わってみるとみんなはそれぞれ考え込む姿が見られる。
「ううーん……サビのコーラスが、もっとこういう感じというかなんというか」
「ベースの音をもう少し変えるべきか……エフェクターのセッティングをいじらなきゃなあ」
「わたしのドラムってどうでしたか? サビの入りでちょっとズレたかなあと思ったんですけど」
響子や瑠偉たちは自分のパートに違和感があったのか、自信がなさそうに話し合っている。僕自身も、まだ改善点がたくさんあるように思っている。
しかし、芹沢さんのギターを演奏中に聴いたけれどやはりすごい。イントロからサビの途中で終わるまで、その音にすごみを感じてばかりだった。
この中で、芹沢さんのギターだけはいい感じのものだと僕は思っている。
「わたしも……ギターの音がみんなにうまく重ねられているか心配。ねえ、岩崎君! わたしのギターはどうだった?」
「え? いや、その……」
そう芹沢さんが尋ねてくるが、僕ははっきりと答えることができなかった。彼女のギターはほぼ完成されているようなもので、なにか指摘をするようなところがないからだ。
むしろ、僕らの演奏を聴いて芹沢さんがなにか言いたいことがあるのではないかと逆に思う。
どう答えていいか迷っていると、そこに金本が現れる。僕らの前に立って、するどい目でなにかを言いたそうにしていた。
「あの……金本先輩?」
「君が言えぬならば、この金本様が言ってやろう。それプラス、音合わせの感想と今後についてのアドバイスもな」
僕らよりも、曲に関して知り尽くしている金本。おそらく、誰よりも音を詳しく言うことができるだろう。
「まずは芹沢さん。君のギターはなにも心配をしなくていい。どのフレーズもよく弾けているし、魅せるものがある……」
「けど! 途中で、なんていうか説明しにくいんですが……ギターの音色が変わってしまったかなと思ったんです」
「うむ! それに気が付くとは素晴らしい。芹沢さんの気づきは正しいし、その理由も金本様は理解しているのだよ」
――おいおい。もしかして、僕が思っていることをそのまま言うつもりか?
僕だけでなく、おそらく響子たちも同じように考えているであろうことを金本が代わりに口にしようとしていた。
「ずばり! 岩崎君たちが君のギターサウンドについてこれないのだよ! つまり、まだまだ実力不足ということさ!」
「「それを言わないでー!」」
おもわず僕らは同時にそうさけんでしまう。けれど、その指摘はまさに正解である。
「けっ、けど……みんなもきちんと曲を弾けていましたし」
「いや。いいんだ、芹沢さん。金本先輩の言っていることは正しいんだ……たしかに、まだ自分のパートに自信がないんだ」
「あたしもー」
僕が芹沢さんに謝りながら話すと、響子も続けて謝る。瑠偉や瑠奈もまた同様に。
いきなりの謝罪に芹沢さんはどう答えていいのかわからずに困惑をしている様子だ。
しかし、さすがは金本。演奏をするバンドの音すべてでなく、各パートの音を聴き分けて的確にどこか悪かったところまでを見抜いていた。
今も僕らに構わず、一人でペラペラと話し続けている。
「であるからして! ベースの音はもっとこう……そして、ドラムに関しては」
事細かく説明をし始めると、瑠偉たちは金本の話を真剣に聞き入ってはメモを取っていく。
「けどー、キョウちゃんのボーカルに合うコーラスはあたしらでどうにかしないとねー」
「んー、そうだな。歌とかのアレンジはほぼオリジナルだしな……僕らにしか出せない味ってもんを出さなきゃ」
「楽器を弾きながら歌うからねー。特にキョウちゃんの歌声がコーラス隊にとって、肝だからなー」
響子は僕と芹沢さんにそう相談をすると、僕らはどう対処をするかを話し始める。
ギターにボーカルと今よりも上を目指すことが多くなっていく。僕がみんなに歌を聴かせた時に魅せることができたものを、初の音合わせではうまく発揮をすることができなかった。
どんなに演奏がうまいバンドや演奏技術が優れていても、一回の音合わせで完璧になどできるはずもない。音楽の難しさを改めて実感する僕らである。
「ミニコンサートまでは時間にまだ余裕があるだろうが、このままでは残念な結果となるであろう。今回のバンド活動は、言葉通りに死ぬ気でやるしかないのだ」
「まあ、金本先輩の言う通りですね。ギターも歌の練習量を上げて、芹沢さんのギターに食らいついていきますよ」
「うむ! まあ、総合的に見て悪くはない演奏だったのも事実だ。これまでのギャルゲーソングを弾いてきた時より、気づくものが多くあったことは良いことである」
「おお……金本先輩にしては、珍しく良い先輩みたいに諭しますね」
「そーそー! めっずらしいー! けど、指摘の言い方にイラっとくるから、そこがなければ尊敬しちゃうなー」
「きええええい! そこは金本先輩……尊敬しちゃう! だろうがああああ! 貴様たちは、去年からこの僕を尊敬すべきであろうが」
「「ないない」」
僕らの言葉に金本は顔を真っ赤にしながらさけぶ。けれど、彼の言うように死ぬ気で曲を仕上げていかなければならない。
それは向こうのほうでさっそく自分のパートを練習する瑠偉たちも自覚しているだろう。
「よし! それじゃあ、僕たちも練習を再開だ! やるぞー」
「だねー! まずは二人がギターを弾きながらコーラスとハモり。それに、ボーカルをチェックー」
「ギターについては、わたし……岩崎君と確認し合いながら弾きたいな」
「そっ、そうだね……なんとか芹沢さんのギターに合うようなサウンドをどう出すかは、金本先輩のお力添えが必要なんですがあぁ?」
先ほどまでのからかう口調から、ゴマをするように手をこすりながら金本に僕はそう話しかけた。
情けない話だが、ギターの上達には金本の力が絶対的に必要であった。
「しかたないのう。岩崎君というダメダメな後輩を持つと、この金本様も苦労が絶えんわい」
「ぐぬぬぬぬ……」
「まずはお願いします! 金本様! この愚かな僕をお助けくださいと言ってもらおうか! こうべを深々と垂れてのぅ」
「いらあああ! 誰がっ……貴様に頭を下げるか! このおかっぱ頭野郎めがああああ」
金本の腹正しい言動に、僕は思わずカチンときて怒号を飛ばす。ともあれ、ミニコンサート本番までに完璧以上の演奏をするために、僕らは過去一番の本気を出す。
そして、全員が納得のいく演奏だと思ったのはそれから一か月を有した。