第百三十話「金本よ! 認めるならば素直になれ!」
場所はいつもの部室。しかし、今日は雰囲気がいつもと違う。
金本が腕を組み座る椅子の後ろで響子たちが見守っている。僕はマイクスタンドに一人で立ち、歌を歌う準備をしている。
「ふむ! さっそくだが、岩崎君の歌を聴かせてもらおうか! もちろんこの金本様が認めなければ、ミニコンサートで歌わせんぞい!」
「……わかっていますよ」
僕はそう金本に答えて、心の準備をする。
これから歌うのは、ミニコンサートで歌うはずだった歌手のギャルゲーソングの挿入歌。
偶然から見出した、僕でも歌えるボーカルのキー。そして、もっとも僕らしさが表現をできる。
キーを決めた後。僕はこのボーカルに集中する日々を送った。初めはそこそこ苦戦はしていた。
どんなに音域が大丈夫でも、音程を正しくしたりボーカルの抑揚を意識する必要があった。どんな感情で歌うべきかで悩んだりもした。そのためにギャルゲーをプレイして、ストーリーのイメージを頭にたたきこむ。
どんな話なのか。主人公とヒロインたちがどんな思いで恋愛をしていったのか。
そんなことを考えれば、おのずと歌う時に感情が込み上げてくる。
練習を繰り返すことで、それが徐々にカタチとなって僕だけの歌い方をものにすることができた。
その成果を今、披露するのである。
「……ふう」
僕は一呼吸をして、マイクの位置を直していつでも歌えるように構える。
「よし! では、さっそく始めてもらおうか!」
金本がそう僕に言うと、僕は後ろにいる響子に目で合図をした。響子はうなずき、パソコンで曲を流そうとしてくれる。
静まり返る部室。そこへ曲のイントロがスピーカーから流れ始めると、みんなは僕の歌うのを見守る。
僕は目を閉じ、イントロの音に集中をする。
聴こえるイントロの音色が、僕に曲の雰囲気を導いてくれている。そしてタイミングを図らずとも、歌うところで自然に声を出して歌う。
オケに合わせて、僕の歌声が重なっていく。
息苦しくもない。音程も外さない。
まるでオリジナルの歌うように、僕だけが出せるボーカルの表現をメロディに乗って表せていくことができるようだ。
金本やみんながどう感じたかはわからない。けど、僕はそんなことを構うことなくマイクに向かって歌い続ける。
ただ、この歌を僕なりに思いを込めて。
曲はまだサビへとつなぐところ。サビは特に感情があふれ出るように歌う。
「……うむう」
歌っている途中、金本の小さな声が聞こえた。目を閉じて僕は歌っていたから、彼がどのような表情でどんなことを思って声を出したかはわからない。その答えは曲を歌い終わった後に知ることができるだろう。
けれど、この曲のサビは他にはない印象を受ける。ゆったりとした曲調なのに、歌詞の言葉は深い。
まるで哲学的なことを言っているが、聴く人はそれになぜか魅了をしてしまう。
この挿入歌が普通に単体で配信などをしていたら、間違いなく再生回数が跳ね上がる。そんな曲である。ギャルゲーソングであっても。
僕は自分で表現できることはどんなことでもやって歌う。
ビブラートやしゃくり。カラオケでよくあるようなテクニカルはもちろん。これまでライブでやってきた経験を活かすボーカルの歌い方。
ありとあらゆる手段で、僕はこの曲を歌う。そして、気がつけば僕は曲のアウトロ部分まで歌っていた。
――パチパチ。
最後のメロディを歌い切ったと同時に、拍手の音が聞こえた。芹沢さんたちが僕を見ながら手をたたいている。
「いい感じじゃーん! カラオケだけど全然聴けるレベルだしー、ミニコンサートでやる曲も盛り上がりそうな気がするー!」
「そうだね。この音域ならわたしたちもコーラスができるし、岩崎君のボーカルをさらに際立たせたいな」
「そうですよ! やっぱり、このキーで正解でしたね。これなら、俺たちもオケ作りに気合が入ります」
「……そうか。ありがとな、みんな」
僕のボーカルの感想というより、ミニコンサートでやる曲のために見て聴いていたような口ぶりだ。けれどたしかに、この音域と同じミニコンサートでやる曲も良い感じなりそうである。
問題は……金本である。
みんながワイワイとしている中、一人だけ沈黙を貫つらぬいている。ここにいる金本の言葉で天国か地獄かが決まるのだ。
ただならぬオーラに響子たちも気がついたのか、ワイワイとした雰囲気がフェードアウトしていく。
誰もが、金本がなにを話すか固唾をのんで見守る。
「……うっ、ふう」
最初に発した声が妙に腹が立つものだが、その後に金本が言葉を続ける。
「まさか、原曲のキーではなく歌いやすいようにボーカルのピッチを変えてくるとはのう」
「はっ、はあ。けど、そこは仕方ないですよ? 男性と女性では声の高さが違いますし、僕はあのアーティストより声が低いのはご存知でしょう? だから……」
金本が文句を言い始めたかと思った僕は、すかさず反論をするように答えると金本が手をのばして静止させる。
「そんなことはわかっておる! キミと何年、ギャルゲーソングをライブでやってきたと思っているんだ!」
「……一年くらいですが」
「ええい! 真面目に答える出ない! まあ、あれだ……悪くはない。むしろ、今までにないボーカルの表現を感じたわい」
「え? 本当ですか?」
「所詮は岩崎君のボーカルだ。あのアーティストのような雰囲気が出せるはずもなく、この金本様が認めるなどありえないと思っていたが……」
金本はそこで口を閉じて言わなくなった。この状態の金本を僕は知っている。
――勝ち確定がきたあああああ!
ということを心の中でさけび、僕は勝利を確信する。
「つまりー、そういうことですよねえ? 金本先輩ー」
僕は思わず、そうゆるい感じで金本に言葉を返した。こちらの意図に気が付いたのか、金本は奇声を上げる。
「きえええええい! なんだ、そのたるんだ顔は! きさまあああ、さてはこの金本様が認めたと確信をしたなああああ?」
「いやあ、だってねえ。その口ぶりはもう、何回と見てきましたしぃ」
「なんと、腹ただしい! きいいいいい! だが、やるからにはさらに鍛えねばならん」
「へ? 僕のボーカルはこれで通用するんですよね? つまりは、この歌い方でミニコンサートに挑めばいいのでは?」
「たわけい! まだまだ、改善点は山ほどあるわい。ここからは、この金本様が直々に指導してやるわい! このアーティストのことならば、僕にまかせろ」
「……ええ?」
金本は結局最後まで僕の歌を聴いての詳しい感想やどう感じたのかを教えてはくれなかった。
だが、彼の態度や表情から僕のボーカルを認めてくれたことは間違いないだろう。
金本への課題曲披露は無事にクリアできた。残りはミニコンサートで成功させるために、曲を完璧に弾いてボーカルを最高のものにしていくだけだ。
僕は気を引き締め、次の課題へと向かうのだった。