第百二十八話「とんでもトラック! これがあれば、いける!」
金本からお題を出されていた楽曲。まさか、その曲までCDの中にあったことがおどろきだ。
まさかギャルゲー買う手間すら必要なかったのではないかと思うくらい、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「けど、なんでこの曲まで?」
「それはまったくの偶然デスネー! ただ、ワタシが好きだから岩崎ボーイたちにも聴いてもらおうとついでにCDに入れただけデース」
「はっ、はあ……それでも、ありがたいっすねえ」
ものすごいラッキーであることに変わりがないので、僕はそうジャスティンさんに感謝をする。
けれど、改めてフルで聴いたがこの曲もミニコンサートでやる曲と同じように衝撃が走るくらい良い曲だ。
ギターが入っていないものの、それを必要としないアレンジでさらに歌のメロデイもいい。歌詞も作品にマッチしていて、まさに挿入歌と言えよう。
「それじゃあ、さっそくこれの歌を練習するか」
「キョウちゃんが歌の練習をしている間に、あたしたちはミニコンサートでやる曲の譜面でも作っているねー」
「そうだな。それも平行してやらなきゃだし、そこは響子たちに任せよう」
それぞれが別行動をする形でさっそく始まるのだが、僕は歌わずして困惑をしている。
――これをどう僕なりに歌うか……まったくわからない。
という心の声が出るほど、この曲はむずかしい。
他のギャルゲーソングとは違った特徴がある歌手なだけに、歌い方を真似たところでその表現ができるものではない。
いざ歌の練習と言っても、ただ歌って覚えるほど簡単とは言えないだろう。
「そう考えてもしかたがない。とにかく……歌詞とメロデイは覚えるか」
ぐだぐだとしていてもなにも始まらない。僕はとりあえず、今できることに全力で取りかかることにした。
「ふむ……岩崎ボーイ。どうやら、お困りのようデスネー」
「うわっ! ジャスティンさん。まだいたんですか」
「さらりとひどい言葉を言いますネー。せっかく、アドバイスをしてあげよう思っていたのに残念デース」
パソコンにイヤホンをつなぎ、曲を聴いているとジャスティンさんがぬるっと顔を近づけてきた。
いきなりで僕がおどろいて思わずそう言ってしまうと、ジャスティンさんはガッカリした顔をして肩を落とす。
その顔があまりにもしょんぼりとしていたので、僕は申し訳ない気持ちになり尋ねる。
「あの……それで、そのアドバイスってやつはどんなものなんですか?」
「ハーイ! それはデスネー!」
頼るような僕の声にジャスティンさんは明るい顔とテンションでそう話を始める。その後、なぜか聴いていたパソコンのプレイヤーを止めてCDのファイルを開く。
「フフフ! 岩崎ボーイたちのために、とっておきの秘密ヘーキを用意してのデース。これを見れば、大いに役立つはずデース」
――カチカチ。
マウスのダブルクリック音がして、ファイルの中身が表示される。そこには、たくさんの音楽データがあった。
ボーカル。ギター、ベース。それにドラム。
それだけではなく、いろいろな音源の名前が書かれたデータ。
「……ジャスティンさん。これって」
「さすが、岩崎ボーイ。名前を見ただけで、これがなんなのかアンダースダンド?」
「イッ、イエス。アイム、アンダースダンド」
思わずカタコトの下手な英語で答えてしまう。けれど、もし合っているならばたしかにそれは僕らにとってありがたいものだ。
僕はそれをたしかめるために、とりあえずドラムスと書かれたデータをクリックして再生させる。
――ズンッタン! ズズダン!
電子ドラムの音だけがイヤホンから聴こえる。それ以外の音は何一つ入っていない。
「岩崎ボーイ、これがどういうものか納得したハズ。これを瑠奈ガールが聴けば、彼女はドラムの練習がはかどりマース」
「本当に各パートのトラックに分けた音源なんですね。 すげえ」
「まあ、これはワタシが優秀なAIの編集ソフトを使って分割させたのデス。はやり、個別の音源があったほうがいいと今回は判断したのデース」
「ボーカルは……どんな感じですか?」
「それは、岩崎ボーイ自ら聴けば大丈夫。きっと、ユーのボーカルが進化させるでショー」
そう腕を組みながら、自信ありげにジャスティンさんは話す。僕はイヤホンを付けなおして、ボーカルの音源を聴く。
無音の中で歌声だけが僕の耳へと伝わる。オケなどなく、純粋にボーカリストが歌うメロデイ。
それだけなのに、その歌声が僕の心をえぐってきた。歌手の感情がそのまま僕に伝えてくるように。
だが、歌う時のブレスやどこで声色を変えるか。ここでは強弱をはっきりさせるといった、歌うときのポイントなどがわかってくる。
――僕もこれを意識をすれば、もしかしたら。
そう思った後、僕はそのまま鼻歌で歌ってみる。まだ音程がうまく取れてはいないが、何度か繰り返していくと少しずつわかり始めてくる。
ただ、むずかしさは段違いだ。けれど、だからこそやらなければ。
僕はそれから、ひたすらボーカルの音源に集中をしていく。何度も聴いては歌っての繰り返し。聴けば聴くほどボーカルのすごさがわかるし、モチベーションが上がっていった。
「……くん。岩崎君!」
「え? あっ、芹沢さん。どうしたの?」
「もう部活動が終わる時間だから、片づけてみんなで帰ろうって何度も声をかけたけど……その、すごい集中をしているから」
芹沢さんにそう言われ、部室の時計を見る。たしかに、部活動が終わる時間だ。時間を忘れるくらい僕はボーカルの練習と研究に没頭していたのだろう。
それでもまだ時間に足りなさを感じるくらい、今日はあまり成果を出せなかった。
「まー、まだ始まったばかりだしー。そこまで焦らずにいつも通りにやればいいじゃーん」
「マイガールの言う通りデース! 岩崎ボーイ、リラックスリラックス」
「はっ、はあ。って、結局最後まで部室にいたんですね……ジャスティンさん」
「イエース! ザ、指導ってやつネー! 山本ティーチャーも現れなかったノデ」
僕が気づかないだけだったのか、ジャスティンさんは響子たちにもそれぞれのパートの音源を教えたのだろう。みんなは満足そうにジャスティンさんと話している。
楽譜作りも含めて、みんなは逆にいろいろ進歩したように見えた。
「大丈夫だよ、岩崎君。わたしたちだけでもパートの練習はできるから岩崎君は歌のことだけを考えてね」
「ありがとう。芹沢さん」
僕がいなくても、みんなはきちんとミニコンサートを成功させるためにやっていけるだろう。芹沢さんの言葉に、感謝込めてそう答えた。
それと同時に僕も負けてはいられない。ミニコンサートでやる曲と金本からの課題曲。そのどちらも、完璧なものにしてみせる。
必ず両方がうまくいくように、気を引き締めていくだろう。この日から、僕のボーカルへの意識が大きく変わっていった。