第百二十六話「一致団結! 打倒金本!」
ミニコンサートで歌うはずだった人の過去に歌っていた楽曲を僕は、何度も聴いてため息をつく。
ただ歌がうまいだけでなく、その声から感じることのできる表現力。すべてにおいて、他のアーティストにはない魅力がすごい。
「こりゃあ、たしかにミニコンサートをドタキャンしても許されるわな……なんでギャルゲーソングを歌うだけでとどまっているんだ?」
「え? 岩崎先輩は知らないんですか? この人って、普通にアニソンとかの歌番組で歌ってますよ」
「……マジか? 僕、そのテレビ番組を観たことないぞ?」
「アニメとかの主題歌とかも歌ってるからねー! オタクならば、常識的な認知よー? まあ、全国民が知っているわけではないけどねー」
それがさぞ当たり前のように、響子と瑠奈が話している。
もしかして知らないのは僕だけなのかと思っていたが、芹沢さんも同じように聞いておどろいている。
ギャルゲーソングでここまでの実力ならば、アニメの主題歌にも抜擢されるのもたしかに納得してしまう。そう思わせざるおえないくらいのアーティストなのだろう。
「おいおい。金本先輩に認めさせる以前に、僕らが代役で歌っていいレベルじゃないだろう……改めて思えばさ」
「まあ……そうですねえ。ジャスティンさんも、よくもまあ許可を得られたのが不思議なくらいですよね」
「決まったものはしかたなーい! それは置いておいて、まずは金ちゃん攻略を優先しよー」
響子は軽いノリで口にするが、どちらも難易度がハードすぎる。
とりあえず金本がどんな曲を選んで歌わせるかだが、ある程度予測をすることはできるはず。僕はみんなの力を借りて、対策を考えることにした。
「けど、わたしたちも歌ったほうがいいのかな?」
「いや……芹沢さん、これはおそらく僕だけだろうからね。金本先輩の狙いは僕さ」
「あそこまでこだわっちゃう金ちゃんも、金ちゃんだよねー」
あくまで僕が歌うにふさわしいかのテストするが目的。なんとしてでもあきらめさせようとする魂胆が垣間見えた。
あの金本のことだ。意地悪な曲でも選んできそうである。
「まあ、とりあえず……歌ってみるか」
数ある曲の中からみんな選び、完璧にとはいかないけど歌ってみることにした。
部室に置いたマイクスタンドに立った僕は、曲が流れ始めると声を出して歌う。
――Aメロのところから、すでにきつい……女性の声でキーが高いのはわかるけど、むずかしいな。
一曲目はアップテンポで弦楽器がないポップス調。普段、こういった曲を聴かないせいもあるのか絶妙に歌いにくい。
「うーん……」
僕が歌っている中、響子たちがコレジャナイ感の顔をしている。それは歌う本人である僕も同じであった。
「最初は誰でも歌いにくいはあると思うよ! 岩崎君、これからこれから」
「あっ、ありがとう……芹沢さん」
「そうですよ、岩崎先輩! 歌は歌いまくれば、なにかしら自分のらしさがでますよ」
芹沢さんや瑠偉がそうフォローを入れてくれるけれど、どこか自信がないような口ぶり。これは、難ありだぞという心の声が聴こえてきそうだ。
「これは過去一でホンキでやらないと、ダメだねー! キョウちゃんにとって、死ぬ気でやらなきゃいけないわー」
響子のそれはまさに直球。気を遣わない事実であった。
彼女のいうことは珍しくも正しく、響子がそう言ってしまうほど厳しい状況だと理解する。
今回のミニコンサートでも金本を認めさせるために、僕が大きく変わらなければいけない。
――パチーン!
僕は思いっきり、自分の頬をたたいて気合を入れ直す。
「よし! もう一回、歌うぞ! 芹沢さんたちも、僕に気を遣わずになにか思ったことがあったら遠慮なく言っていいからね」
「うっ、うん……でも、岩崎君。顔は大丈夫?」
思いっきりはたいたせいか、僕の頬は赤く腫れる。それを心配した芹沢さんがそう尋ねると、僕はサムズアップをして答えた。
「よーし! それじゃー、キョウちゃんのさらなる進化ができるようにみんなで協力しよー!」
「「おおー!」」
みんなのかけ声と共に、僕のボーカル特訓が始まった。そして、その二日後に金本からの連絡があった。
「おいおい。なんだよ、金本先輩が選んだ曲はよぅ」
この日の練習を終えて自宅で休んでいる中、金本からの連絡。電話越しで、ふふんと自信たっぷりで僕に歌わせようとする曲を告げた。
それは、練習した曲のリストにもないまったくの新規な曲だった。
「そんな曲なんかあったっけ?」
僕はスマホを持ち、曲を検索する。安定のなんたらペディアで。
調べれば歌手の来歴やら参加したギャルゲーの作品一覧。そして、アニメの主題歌などがずらっと書かれている。
けれど、金本の言っていた曲が一覧にない。文字は赤でつまり、それについても詳細が不明だ。
「スマホで曲を聴いてみたいけど、ないじゃないか! これは金本先輩にもう一度聞かないとな」
そう口にして、即座に金本へ電話をする。
――プルルルル! ガチャ。
「あっ、もしもし? 岩崎ですけど、金本先輩! この曲って……」
「あー。現在、金本は留守にしております! ご用の方は」
「いやいや、あきらかに録音の声じゃなくて、生声で言ってますよね? そんな、わざとらしいことをしないでくださいよ」
いらぬ小芝居をする金本に、僕はあきれながらそう言葉をもらす。こんなことをやっている時間がもったいない。
「……で! 金本先輩がさっき言っていた曲なんですが、なんにも情報がないですよ? 歌詞を知りたいとか、曲をダウンロードして練習に使うとかできないんですが」
「はっはっは! 当たり前だろう! これはジャスティンさんのところから出たばかりのギャルゲーの挿入歌! ミニコンサートで歌うであろう曲のカップリング曲なのだ」
「そんな話は聞いてませんよ! なんですか、その意地の悪い嫌がらせは!」
「この金本様を怒らせた貴様が悪いのだああ!」
「ぐぬぬぬ……」
部室でのやりとりにまだ根に持っている金本は高笑いを電話越しに上げている。なんとも大人げないのだろうと僕はため息をつく。
「まあそれは謝りますから、せめて曲のCDくらいはくださいよ」
ここは冷静に。なるべく金本の機嫌を損ねないように、やんわりと話す。
「ふふふふ! 今回は貴様にはCDも歌詞カードも渡さん! おのれの力でこの金本様をうならせてみせーい!」
「ちょっ! それはあんまりでしょう! もしかして、新作のギャルゲーを買って曲を聴けってことですか」
「それもできるだろう! だが……残 念 だ っ た な! 曲のフルは予約特典だ! 今からゲームを買ったところで、すべてを聴くことはできないだろう」
「くっ……あんたって人はあああああ!」
僕は通話ボタンを切り、思いっきりベッドにスマホを投げつけた。
まさかここまで腹立たせるとは思いもしなかった。けれど、これで完全に他力本願は不可能。
僕だけの力でその曲とやらを探して覚えるしかない。
「……ギャルゲーを買うか」
少なくともギャルゲーを買えば、曲は聴ける。僕はなけなしのこづかいを生贄に捧げ、ギャルゲーを特殊召喚するしかなかった。
あまりにも、犠牲は大きかった。一万札が、空へと還っていくのだから。




