第百二十五話「最大の敵は偉大なる金本! 裂ける新旧の仲か」
部室の空気が重い。
せっかくミニコンサートへの参加が正式に決まったというのに、なぜこんなにも重圧を感じなければいけないのだろう。
理由があるならば、それは二つある。まずはジャスティンさんからの要望である。
「そこで申し訳がナーイのデスガ……ユーたちがライブで弾くソングは、こちらで指定させてもらいマース」
「え? 僕らで選んで演奏ができないってことですか?」
「イエス。おそらく岩崎ボーイたちは今、みんなとソングをいくつか選んでいるでショー? ワタシにはわかりマース。 しかし……」
ジャスティンさんはそこで言葉をつまらせる。
やはりそこはきちんとしたギャルゲーの会社なのか、利益を優先するのだろう。会社として、他社から出た曲を歌われたらいろいろと問題があるのは僕でも理解ができる。
――まあ……それはそうだよねえ。
電話でそう話していたジャスティンさんに、そう思わず納得をしてしまう。
「それで……岩崎ボーイたちが演奏をする曲は……ズバリ!」
「ええええええええ? 新作のギャルゲーソングをですか? しかも、ドタキャンをした歌手が歌う予定だったやつですかい!」
予想もしていなかったことに、僕は思わずそうツッコミをいれてしまう。それはこれまでやってたことのないことで、バンドしてはあまりにも無謀というやつだ。
ハードルが高いというレベルをすでに越えている。
「ハハハハ! ノープロブレム! 岩崎ボーイたちならば、今回もやってのけると信じてイマスネ。 あっ、曲のデータはパソコンのメールに添付をしておきましたカラネー」
そう言ってジャスティンさんは電話を切ってしまうのだが、その後がもう一つの理由だろう。
ジャスティンさんとの会話をスピーカーで聴いていたであろう金本の様子が次第に変わっていく。
まるで鬼のごとく、怒りのオーラがすごい。
「きええええええい! そんなことが許されていいわけがなかろおおおおおおい!」
そうさけんで、机の置かれた僕のスマホを思いっきりトルネード投法ばりに投げた。
「「ええぇ……」」
金本の奇行にみんなはおどろくと同時に、僕のさけびも飛び交う。
「きええええい! 僕のスマホを投げないでくださいよおおおぉぉ!」
ということがあって、少なくとも金本が全面的に反対をするということで部室の空気が重たいのである。
「とにかくだ! この金本様は君らがカバーをすることに断固反対だ!」
「いやいや……ですけどもジャスティンさんからの要望ですし、僕らがやるしかないでしょう」
「君たちのボーカルでは、あのお方に失礼であろう! 決して歌ってはならぬのだ」
ここで意見がはっきりと分かれてしまうのも、初めてのことだ。まさか、金本と対立をすることになるとは。
この重たい空気の中、なんとか金本に許しを得るようにしなければいけない。
聴いたこともない新作のギャルゲーソングでもあるし、金本のアドバイスが今回には必要であるからであった。
しかし、今の彼からはそれは難しいかもしれない。
――ここは、冷静でいながら金本を刺激しないようにして説得してみるか
僕はそう様子をうかがいながら、しゃべるのを続ける。
「金本先輩のこだわりやその歌手の愛はわりますが、ここは重大イベントを成功させるために……なんとか」
「なんとかなるはずもなかろう? 岩崎君が歌ってみたまえ。会場は怒号が飛び交い、暴動が起きるぞ? 誰が好き好んで男のボーカルを聴きたいんじゃい」
「……うぐぐぐぐ」
金本の言葉に僕は怒りを覚えてくるが、ここはこらえる。顔の表情を変えず、繰り返すように話す。
けれど、話は変わらないまま。そして、金本は追い打ちをかけるように言ったその言葉が僕の我慢をブチ破るものとなる。
「今回は岩崎君は裏方に回ったらどうだね? 百歩ゆずって、芹沢さん率いるガールズチームで挑んだほうがまだマシであろう?」
「このおかっぱ野郎……どうせ参加もしなければ、ミニコンサートを観れもしない傍観者のくせによぉ」
「いっ、岩崎君……落ち着いて落ち着いて」
僕がキレそうなのを見た芹沢さんが止めに入ろうとするも、時はすでに遅し。
「きえええええい! 貴様ぁ! 同好会創設者であるこの金本様になんたる口の聞き方かああああ?」
「そんなもん、去年からそうでしょう! バンドで弾くわけでもなく、ギャルゲーをやっているだけでしょう? 大学の入試に落ちますよ!」
「ぐぬわああああ! 言っていいことと悪いことがあるだろうがああぁぁぁ!」
僕と金本は本来の目的を忘れ、それぞれが悪口を言い合う。手が出るようなケンカというほどではないが、かなりの時間を使ってしまうくらいスラスラと悪口や嫌味が出てくる。
「「はあはあ……」」
お互いに白熱をしたせいか、息切れが起きる。その時に、僕は金本に話す。
「僕だってね、これまでたくさんのギャルゲーソングを歌ってきたんです。しかも、女性が歌うものばかりをね。だから……僕なりに歌えるはずだと自負をしているんです」
ギャルゲーソングを中心にバンドを組み、様々な楽曲を歌ってきた。歌っていくなかで、僕なりに自分のボーカルに自信もあるのは事実だ。
ハモリパートではあるが、リードだってそれなりに歌える。以前のライブでそれを証明できている。
今回だって、もしかしたら歌った時にみんなをおどろかせる可能性は否定できない。
「ほう! つまり、この金本様をうならせることができるほどにボーカルとして歌えるということかね?」
「うっ……ええ! 僕にだって、金本先輩の認めざる負えないくらいに歌ってやりますよ」
煽られたといえ、僕も後のは引けずそう口にする。
僕がそう答えると、金本がニヤリと笑ってさらに言葉を返した。
「ならば、歌ってもらおうではないか! 岩崎君の真なるボーカルをこの金本様に示すがよい! はっはっは! どうせ、できないだろうがなああああ」
「やってやりますよ!」
「よかろう! ならば、僕が指定したギャルゲーソングを歌ってもらう。もちろん、ミニコンサートでやるはずだった歌手のものだ。曲が決まり次第、電話をしてやるぞい」
そう言って、金本は勢いよく部室を去っていく。まるで嵐のように。
「キョウちゃん……大丈夫なのー?」
一部始終を見ていたみんな。その中で響子が僕にそうあきれながら尋ねる。おいおい、やっちまったなみたいな顔を全員がしていた。
「まっ、まあ……大丈夫だろう! どんな曲でも、僕ならできるはず」
そう自信がなさそうに話してしまう僕に、瑠偉はスマホを見せてきた。
「岩崎先輩。まあ、とりあえずこれを聴いて判断をしてみせくださいよ……」
瑠偉にそう言われ、画面で表示されている曲の再生ボタンを押す。そして、曲が流れ始め、アーティストの歌声が聴こえる。
その歌を聴いた僕は、その場で崩れ落ちた。あまりにもすべてがすごすぎて、これをカバーをする度胸が消え失せるほどに。