第百十話「ライブ前でも僕らは変わらない!敵は本気なんだ」
大型イベントも今日が最終日。この日に、高校生バンドの頂点が決まる。
「まあ、ここらの地域で活動している軽音楽部の中で一番が決まるって話だけどねー」
「おいおい……そんな夢のないようなことをさらっと言わなくてもいいだろう」
「だってー、キョウちゃんが日本一の高校生バンドになるような雰囲気をかもし出しているからさー」
ライブが始まるまで時間があるので、楽屋で待機をしていると響子がそう僕に話す。この期に及んで緊張感がないのは、いつもの響子らしい。
「けど、ついにここまで来ましたね」
そんな僕らの会話に、瑠奈はドラムのスティックを椅子に座りながら軽くたたきながら話に加わる。
本番前の自分なりのルーティンなのか、リズミカルな音が椅子から聴こえる。
「へえ、リズムに乱れがないな。というか、ドラムをやるやつはソレを必ず楽屋でやっているイメージだな」
「他はどうかわかりませんけど、あたしはやりますよ? というか、いままで普通にやってましたけども!」
「すまん、それは知らなかった」
「けど、瑠奈は同好会に入ってからかなりドラムをたたく頻度が増したんですよ。先輩たちにの足を引っ張らないように」
そう瑠偉はベースの弦を交換しながら、口にする。
「いや! それは瑠偉もでしょ? 家でベースを夜中まで鳴らして、お母さんが怒ってたのを知らないの?」
「そうなのか? そういう瑠奈も、夜中にドラムのたたく音が漏れてたよ」
姉妹ケンカのような口ぶりで話す二人。けれど、瑠奈たちが自分たちの時間を削ってまでバンドのために努力をしていたことは、とてもうれしい話だ。
もちろん、僕も同じだ。みんなとバンドを組むようになって、いつもよりギターの練習を自宅でもしていた。
「と言いつつもー! みんなはきちんとギャルゲーをプレイしつつ、新しいギャルゲーソングを発掘しているのでしたー」
響子はオチをつけるような口調で話すと、僕らはギクッとしてしまう。それは、事実であるからだ。
「そういえば、この前に出た新作のギャルゲーはよかったですよ! 何十年も前のギャルゲーのリメイク」
「ああ。あれか……たしか、メーカーの社長とスタッフがもめてシナリオが意味不明だったやつか」
「完全版も出たけど、結局は伏線回収もされずに豪華声優だけでしたね」
「けど、リメイクはキャラやシナリオも新規に作り直したから、まあまあよかったですね」
「ということは、曲も新しいやつか?」
いつの間にか話題はギャルゲーになってしまい、みんなはプレイした新作のギャルゲーに盛り上がる。
それは部室でのやりとりと同じようで、緊張感がないゆるやかな雰囲気だ。これからライブがあるというのに、僕らは妙な不安感はない。
「けど! リメイクだろうと、主人公はとても面白くて、とても魅力なのは変わらないんですよ!」
「あっ……うん、そうだね」
ものすごい迫力で誰よりもゲーム内容を語る芹沢さん。その熱弁に、僕らはおどろいてしまう。
初めに出会った時はそこまでギャルゲーの知識はなかったものの、今ではその面影はなくものすごくギャルゲーをやりこんだ人間のように思えてくる。
ギターとボーカルの素質を開花させたけれど、芹沢さんはギャルゲーでもさらに進化したように思えた。
――コンコン。
楽屋のドアをたたく音が聞こえて振り返ると、おどろくべき人物が中に入ってくる。
「おっ! いたいた。一応、あいさつはしておこうと思ってね」
「滝沢エマ……さん」
現れたのは決勝の相手であり、僕らにとってラスボスのような存在である滝沢エマ本人だった。これからライブが始まるというのに、その表情に余裕すら感じる。
「あー! その人たちが君のバンドメンバー? って、男は君だけなのね」
「ええ、まあ……」
他のみんなを見ながら滝沢エマはそう軽快な声で話しながら、一人ずつあいさつをかわしていった。みんなはポカンとした顔で、言葉を返している。
「ねー。想像していた人物像と違うんですけどー? 普通に、いい子そうだよー」
「いや、そんなすごいオーラを放つような人ではないぞ? 見た目はいたってどこにでもいる女子高生だろうさ」
響子が小声でそう耳打ちをしてくると、僕はそんなふうに答える。
話し方や振る舞いに悪い印象はなく、誰とでも仲良くなれるタイプな女の子。しかし、演奏をしている時の姿は別人なのだ。
「けど、まさか決勝での相手が君とはね! バンドってのはどこかでひかれあうものなのかなー」
「そうですね。僕らはギャルゲーソングってやつをもっと世の中に広めたくて、このイベントで頑張ってきましたし、今日だって勝つつもりです」
これは宣戦布告だろうか――彼女の言葉に僕は思わず口にしてしまう。
相手は他の高校生バントとは、絶対的に違うものととらえている。ギャルゲーソングよりも、この滝沢エマの奏でる音楽がなによりも脅威であるように。
「ふーん。それって、わたしへの宣戦布告かな?」
滝沢エマは僕が思っていた言葉をそのまま口にして、僕に尋ねる。
「はい……! ライブでやるからには、僕らのやる曲で勝負です」
僕はそう答えると、彼女はにやりと笑う。
「そう。なら……わたしも絶対に負けるわけにはいかないね。やるからには、全力を出させてもらうね」
「つっ……」
先ほどのゆるやかな表情とは違い、滝沢エマの顔からものすごい気迫を感じる。隠していた強いオーラを解き放つように。
そう言って滝沢エマは楽屋から去っていく。
「……岩崎先輩。もしかして、相手のやる気スイッチを押してしまったんでは?」
「ありゃー、確実に潰しにかかる目だったねー」
「うっ……いいんだよ! こちらも全力で相手をたたきのめすくらいの気合でライブをやればいい!」
みんなからの言葉に、僕はそう言ってなんとかごまかす。けれど、それくらいの意思を持たなければ、絶対に勝てない。
――コンコン。
ふたたび楽屋のドアがノックされ、スタッフの人がやってくる。
「それではまもなくライブが始まりますんで、準備をおねがいしまーす」
そうスタッフから言われ、僕はほほをパンパンとたたく。
「よし……いくか」
ついに、僕らと滝沢エマによる大勝負が始まろうとしていた。