4.禁書庫の麗人
「やっぱり広いなぁ、この学園は」
と思わず感嘆してしまうほど広い敷地のせいで完全に私は迷子になりかけていた。いやもうなってるかもしれない。
求めている学園の図書館が全く見つからない。今此処が5階ということは分かるのだけれども。踏み込んだ足が沈んでしまうほどのフッカフカで高そうな赤い絨毯を睨みながら足を進める。教室はない。ただ荘厳な扉が沢山ありすぎる。一体何部屋あるのだろうか…、まぁ考えるだけ無駄なのかもしれない。
一つ一つの扉が派手すぎず、気品に溢れたような煌びやかさをもった装飾で飾られている。もう此処が一種の美術館と言ってもいいぐらいだ。以前の暮らしとは違いすぎて温度差で風邪を引いてしまいそう。
「困ったな~…」
「おっ、”庶民出身の”特待生さんじゃないか?」
「ほぁっ!?」
「情けない声だなぁ、庶民。全くお似合いだぜ」
…これは。わざわざ”庶民出身”という単語を強調しながら話しかけてくる御仁は。
あー、所謂、私が入学してから何度も遭遇した庶民嫌いのテンプレ貴族様か。またかぁ、と思って思わず溜め息をついてしまう。仕方ない。許してほしい。何度も何度も同じような絡まれ方をされる身にもなってほしいんです。しかも今日は進んで相手をしてくれるリーンが居るわけじゃないし。
「お前、庶民のくせに俺らに溜め息なんてつきやがったか?!」
うっ、流石にバレてたか。どうしてこうも貴族様は逆上しやすいんだろうか。貴族の矜持ってヤツなんだろうか。ホントにリーン見習え、こいつら。
「舐めやがって、畜生!」
「言葉遣いまで汚いなんて、最悪…」
「やんのか!?」
もうここまで来たらゴロツキとなんら変わりないよ、ホントに。かと言って私はか弱い庶民出身の女子生徒…、多少運動が出来るくらいじゃ同年代の男性に勝てる気はしない。こうなったら…!
「逃げるが、勝ち!」
「オイこら待て!!」
身体の小ささを生かしてこのやたら広い校舎内を駆ける。行儀悪いかもしれないけど、これは身のため!!そう思いながら駆けること数分。段々と無くなってきた体力に、もう少し鍛えておけば良かったな、なんて事を考える。このままだと不味い。向こうさんは思ったより体力馬鹿らしい。最悪だ。向き合って勝てる気もしないし、どうしよう…。
「おい」
「っ!?…空耳?」
「勘違いじゃない、俺が呼んだのはお前だ阿呆。後ろを見ろ」
「後ろっ、て、えぇ__んっ!!」
「少し黙っとけ。お前、見た所追われてるんだろ」
突然現れた謎の男性に口を抑えられて返事も出来ないので首を少し振って合図をした。耳朶に響く落ち着いた声音に少し安心感を覚えた。
少しして、追ってきた声が遠ざかり聞こえなくなった所で男性はやっと口から手を離してくれた。そして改めて見た男性の容姿はまるで妖精のように綺麗で整っており、思わず息を呑んだ。プラチナブロンドの無造作に伸ばされた長髪に、琥珀の瞳。すらりと伸びた手足は真白で月光のよう。例えるなら傾国の麗人、といった感じだった。暫くその姿を眺めていると、麗人は口を開いた。
「いつまで見てるんだ、阿呆。俺の容姿は見世物じゃない」
「…はっ、お美しすぎて見とれてました」
「やめろ、俺は綺麗なんかじゃない。クソ、助けるつもりも無かったのに…」
多分貴方が綺麗じゃ無かったら世の中のご令嬢皆ハンカチ噛みしめちゃいますよ、リーン除いて。と思ってしまう。ふと辺りを見渡してみると、そこには沢山の書籍がずらりと並んでいた。
「此処は…」
「禁書庫だ。この学園のな」
「き、きききき禁書庫!?」
まさかお目当ての図書館すっ飛ばして禁書庫にたどり着いてしまうとは。確かに、本の背表紙のラベルには赤い文字で持ち出し厳禁と書かれていた。兎に角蔵書量がおかしい。全部辞書のような分厚さで歴史を感じる本の匂いがする。
「というか、貴方は一体…?」
「そういう時はまず己から名乗るのが筋だろ」
「たっ、確かにですね!助けて頂いたのですし!メル、メル・フォールンです。アカデミー1年です」
「…なんでそんなに怯えてるんだ。ふはっ、俺は此処の禁書庫の一応司書の…、そうだな、ハルだ」
「ハル、さん…」
笑った顔も綺麗すぎて後光が出ているようにも見える。ハルさんか。リーンもそうだけど、顔がいい人って名前も綺麗なんだろうか。名は体を表す、ってヤツか。取りあえず拝んどこ。
宜しければ評価、感想、誤字報告お待ちしております。