2.偶然出来た友人
「おっメル、まーだ魔法使いがいるとか言ってるのか?」
「…げっ」
教室に着き、真っ先に絡んできたのは暗めの赤い髪、黄色の瞳。辺境伯アデッセオ家の特徴がモロに出ている男、カイ・アデッセオ。
同い年だけどいわゆる位の高い貴族様で、私なんかとは関わりたくないハズなのだが、この男はやけに絡んでくるのだ。それもちょっとウザいくらいに。そんなこと言えないけど。
「カイ”様”はこの子に何か用ですか?それとも毎度のようにそんな程度の低い煽りだけをしに来たと?」
「ヘルスター家のリーン嬢、か。手厳しいですね」
「いえ、それ相応の返しをしただけですわ。この子が嫌がってるもの」
「俺はただメルと仲良くなりたいだけですよ、リーン嬢」
目の前でバチバチと繰り広げられる貴族同士の舌戦に多少ビビる。リーン、凄いな…と思いながらカイに向き直る。
「魔法使いは、いるよ、カイ君」
「そんなの、おとぎ話で夢物語だ。魔法使いなんているわけないだろ」
「私がそう信じていたいの。誰だって見つけようともしてない癖にそう言ってる。だから私が見つける。夢でいいよ。絶対叶えてみせるから」
「…夢は夢だよ。叶わない。願ったところで持て余すだけだ」
「カイ、君…」
チャイムのなる時間が近づき、カイはそう言うと席についた。横顔が、どこか悲しそうだったのは気のせいだろうか。
「気にしなくて良いわよ、メル。いつもの事だわ」
「…うん。ありがと、リーン」
国史の授業が始まる。国史だって、魔法使いのことにはなにも言及しない。というかその数百年前の歴史だけすっぽりと抜け落ちているのだ。その期間のことを私たちは空白の歴史と呼んでいる。歴史学者がどんなに探ろうが見当たらないのだ。痕跡も何もかも。だから魔法使いの存在を探ろうにもどうしようも出来ないんだ。
今日の授業は近代の内容で、比較的覚えることも少なく簡単だった。やけに当てられる回数が多い気もしたけど答えられちゃうので問題は無し。ザマーミロ。少し悔しそうな顔をしている先生を見てニッと軽く笑ってやったときは少しスカッとした。
やはり貴族が主の学校で特待生で庶民出身の学生というのは先生から見ても気に食わないものらしい。いや平等に扱いなさいよ。心優しいリーンを少しは見習え。
なんやかんやで午前の授業も終わり、リーンは用事があるとかで私はボッチ飯が確定してしまった。食堂は私の事を毛嫌いしている貴族の皆さんで溢れているし、そんな中ご飯一人で食べるなんてメンタルはないし。
(中庭の隅っこで食べよ…)
と決意してサンドウィッチ片手にいそいそと人目に付かない所に行くと、そこにはもう既に先客が居た。
頭を布で覆っており、布からちらっと見える薄い金髪がとても綺麗だった。
うずくまっている彼?に声をかける。
「あ、あの。具合悪いんですか?大丈夫…」
「っ、君は?」
「1年のメル・フォールンです。ここでご飯食べようと思ってたら貴方が居て…、具合悪いのかなって」
「…体調は大丈夫だ。問題ない。つい先程まで沢山の人に追われていてね、軽く人酔いしてしまったんだ」
「そ、それは災難、でしたね…。体調悪化させてしまっては悪いので別の所に行きます。それでは…」
「ま、待ってくれ!」
彼に腕を掴まれ引き留められる。掴まれた手が白いな、とか場違いな事を考えていると彼が口を開いた。
「君は大丈夫、みたいだ。それに私のことを知らないみたいだし…、だろう?」
「え、えぇまぁ。初対面、ですしそりゃあ」
「…私の事は、フリッツ、と」
「フリッツ、さん」
私がそう言うと、フリッツさんはニコッと笑って此処へ、と自身の隣へ座るように言った。おずおずと座る。なんだか凄い、貴族の中でもフリッツさんはオーラが格別な気がする。とんでもなく位が高い人なんじゃなかろうか。私不敬罪的なので殺されたりしない?大丈夫?
「君は美味しそうに食べるね」
「んぐ、そうでふか?実際美味しいので!」
「ハムスターみたいな頬だね」
「褒めてます?それとも貶してます?」
褒めてるに決まっているじゃないか、君という人を貶すわけなんかないだろうとフリッツさんは言う。出会ったばかりなのに信頼凄いなこの人。
「メル、君は何か香水とか付けていたりする?」
「や、付けてませんけど。何か匂います?」
「甘い、匂いがするんだ。とっても落ち着く匂いだよ」
「んー、分かんないなぁ…」
すんすん、と制服を匂ってみてもそれらしき匂いはしない。悪い匂いじゃないならいっか。
そろそろ昼休みも終わる時間になった。フリッツさんは名残惜しそうに時計を見る。
「もう、行ってしまうのか…」
「こればかりは仕方ないですよ、時間ですし。大丈夫、また会えますって!今生の別れじゃありませんよ」
「…うん、そうだね。きっとまた会える」
「はい!それでは、また!!」
「”また”ね、メル」
ひらひらと手を振って、私は中庭を後にした。
§§§
「…メル、メルか」
先程まで隣に居たメルという少女。嗚呼、伝承通りだ、と思う。あの甘い匂い、落ち着く、雰囲気。髪色が違いこそすれ、彼女以外に茶色い瞳を見たことはない。
「フリードリヒ様、此処にいらっしゃいましたか」
「イリヤ」
「どうなさいましたか」
「見つけたよ、”マギーシア”を」
「…!!それは、真ですか」
「嗚呼、間違いない。魔法使いである私が感じたんだ。”マギーシア”は本能的に感じるモノ、そう言っていたね」
一息ついて、頭に被せた布を払い去る。薄い金髪と碧眼、アンタルク王家の証だ。
「もう数百年前の馬鹿な王ではないよ、私の”マギーシア”。イリヤ、メル・フォールンは王家のモノだ。あの死に損ないの魔法使いに絶対に取られるな」
碧眼が、鋭く光った。
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