第一話 始まりの本
――罪禍の歌が響く
――悲劇の歌が奏でる
――破滅への未来が描かれる
――だからこそ、俺は
――全てを壊さなければならない
――これは、世界を壊す俺の物語
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「おーい、ラクス。給料だ!」
「ありがとうございます」
銀貨と銅貨が詰まった小袋を俺は受け取り仕事場からでていく。
俺、ラクス(十七歳)はしたっぱ鍛冶師だ。剣の美しさに惹かれ鍛冶師の元に入り修行している。この数年でそこそこの実力を手に入れる事が出来た。師匠たちにも及第点をとれるものが作れる自信がある。
(うーん、それにしても今日も疲れたなー)
肩や腰に疲労が残ってるし今日は早く帰って寝た方が良いかな。
「っと……」
まただ。
軽いめまいがして俺の身体が崩れかける。咄嗟に足を出して倒れるのを回避する。
今年に入ってからかな。貧血でもないのによく眩暈をするようになった。武器を作る時には起きないのに、こういった何もない時にはよく現れる。ここ最近は特にそれが顕著だ。
(また、何時もの景色だ)
目を開けた瞬間に見える景色はどんな場所でも一緒だ。
血に濡れた大地と夥しい数の死体。その中心で数多の武器に囲まれ佇む一人の男。男は俺を見るだけで微動だにしない。
しかし、俺が瞬きをすれば何時もの街――フリューゲンの街並みに戻る。
「本当になんだろう、これ」
鍛冶の仕事をしている時に起きたら困るどころか最悪仕事道具で命が奪われる事になってしまう。疲労が溜まっているのかな……?師匠たちに頼み込んで休ませて貰ってるし、明日は家の中でゴロゴロしよう。
「おっと」
誰かに背中から押され咄嗟に足を出して踏ん張る。
い、一体なんなんだ?
硬い何かに押された腰を擦り、後ろを振り返る。しかし、そこには街を歩く人たちしか見えない。
気のせいでは……ないのは分かるけど、一体誰だったんだ?通りすぎたにしては何か違うのが分かるけどそれ以外は何も分からない。文字を読み書きできる程度の俺の頭ではそこまで回らない。
「……うん?」
なんだろう、これ。
足元に落ちている一冊の本を手に取り、砂埃を払い表紙を見る。
本は基本的に高級な代物だと聞いたことがあるし、少なくとも普通の平民が持つようなものではない。
題名は……何も掻かれてない。分厚いし適当に売ればそれなりの値にはなるかな。明日、朝市に出してこよっと。好事家なら買ってくれそうだ。
俺は手に持っていた袋に入れて再び足を進める。
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「……希望を繋ぎました。やっと、この世界を救う事ができる。ラクス様、貴方の願いはきっと……叶う……」
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街の郊外、家も疎らで草花が生い茂る草原を歩く。
間借りしている小屋に就くと使い古したランプに火をつけて天井のフックに着ける。
はあ……疲れた。身体中がまだ痛いしさっさと外の川で汚れを落として寝よっと。
「……ちょっと読んでみようかな」
机に置いた本を手に取り、開く。
――やっと、手に取ったか。
「……え?」
誰かの声が聞こえたような気が……
「……え?」
気がついた時には俺はあの赤い世界にいた。
まただ。でも、何かが違うような気がする。瞬きをしても小屋の中に戻らない。本当に、この世界に来てしまったのだろうか。
「『目』というのは古来より力を放つ放出点としての特性を持っている。それを塞ぐ、というのは放出点を閉じる事と同義であり、また放出される力を防ぐ目的もある。……そのせいで俺の干渉が難しくなってしまっていたがな」
どこからともなく、声が聞こえた。
どこか鋭く、どこかおぞましさを感じさせる冷たい声音だった。
聞こえた方を俺は向くと、そこには一人の男が立っていた。数多の得物に囲まれた男は黒い影から姿を表す。
「お前は……」
その男は動きやすい藍色の着流しを着ており、肩線は短く身体の線は細い。しかし、その中には引き締まった筋肉が見える。どこか殺伐とした空気は無条件に敵対心を煽る。だが、俺が注視したのはそこではない。
「俺の……顔?」
男の顔は俺だ。正確には、より老け込まれ、三十代くらいの俺の顔だ。しかし、その年になっても顔立ちは変わらず幼さが残っており実年齢がどれくらいなのかはっきりと分からない。
(これは一体……!?)
普通の眩暈とはあまりにも違う状況に戸惑っていると男は再び話し始める。
「本とは一つの世界、思想、記憶を文字として内包できる。それを魔力を持って書いていけば人の人格を本に刻み込むこともできる」
「ッ!?」
「そして、魔力の使い方を変えてやれば現実を汚染し本の世界を現実に変える事ができる。……と言っても今のお前にはそれは分からないか」
男の言葉を俺は理解はほんの僅かにしかできない。
だが、分かることは一つある。
(何故魔力が使える……?)
魔力を使えるのは貴族だけだ。だからこそ、貴族がのさばる事ができる。
(今は関係ないか)
俺は思考の隅に問題を押し込め男を見る。男は地面に突き刺る剣を一つ手に取り、俺の目の前目掛けて投げつける。
「あぶなっ!?何してくれんの!?」
「それを見てみろ」
あん?これが一体何……!?
男が投げつけた剣を手に取り振るった瞬間、目を見開く。
この剣は……俺のだ。俺が初めて師匠たちにオーケーを出して貰えた剣だ。忘れることはない。
それが、何故ここに……?
「ここは俺が作り出した世界だと言っただろ。この見える景色は、俺の記憶に最も刻み込まれた地獄。始まりの惨劇だ」
「……何故、俺の剣がここに刺さっている」
「もうお前も知ってる事だろ?何故俺が言う必要がある」
男の答えが全てだ。即ち、この男は……未来の俺。圧倒的な威圧感を放つこの男は俺の未来の姿なのだ。
男は威圧感をより一層放ちながら俺の前に立つ。威圧感に臆することなく、俺は男に質問する
「何故、未来から干渉できる」
時間の流れは不可逆。どんなに願っても巻き戻すことは出来ない。だが、男の存在はそれを明確に否定している。
「何事にも例外がある。それが答えだ」
「なるほどな」
答えになってないけど、この際別に良い。何せ、目の前に本物がいる以上疑いの余地はない。
「遠くない未来。ここに広がる惨劇が、いいや、もっとおぞましい悲劇が生まれる」
「それが一体どうした?」
俺ならそんな事も関係せずに金属を打ち得物や道具を作っているだろ。
男は呆れ交じりため息をつき、俺の額に手を置く。
「もう俺に時間がない。知識と経験をお前に渡す。……もし、防がなければ、死ぬよりもおぞましい惨劇がお前を襲う」
一体何を……!?
男の手に力が入った瞬間、俺の意識が明滅し落ち、暗闇に呑み込まれる。
「はっ……!!」
気がつけば、既に日は昇っていた。
あれは……夢か?……いや、それはあり得ない。何せ、俺の知らない知識と経験を俺は知っているからな。
そして、知識の中にあるものは……おぞましき惨劇だ。
大国同士の不和が始まり、世界各地で大規模な戦争が開始、大国もまた、異世界からの『勇者』を揃え、相手を徹底的に滅ぼさなければ終わることが出来ない地獄に俺は巻き込まれ、あらゆる惨劇を見ることとなり、それでも生き残ってきた。大国が共倒れした時、もう世界は修復不可能の領域に達てしてしまっていた。それを回避するために、残った人類は世界を変えるために自身の魂を燃やし、複数人を過去に飛ばした。
しかし、世界はそのイレギュラーを許さなかった。
多くの人間が世界の是正により死に絶え、俺もまた、知識と経験、人格を本に綴じていなければ完全に死んでいた。そして、最後の生き残りが俺の前に本を置いた。
……これが。起こりうる未来か。
俺は額に手を置き、天井を仰ぎ見る。
一介の鍛冶師にはあまりにも重いものだ。本当にそうなるかも分からない。だが、もし俺が行動しなければこうなってしまうのか。
(……なら、やらなくては)
俺は鍛冶師だ。例えしたっぱでもそれは変わらない。
もし、鍛冶師として腕を振るえない時が来ることが確約されている。確約されているのなら、それを回避しなければならない。
(問題のその一は、『アイン教』だな)
『アイン教』は世界最大の宗教で平民も貴族も神に祈りを捧げている。無神論者の俺からすれば理解に苦しむがな。
だが、このアイン教こそが問題の種だ。未来ではこの『アイン教』が大きな勢力を誇り、多くの国が取り込まれ一つの国になってしまっている。
おおよそ、この『アイン教』の信者を増やすために大戦を起こしたと見て良いだろう。
そして、俺がやろうとしていることは『アイン教』からすればとても面白くない。防ごうとする俺を確実に消しに来るだろう。
(となれば、『アイン教』は敵だ)
少なくとも、上層部はそうだ。なら確実に消さなければならない。
(そして、もう一つは……『異世界からの勇者』)
今から数ヶ月後、強大な力を保有する勇者を大国の片割れが召喚する。これによって二つの大国の仲が悪くなってしまう。
勇者はその全員が高い実力を持ち、中には一人で軍を壊滅させる事ができる怪物もいる。殺すのは難しいし、処理はしなくても良いだろう。
だが、『勇者』にイレギュラーな動きをされては困る。とし起きても良いようにしなければならない。
『アイン教』と『勇者』。この二つをどうにかするのが必要か)
何も書かれていない本を閉じ机に放り投げ、俺は僅かに笑う。
状況は良くない。敵も強い。……やってやろうじゃねぇか。何としても、最悪の未来を回避してやる。