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第7話:駆け抜ける草原.1

 リアキャリアに乗せたシフォンに従って、MTBを走らせること数分。

 路面も段差も減少し、路幅も、広がった道だと分かるようになってきた。木々の密集度合いも開けていき、やがて前方に空間は広がるようになってきた。

 最初は銃眼のように小さかった空間も、クランク2速で一漕ぎするたびに大きくなっていき、樹は登りであるにも関わらず全力で突入していった。


 街道にでた。



 樹は舗装路ではなくても整備された街道を少し走ると、傍らにMTBを止める。

 動きが止まった瞬間に、身体の熱が風によって冷却されるのを感じる。全身から流れる汗がうっとおしい。

 着ているジャケットが邪魔であるが、しかたがないといったところ。

 シフォンに降りるよう促すと、樹はMTBのシートポストとリアキャリアにつながっているレバーを動かした。

 レバーが動いてロックが外れ、樹がMTBを前方に動かすと、ひとりでにリアキャリアが回転してスタンドになって、MTBが大地に固定される。

 その光景を見て、シフォンが感嘆する。

「すごーい。流石、異世界の文化」

 ロックを外すと、スタンドにもなるというリアキャリアは、モンタギュー社製の一部の車種に見られるすぐれ物である。ただし、荷物を載せていればスタンドとしては使えないし、このような特徴を持つのは、パラトルーパーとその眷属ぐらいなものなので、車軸が壊れた時の代替品をどうするかが難点でもある。

「……すっげぇのはこの景色だろうが」

 場所は小高い丘になっていて、周囲の風景が一望できた。

 眼下には薄い緑と濃い緑、田園風景が広がっている。空は多少は黄昏れてはきたものの、まだ青さを保っていて、爽やかな風が駆け抜けてきた。

 風があるのはサイクリストにとっては、いい事ではなく、逆風ならば地獄なのだけど、MTBがズラトなだけに問題はない。

 そして、進行方向にあるのは蛇行する大きな大河と、その傍らにある大きな都市。

 城壁があって、その中に家々が広がっているのを見ると樹は、改めて異国感を覚えてしまう。日本では城壁というのは、一区画を閉鎖するものだからだ。

 そして、城壁が点在するのではなく、完全に区域を囲っていて城門があるところが異世界だという事を思い知らされる。

 都市を守るためには防壁は必要であるが、文明などが発達すると交通を阻害する邪魔物として撤去されるのが普通だからだ。

 城壁の外にも町並が広がっているところを見ると、かなり大きい都市なのだろう。建物の外には田園が広がっている。

 その西側には巨大な山脈が広がっており、樹としては困難度を本能的に推し量ってしまう。

「あの都市はカラパ。ヴェストファーレン帝国シャケズ地方の中心都市にして、わたしとイツキ達の町♪」

 あそこが、これから住む街だと思うと、胸が熱くなる。

 改めて、自分がいつもとは違う世界に来たことを実践する。

 この風景を収めようと、樹は携帯の電源を入れる。

 その直後、背中に柔らかくて熱いものが押し当てられる。

「気分はどうかな? 少年」

 シフォンの含み笑いに、樹は先ほどまでの感覚を思い出す。


 実は運転するのが結構、大変だった。

 操縦自体は案内してくれるシフォンのおかげで楽だったのだが、そのシフォンに問題があった。

 樹は思い出す。

 自転車の後ろに女の子を載せて走るのは、思えばこれが最初であった事を。

 そして、女の子は胸があるということを。

 落ちるのを阻止するためとはいえ、背後からを腕を回され、胸を押しつけられる感触と、シフォンの心臓の鼓動、そして、ふんわりと漂う甘い香りを思い出すと、樹としては何ともいえない気持ちになる。

「もしかして……たってない?」

「どうしてそういうこと言うかな、キミは!!」

 恥じらいもクソもない。

 からかわれているのが見え見えにだけに、腹が立つ樹であったが、その怒りさえも凍り付く。

 それ以上の怒気がMTBから立ち上っていたからだ。

「……イツキ、おねがい」

 このまま走り出しても、電気ショックのようなものを食らうのは確実なので、樹はいつものレバーを引っ張った。

 光と一緒に、いつものようにMTBは幼女に変化する。

 ただし、変化があった。

「ズラトちゃんかわいいいいいーーーっっ!!」

「だぁーーっ、やめろ、離さんか、この痴女!! 誰が抱きついていいといった!! やめんか!! このバカが!! こら、イツキも我を助けろ!!」

 怒るズラトではあったが、問答無用なシフォンの抱きつきに加えて、巧みな指先に攻撃によって沈黙される。

「ズラト、気持ちよくなってない?」

「気持ちよくなどなってない!!」

 夢見心地な感じになっているのは、樹の目のせいなのだろうか。

「樹、何をしておる」

 しまいに、樹は携帯を取りだして、カメラをズラトに向ける。

「記念に撮ろうかな、と。もちろん、動画で」

「撮るな!! バカもの!!」

 半分は冗談であったが、怒らせると危険なので、樹は携帯をしまう。

「シフォンもほどほどにしとけよ」

「えーーー!! かわいいのに!!」

 聞き訳がまるでない。

 いい加減にシフォンの甘えぶりは止めるべきであろうと模索していると、シフォンの編み込んだお団子が目に入ったので、つい指を突っ込んだ。

 すると、動きを止めたどころか、ズラトから離れると樹に向き直る。

「イツキ」

 眼光も表情も何もかもが鋭い。

「この世界でのマナーその1。女性の編みこんでいる髪に触れたら、かき乱したりするのは御法度。わかりました?」

「わかりました」

 樹が了承すると、鋭さは消える。

「よろしい。もっとも、イツキとズラトだったらいいよ」

「なんだそれ」

 樹としては呆れるが、事前に了解を得ている、あるいは身内だったら問題ないということなのだろう。

「大丈夫か。ズラト」

「…大丈夫」

 大丈夫というには疲れているように見えるが、ズラトとしては色々と複雑なのだろう。

「なにをする!!」

「頭を撫でてるだけ」

 ズラトの頭を包みこむ黒髪の柔らかな感触と、その下の頭皮の硬さ。それに暖かさが心地よい。

 ズラトは赤面するが、撫でている事については特に文句は言わないようだ。

「驚いた」

 変身させてみると、今度のズラトの頭に角がない。尻尾や羽根もないので、どこを見ても人間の女の子にしか見えない。

 このため、横浜FCのユニフォームに半ズボンというスタイルになっている。

「よく化けたなあ」

「人前に出るからな。これぐらいは当然」

 自転車に変身できるのだから、これぐらいは当然なのだろう。

「髪も短くなったね」

「短いって」

 最初に出会った時よりも短くはなったが、それでも身長より少し長いといった程度なので、世間の基準から見れば超ロングヘアである。

「…切らんぞ。これが精一杯だ」

 釘を刺されてしまう。どれだけ、拘りがあるんだ、というレベルである。

「髪は女の子の命だからねー」

「説得力あるな」

 シフォンは、金髪を首の後ろ辺りで結い上げて、お団子にしているが、そのサイズが途方もなくでかい。頭がもう一つあるレベルなので、解いたら間違い無く身長は超える。

「よくそこまで……伸ばしたよな」

 反射的に、シフォンのお団子に手をかけるが先ほどの注意があったので、指先が宙に止まる。しかし、樹の動きを見たシフォンが笑顔を浮かべたので了解と判断。躊躇いがちにシフォンのお団子に指先を伸ばした。

 ズラトとは違う柔らかさが、とても心地よい。

「大好きだから」

 その表情に一片も曇りもない。

 余計なウェイトを背負っているような気がしないでもないが、突っ込んだら負けなのだろう。

「その気持ち、よくわかる」

「でしょでしょ。ズラトちゃんの髪、とってもキレイだもん」

 許可取らずに撫で回されているのが、好きなのか嫌なのか、ズラトは複雑なようである。

 そして、ズラトの恨めしげな目線に気づいて、ズラトの頭も撫でまわす。

 一瞬、露骨なまでに喜ぶが、理性が働いたのか仏頂面をするのが樹には面白い。

「いつ、誰が撫でろといった」

「オレが撫でたいからだ。選択権なんてあると思ったのか?」

 ズラトは応えずにそっぽを向く。

 しかし、皮膚から伝わる体温が上昇しているのが、ズラトの感情を雄弁に物語っていた。

「その長さなら、これ以上短くしなくてもいいかも。ツインテールならギリギリだし。わたしなら、お団子。ヴェストファーレンの人なら大概そうだし」

「なんで、ヴェストの奴等はそうしてる?」

「風習だからかな。分かるような気がする。ズラトはどんな髪型がいいの?」

「……それはイツキが決めることだ」

「じゃあ、坊主」

「それだけはやめろ」

「だめだよ、いつき。おねーちゃんがなんとかしてげよう」

「いつから、汝が我の姉になった」

 どこからともなく、シフォンは2本の糸のようなものを取り出すと、ズラトの背後に回った。

 ツインテールに結うつもりなのだろう。それならば、地面に髪は付かない。

「だめ」

 しかし、シフォンは嫌がった。

 何故か、恥ずかしがっている。

「……イツキに……」

「声が小さい」

「……イツキにあんで……ほしい…」

 事情を察したのか、シフォンがにやける。

「モテモテじゃない」

「うっさいなあ」

 樹はシフォンから糸を取ると、ズラトの後ろに回った。

「糸は、ただ結ぶだけでいいからね」

 樹はズラトの頭を撫で、手串で豊かな髪を掻き分け、大まかな位置で2分割にする。手に余るほどに豊富な髪が、掌に結構な重さでくる。

「適当だけど、悪いな」

「適当はいけないんだぞ」

「外野うるさい」



「ズラト、いいか?」

 ズラトが妙に元気がない。

 ツインテールにしたのが生まれて初めてだったのだろう。樹としてはすっごく可愛いのだけど、視線を合わせるたびに、顔を真っ赤にしながらずらすのが謎だった。そのうち慣れるのだろう。

 記念に携帯で写真を撮ると、ズラトを少女からMTBに戻した。スタンドをリアキャリアに戻すと、慣れたような足取りでシフォンが座る。

「乗り心地はどうだった?」

 異世界の人たちの感想を聞いてみたいところだった。

「最高!! 馬や馬車よりも速いなんて、すごいねっ!! ジテンシャってこんなにも速いんだ」

「いや、ズラトみたいな乗り物なんていうのはないから」

 予想通りの反応がきて、樹は苦笑する。

 顔は見えなくても、楽しんでいるのが丸わかりなようで、乗り手としては喜ばしいところである。

「なんで抱きしめているのかな」

 再び、背中に柔らかい胸が当てられる。

「だって、落ちちゃうじゃない」

 スポーツ車というのは2人乗りするようにはできていない。プロのキャリアも最大積載量が25kgまでなので、ズラトでなければ壊れている。

 人を乗せることが考慮に入っていないのだから、乗っている側も姿勢を保つのは大変である。走っている最中に落ちないとも限らない。

(シフォンは落ちない。我が、我の誇りを持って保つから安心しろ)

 ズラトが怒り口調なのは、シフォンが樹を挑発しているからだろう。

 これはただのMTBではなく、ズラトなのだからシフォンはキャリアからは落ちない。どれだけスピードを出しても。

「なに笑っているのかなー」

 愉悦が止まらない。たまらなく止まらない。

 ここから先、登りはなく、カラパの町へ降っていくだけ。風景から見ると、この丘からカラパの町にはかなりの勾配さがあるようである。

 下り坂が嫌いな自転車乗りというのは少ないだろう。重力の法則に従って、エンジンがなくても高速が出せる。モトクロスコースの下り坂は走っていけないが、街道なので路面も安定している。

「舌、噛むなよ」

 樹は、かろやかにMTBを走らせる。シフォンを載せて。


 悲鳴が零れるまで、それほどかからなかった。



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