第6話:Teaparty in forest.2
樹は異世界の住人であること。
旅立とうとした矢先に、未知なる現象に巻き込まれて、異世界に来てしまった。
その際に、自分の所有物である自転車に、未知なる何が取り憑いて、自転車と幼女に変化する何かに変貌してしまったという事情を二人に説明した。
「イツキは異世界人というわけか。突拍子もない話だけど、それなら納得はいく。見慣れない格好していると思ったら、そういうことか」
ちなみに、樹はサイクルジャージなどは着ていない。理由は自転車ライダー然とした格好がどうにも気にいらないからである。
「イツキの出身国は?」
「日本」
「ニホンか」
ショーンは珍しいことに考え込む。何か思い当たる節でもあったのだろうか。
少しの間、悩んだあと、樹にとっては意外な事を聞いた。
「イツキの国では、性別名前で呼んでいるのか?」
ズラトやシフォンの口調から、樹は西洋式に名前を変換していただけに驚いた。
ショーンは驚いた樹を見て察したようで、答えは求めなかった。
「剣皇、あるいは剣皇リョウなる話は聞いたことはあるか?」
「いいえ、聞いたことがありません」
樹にとっては、ぜんぜんチンプンカンな話であった。
ショーンは答えを見つけたと思ったのに、肝心の証拠が外れた、みたいな表情をしていたが、すぐに切り替えた。
「いい加減に離れろ、シフォン」
この後に及んでも、ズラトは至福の笑みを浮かべたシフォンに抱きつかれたままだった。よっぽど気に入られたのだろう。苦笑もあるが、微笑ましくもあるが、いい加減に話が進まない。
「つるつるっの坊主にするぞ。バカ弟子」
その一言で、シフォンはぴたっと離れる。
三つ編みに編んだお団子のサイズが、頭よりも大きいのだから、長く伸ばしている髪に相当な思い入れがあるのだろう。
その辺りはズラトも同様。
「……助かった」
「可愛がられてよかったじゃん」
「よくない」
「敵のほうがいいのか」
言ったのはショーン。
「……」
その問いに、ズラトは答えない。
ショーンは答えを求めずに、別なことを言った。
「ズラト。その角と翼と尻尾は隠したほうがいいぞ。この国は、人間以外には優しくない」
樹のいた世界であっても、肌色の違いで戦争が起きているのだから、角だの翼だの、人間ではないものがあったら、それだけで排斥される理由としては事足りる。
この国が、どの国かは気になるところであるが、地球とは違って、樹はこの世界のことを理解できていないので、聞いたところで理解はできない。世界を知るほうが先である。
「ズラト、隠せるか?」
「それは問題ない」
「あと、その服の鳥のマークもあるだろ。それも消せるなら消しておいたほうがいい。問題になる」
鳥のマーク?
最初、樹は疑問に思ったがズラトの着ている横浜FCのユニフォームを見て、得心がいった。
「なんでこんなところに、剣皇様の紋章があるの?」
「ほんとだ。これはかの剣皇の紋章。イツキよ、なぜ汝が剣皇の紋章がついたものを……どうした、イツキ。頭が痛いのか」
樹は、ショーンが樹の名前順や、剣皇なる存在について言及したのか理解できたような気がした。
この世界の人間には理解できないだろう。
その剣皇とやらの紋章が、剣皇独自の紋章ではなく、1スポーツの既製品にしかすぎないこと。つまり、そのエンブレムをつけているのが、樹の世界には大量にいることを。
シフォンやズラトの感嘆ぶりを見る限りでは、二人は横浜の街は歩けないだろう。
「最後に、名前も変えておいたほうがいい。念には念を入れて、だ」
「はい」
納得がいかないところであるが、樹の知る限り、ショーンがこの世界において、人生経験を積んでいるのだから従ったほうが賢明だろう。
「樹の事情については大体は理解した。で、俺たちは何をすりゃいいんだ? イツキ」
本題に入り、ショーンの鋭い眼光に樹は身をすくませる。
ちらりとズラトを見ると、ズラトは居心地の悪そうな顔をしていた。
「本当のことをいえば、元の世界に帰りたいです」
今は森の中ではあるが、環境は日本よりも悪いことは確実。それに親や友達といった存在がいない。
「でも、貴方方にはオレを元の世界に返す力はない」
「そりゃそうだ。これは魔法の部類に入ること。イツキ以上に何も知らないのだから、俺達にはできん」
樹でさえも体型的に説明できない事柄を解決するためには、大魔法とやらの存在が必要になる。そんなものがそう簡単に転がっていたら苦労はしない。
「わたしたちに世界に返してくれるような、大魔法使いを探してほしい?」
それもありだと樹は思った。
現実的に考えるなら、その辺りが落しどころだろう。無茶な要求をしているわけでもなく、実利もある。
樹は二人向かって頭を下げた。
「オレとズラトは貴方方に味方をしますから、貴方方も俺達の味方になってください」
「イツキ達の味方だと?」
ショーンは傍らに置いてあった大剣を取るやいなや、その切っ先をイツキの首元に突きつける。
その反応は樹が見えなかったほどに速い。
「し…」
シフォンが異を唱えようとしが、剣の切っ先のようなショーンの一瞥の前に沈黙する。
ショーンの本気の前に、樹の喉が乾燥する。
「てめぇ、味方になるということがどういう事なのかわかっているのか?」
「どういうことでしょうか」
「味方になるということは、てめぇが国とやらに狙われたらイツキや俺だけじゃねえ、シフォンやシエラ達、それに俺の家族までもが処刑される事になるかもしれないということだ。その重みを知ってて、俺達に味方になれっていうのか? ああっ!!」
現実を突きつけられる。
味方には、味方本人ではない。味方の家族にまで影響が及ぶ。国家への反乱者、あるいは冤罪を着せられたものは当人だけではなく、親や兄弟、妻や子供、親戚はおろか門下生といった、罪どころか関係すらない人達が死刑になることを思えば、気軽に味方になってくれとはいえない。
同時に疑問も涌く。
川崎樹は、日本でも何処にでもいるような大学生であり、この異世界でも取るに足らない人間でしかない。世間はどこにでもいるような人間の動向など気にしない。従ってショーンやシフォンが樹にとっての味方や敵になろうが、関係ない話である。樹にしても世界を壊したいわけでもなく。
ショーンの言葉は危惧を通り越して、妄想に近いように思えなくもないが、樹を対象にしているのではないと思えば理解はできる。
樹が横目でズラトを見ると、ズラトは緊張しているように見えた。それだけで、ズラトの立場が見えてきた。
樹は一端、目を閉じて覚悟を決めると言った。
「ええ。処刑されてください」
あまりの言葉にズラトとシフォンは驚き、ショーンは睨み付ける。
「話聞いてたのか? ガキ」
「貴方方に見捨てられたら、オレ達は確実に死にます」
誇張でもなんでもない。この世界の事情に通じていないのだから、ズラトはともかく樹は確実にのたれ死ぬ。
「オレはまだ死にたくない。生きるためなら何だって利用するし、事情だって知ったことか。他人がいくら死のうが、オレの命のほうが遙かに大事に決まってます。みんなそうじゃないですか。俺も、ショーンさんも」
みんな幻滅していると樹は思う。ロクでなしの思考だった。
「ゴミどもの命なんかどうでもいいってか。そのツラで中身は外道じゃないか」
樹としては我ながらひどい事を言っていると思っていたが、事実なのだからしかたがない。
そう、樹はこんなところで死にたくはなかった。
「言っておくが俺は善人じゃねーぞ。ロクでなしの外道だ」
「外道であっても、被害関係が一致する間は強力するのが普通では」
「ほざくじゃねえか。おむつが取れないガキの分際で」
鬼のような形相でショーンは睨み付け、樹は刺さってくるようなそれに耐える。
どれだけ耐えればいいのかと、樹は胃が痛くなったが、耐える時間は思いの他、短かった。
「正直になれないからといって、脅すのは悪い癖ですよ。師匠」
シフォンの一言で、ショーンの相好が崩れる。
「脅してねーぞ。本当のことを言ったまでだ」
本音であれば尚更タチが悪い。
「守りたいほどの係累を持っていないのは、わたしも師匠も同じではありませんか」
シフォンは笑いながら、さらっとものすごい事を言ってのけると、ズラトを再び、愛情を込めて抱きしめた。
「わたしはズラトちゃんがだいすき。だから、ズラトちゃんのことを全力で守りたい。世界なんか敵に回してもいいから。そう決めたの」
いつもだったら、少しは抵抗するズラトではあるが、シフォンの想いの前には動きも止まる。
「師匠はどうなんですか?」
シフォンの問いに、ショーンは思考を巡らせたあとで、渋々といった感じで大剣を抜いた。
「しゃーねーな。世界を敵に回すのも面白そうだからから、イツキに味方してやるよ。這いつくばって感謝しろよ」
「…あ、ありがとうございます」
樹の生存延長が確定した瞬間だった。
「這いつくばってねーだろ。でも、その脚では無理か」
気がつくと、樹の膝がガタガタと震えていた。
この人物と相対すると、気力が吸い取られるような気がする。
「鍛え方がたりねーんじゃないのか。そんな調子じゃ、この世界では生きてけねーぞ」
「…はい」
「俺達が味方してやることは決まったわけで、取りあえずの目標はなんだ?」
「目標は…仕事と寝床です」
帰れないのだとしたら、
必要なのは生きていくためのお金と、
安心して休める寝床。
「シフォン。俺が後処理をするから、シフォンはイツキ達と一緒に降りろ」
「了解。後処理って、大変ですね」
「どんなことをするんですか」
「証拠品を持ち帰るんだよ」
二つに分断されたとはいえ、それでも小山のような大きさがある猪を前に、樹はうんざりする。
樹はあるアイデアを思いついた。
携帯のスイッチを入れると、しばらく待ってから、カメラアプリを作動させる。
「なにやってんだ? てめぇ」
「ねえねえ、その板みたいなモノはなに?」
予想通り、シフォンとショーンの二人が食いつく。
「シフォン。ちょっとストップ」
「ほいな。って、なにやった!!?」
シフォンからすれば、穴の空いた板みたいなものを向けられたので驚く。
樹はアルバムアプリを立ち上げると、画面をシフォンに見せる。
「あれ? この絵みたいなモノはなんですが? それに私が映っている……どうしてなんですか?」
「ああ、ブスが映っている」
「ブスは余計ですよ!! 師匠」
異世界のテクノロジーを見せつけられたシフォンが、樹の予想通りな反応を見せる。
携帯は、携帯としての一番重要な機能である他とつながる機能は失われたとしても、カメラやミュージックプレイヤーの機能はあるので、まったく使えないわけではない。ROMも外付けマイクロSDでたっぷり確保しているので、この世界の風景は撮れだけ撮れるだろう。
さしあたっては、ショーンが赤毛狼を討伐した証拠にはなると思ったのだが。
「イツキ、面白そうなもんもっているじゃないか」
こいつが不良だという事を、樹は失念していたが遅かった。
「よこせや、イツキ。それとも死ぬか?」
どう見ても、ショーンは歌舞伎町辺りにいそうなヤンキーにしか見えなかった。
「何度見てもわからんな。あれ」
MTBに変形したズラトに跨った樹と、MTBのリアキャリアに乗ったシフォンを見送ると、ショーンは先ほどまでの光景を脳内に再現してみる。
彼なりに、事態を理解しようとしたが、幼女が自転車なる道具に変化する様子を筋道立てて理解することができない。
結局は出来なくても、命の危機に差し障ることもないと判断して、ショーンはやるべきことをやることにした。
「甘いな、坊主。いや、ちゅんとわかっているのか?」
ショーンの左手にはMTBのリアキャリアから外された、パニアバッグが握られている。
パニアバッグというのは、二つのバッグを板状の布で連結したものである。自転車のリアキャリアには、左右どちらかにバッグを設置することができるが、片側だけではバランスが崩れるので、両側に設置するのが普通である。二つ同時につけるのがパニアバックである。
パニアバッグをつけたままでは、シフォンを乗せられないことから、樹がショーンに託したものであるが、ショーンは平然と探り始めた。
「…やっぱりな」
パニアバッグに入っていたのは、キャンプ道具一式着替えだけで、お金や重要な書類といったものは一切ない。つまり、無くしたところで惜しくないものが入っていただけである。当然といえば当然であるが。
ただし、僅かばかりとはいえ収穫があった。
「樹が異世界人というのは、本当か」
黄色い紙箱に書かれていた文字が、ショーンには判読不明だった。