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第2話:旅に出よう、そして、バッグドロップをしよう.2

 樹は目の前に現われた少女をじっくりと見つめた。

 良く見なくても……すごくかわいい。

 雪のように白い肌。白磁のように滑らかなに描くボディライン。サクランボのような唇と黄金色の瞳。何から何まで高次元でまとまっている。

 角やら翼やら尻尾が生えてはいても、それはそれでかわいい。お持ち帰りしたくなるぐらいにかわいい。

「なにをじろじろと見ておる」

 ズラトという少女が声を張り上げた。

「なにって、裸だから」

 ズラトは何も着ていない。

 空間を埋め付くほどに伸びに伸びまくった髪のおかげで身体が隠れているとはいえ、気にならないわけがない。

「はだかで問題があるというとでもあるのか?」

 樹は頭が痛くなった。

 自然界にいる動物は服を着ない。服を着ないというのは裸に対する羞恥心が涌かないのか、それとも、毛や鱗が服代わりになっているのか。

 いずれにしても、目の前にいる生物は裸でいる事の羞恥心がない。

「人の姿をしているんだから、ズラトが気にしなくても他人は気にする」

 人は、裸でいたら逮捕される。人の姿を取っている以上は人界のルールに従えというのが道理である。

 ズラトはしばらくしてから、溜息をついた。

「…もう一回、変身させろ」

「やり方は?」

「汝が命を下すだけでいい」

「ズラト、戻れ」

 樹が命令を下すや否や、ズラトは現われた時と同じように発光し、発光が収まった時には再び、元のパラトルーパーに戻っていた。

 樹には、肩に重たい荷物がのし掛かったような気がした。

 目の前で常識や物理法則から外れたことが行われていた事に。あっさりと平然と。

 樹は片側のパニエバックを開けると、中に入っていた服を取り出した。

 女の子のために服を用意するシチュエーションが来るとは思っていなかったので、女物は用意していない。

 さんざん迷って、男物のパンツと半ズボン。そして、何故かパニエバックにぶち込んでいた横浜FCのユニフォームを取り出すと、パニエバックを締めて、トップチュープ下のレバーを動かした。

 さっきと同じように、ズラトが現われる。

「これとこれ、それとこれ」

 背中に生える翼と、お尻から伸びる尻尾に尻込みしつつ樹は、ズラトに衣服一式を渡す。

 衣服を渡たされたズラトは、ズボンと下着は手に浮かべた光で一瞬で消すが、横浜FCのユニフォームはそのまま着た。

 大人用のユニフォームなので、ダブダブであるがスラトの全身は隠せるだろう。

 ズラトは着たユニフォームをつまんでは、興味深そうに見つめている。

「不思議な生地だな」

「サッカーのユニフォームだからね」

 サッカーのユニフォームは汗を通しにくいので、日常ではなかなか使えないというのはある。

「サッカーとはなんぞや?」

「スポーツの一種。話せば長くなるけど、話す?」

「そっか」

 つまり、話さなくてもいいということなのだろう。

 樹は本題に入ることにした。

「ズラトは龍というけれど、なぜ、龍に変身できない?」

 龍であることは随所に除かせるが、変身するのは人間と自転車体形である。しかも、樹の自転車であることから話の形はある程度、見えていた。

「それは、我は汝の自転車と合体したからだ」

「何故、合体?」

 ズラトは自分のしでかした事を自白しそうな子供の顔になる。

「今までのこと……思い出してみろ」

 今までのこと。


 樹は三ツ沢公園にいた。

 愛車と一緒に旅に出ようとしたら、世界が唐突に真っ暗になって、見上げてみたら巨大な物が空を覆っていて、それっきり意識を失った。


 その巨大なモノが龍身のズラトだと思えば、一発で理解できる。

「なんで、おまえがあんなところにいたんだよ」

「…いやあ……実は……とある勇者に敗れて、汝の世界に逃げこんできた」

 少なく見積もっても、スタジアムぐらいの大きさがあった化け物を、敗走に追い込んだ奴はどれほどの化け物なんだとツッコミを入れたくなる。

「で?」

「飛ぼうとしたんだが、何分にも奴に食らった傷が重すぎて、飛べなかった」

「で、落ちた、と」

「そういうことだ」


 樹は思った。

 "殴りたい、この笑顔"と。


「ズラトは生きたいと思った?」

「当然だ。どんな手段を使っても生きたいと思った。だから、我も汝もここにおる」

 樹は目を閉じた。

 だいたいの事情は把握した。

 樹自身にも、とんでもない事態が発生しているのは明白であったが、敢えてその点には突っ込まないことにした。

 どうしてこうなった。

 樹は今までの人生を普通に生きていた。

 小学校、中学と通い、高校大学とそこそこのところに進学した。樹の犯した罪といえば、強いていうなら大学の勉強よりも、プロの購入資金と旅行費用のためにバイトを優先させたことぐらいだろうか。

 それよりもひどい罪を犯した輩はいくらでもいる。

 殺人を犯した奴でさえも、裁かれずにのうのうに生きていることを思えば、樹の境遇はあまりにも苛烈だった。何の因果で右も左も分からない異世界に放り込まれたのだと絶叫したくなる。

「……怒っておるのか?」

 ズラトが不安そうに、樹を見ている。

「怒らないといえば、嘘になる」

 訳もなく、他人の一方的な事情に巻き込まれて、人生が一変してしまった。望まない変化を強いられることに怒りを感じないほど、樹は聖人ではない。

「事情を整理すると、ズラトは元の世界で何者かに討伐されて、オレの世界に逃げ込んできた。でも、致命傷を負っていて飛ぶ事ができずに、オレの上に落ちてきた。そういうことか」

 ズラトはうなずく。

 あれだけの物体が落ちてきて、樹自身が平気だったのか疑いたくなるのであるが、樹は敢えて気にしないことにした。気にするのは株価の下落よりも怖い。

 ただ、樹は普通に生きている。それでいい。

 それでいいったら、いい。

「生きたいと願ったズラトは、オレの自転車と合体することで生き延びた。その煽りでオレもろとも元の世界に戻ってしまった。これでいい?」

 証明すべき理屈が数ダース単位で抜けているような気がする、いや、間違いなく抜けているのであるが、それ以外に説明できる理論を樹は知らない。

 ズラトはうなずいた。

「ズラトはオレに被害を与えた。だから、ズラトにはオレに責任がある」

「何が言いたい」

 ズラトの、突き刺さってくるような視線に樹は息を飲む。巨大な龍だと証明する圧倒的なオーラに押されながらも、樹は言った。

「ズラトはこれから、オレに従え。ずっと」

「なんだ、そういうことか」

 他人の人生を強制する重大な一言が、あっさりと流される。

「汝に言われなくても、我は汝に逆らえぬ」

 バカにされたと思ったが、意外な成り行きになった。

「このジテンシャは、汝のものだろ?」

「そうだけど」

「我はこのジテンシャと融合した。ジテンシャが汝の所有物であれば、我はその掟から逃れることはできぬ……そういうことだ」

 質量保存の法則など、物理法則のいくつが遠い宇宙の彼方に抜けているような気がしたが、こういうルールだけは律儀に守るんだと、樹は思った。

 ……まあ、いいか。

 唐突に放り込まれた状況に不満がないといえば嘘にはなるけど、だからといって、不満ばかり言っても始まらない。生きているだけマシというべきだろう。

「ズラトっていうんだよな」

「ああ、我が名はズラト。この地に君臨する龍王が一人ぞ」

 今までの話を聞いた感じでは、とてもそんな風には見えないが、そんな事はどうでもいい。

「オレはイツキ・カワサキ」

 異世界にひとり投げ込まれて怖いと思った。

 このまま食料も断たれて飢え死にするか、彷徨いまくって衰弱死するかのどちらかしかないと思っていた。

 今だって、状況はさほど進展しない。

 でも、樹は一人ではない。

「これから、よろしく」

 頼れるかともかく、確実に味方だといえる存在がいる。正体不明な異世界におかれて、これ以上の武器はなかった。

「ああ、よろしくな」


 むかつかない訳ではないのだけど、憎めない。

 特にこの笑顔には。


「でも、髪長くない?」

「そうか。これぐらいが普通だぞ」

「いや、普通じゃないから」

「もしかして、髪を切れとか坊主になれとか」

「いや、そこまでは言わないんだけど、せめて適性に」

「いやだいやだー。切るのは絶対に嫌だーーーーっ」





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