第一章 八話
翌日、俺は机に突っ伏し、頭を抱えていた。
「智樹!頑張れよな!」
「智樹、頑張りなよ~」
「智樹君!頑張ろうね!!」
友人たちにそれぞれ励ましの声がかけられる。
「いや……、やるなんて言ってないんだけど……」
声のほうに顔を上げ、精いっぱいの嫌な顔をして抗議する。
しかし、その抗議むなしく流され、なかったことにされる。
「なんてったって智樹よ~。大役だぜ?」
「「「演劇の脚本」」」」
笑顔の三人から出てきた言葉は、俺にとっては重く、とてもじゃないが請け負えそうにないものだった。
なんでこんなことになったのだろう……。
遡ること放課後。
午前中授業で、昼前には教室にはほとんど生徒は残っていなかった。
俺は昨日のこともあり、悩み考えていた。
「よくわかんねぇな……」
「ん?何のことだ?」
無意識のうちに口に出ていたようだ。
「いや、何でもねーよ」
「そうか?」
「いや、何でもあるわ」
「どっちだよ」
朱里のことで、昔の自分のことで一人悩んでいても答えが見つかるとは思えない。
それなら、昔の俺達を知るやつに聞いたほうが早い気がする。
俺は思い切って相談してみることにした。
「今日、二人きりではなしたいことがあるんだ。時間いいか?」
「……ああ、いいぜ」
俺の真剣さが伝わったのか、健斗は茶化さずに答えてくれた。
健斗との会話が終わってすぐに、陽菜が健斗を呼ぶ。
「健斗、今日放課後どっかよって帰る?」
「どっかって、どこもよるとこねーじゃん?なあ、智樹、涼香ちゃん」
健斗に話題を振られる。
多分これは健斗の「うまく断れ」という意味での振りだと思う。
「遊ぶのは構わないが、行きたいところは特にはないし、行くとこもないな」
「そうだね、それかどこか食べに行く?」
さっき健斗がいった通り、この近くにまともに遊べるところなどない。
なので、俺達の答えもあまりこれといったものはない。これでうまくなくすことができるだろう。
「じゃあ今日のとこはやめにすっかな~……」
「お困りのようですね!!」
教室の入口のほうから突然声をかけられた。
驚いてみた先には、仁王立ちで構えている小柄な女子生徒がいた。
「暇を持て余し、お困りなのですね!?」
「お、おう」
対人スキルの高い健斗もさすがに困っているようだ。
「実は私も困っているんです!」
「そ、そうなのか……?」
「はい!お互い様ですね!」
「あ、うん」
会話が成立しているようでしていない気しかしない。
「と、ところで、あなたは誰?」
「おっと!忘れていました!大事なことですね!!」
謎の女子生徒は涼香の質問に対し、敬礼をして派手に答える。
「わたくし、演劇部一年にして部長の小金井佐久子といいます!!」
演劇部と言えば、うちの学校の中でも古い部活の一つで、地域の人を呼んでよく演劇をしたりしており、地域の人から愛されている部活だ。
「一年で部長なんてすごいね、小金井さん」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
俺の言葉に小金井さんは謙遜する風でもなく、当然のように言った。
「今演劇部は一年だけなんですよ。だから私が部長をできているんです。演劇に詳しいという理由だけで」
「へぇ……、演劇部って人気あるんだと思ってたよ」
「意外にそんなことないですよ。やっぱり人気のスポーツ系の部活に人数取られちゃいますから」
そういった小金井さんの表情はどこか悲しそうだった。
何か思うところがあるのだろうか。
「それでさ、佐久子ちゃんは何か俺らに用事あるんじゃないの?」
「よくぞ聞いてくれました!笹瀬君!」
「おうよ!」
健斗が小金井さんの訪問の理由を聞くと、彼女は少し沈んでいたテンションを元に戻し、話を進める。
健斗はどうやら彼女のテンションにのまれたらしい。
「実は我々演劇部は危機に直面しているのです!」
「な、なんだって~!!」
健斗だけがのりのりである。
俺と涼香は無意識に口元が引きつってしまっている。
だが、こんなものはまだかわいいほうだ。
陽菜は完全にゴミを見る目で見ている。
まあ、こいつらはお互いに遠慮のないところも含めてアツアツカップルだから、いいのだと思う。
「脚本の書ける人が今年卒業してしまいまして……、次のコンクールで使う脚本がないのですよ!!」
「オリジナルじゃないといけないの?」
「……はい、そうなんですぅ」
若干の含みのある様子だ。
健斗は「そっかぁ……」と言って黙り込んでしまう。
仕方ない、俺達にはどうしようもできないことだからな……。
「どうしてもそのコンクールに出ないとダメなの?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「どうしても出たいんだ?そのコンクール」
「はい!……どうしても!」
陽菜の質問に小金井さんは歯切れ悪く答える。その表情にはどこか後ろめたさが含まれていた。
どうやらそのコンクールにどうしても出たい理由があるようだ。
「私には、年の離れたお姉ちゃんがいるんです」
小金井さんは、一転し楽しそうに話しはじめた。
「お姉ちゃんはいつも私にやさしくしてくれて、そしてお芝居をするのがとても好きでした」
そう言った彼女の表情はとても誇らしげで、活気に満ちていた。
「私も大好きなお姉ちゃんの演技している姿はもっと大好きでした」
彼女のきらきらとした瞳は、姉に対する好意を容易に読み取ることができた。
「そんなお姉ちゃんはこの学校の演劇部のOGで……」
ここで、言葉を切る。
それはまるで、はるか昔の光景を思い浮かべるかのように。
「そのコンクールに出ていたお姉ちゃんは今まで見たどのお姉ちゃんより輝いていた!私も!お姉ちゃんがその時に感じていたもの、見ていたものを体験したいんです!!」
興奮と感動で彼女の頬は赤く染まっていた。きっと彼女にはその光景が今も鮮明に思い浮かべられているのだろう。
「お姉さんが、憧れの人なんだね」
「はい!!憧れで、目標です!!」
「わかるよ……、追いついて、並びたいもんだよな」
「わかってくれますか!!」
痛いほどに、彼女の気持ちがわかってしまう。
憧れだから、大切だから、一緒にいたいし、並んでみたい。離れているなら、頑張って追いつきたい。
近づくことで、追いつくことで、並ぶことで、よりわかる気がするから。
より、知ることができるから。
自分の抱いた理想の偶像が現実とどれだけ合致しているのかを……。自分がどれだけ、自分の理想に近づけたかと……。
「なら、話が早いですね!!作文のコンクールで優秀賞をもらっている五十嵐君!!」
彼女は目を輝かせて俺の手をつかみ、言い放つ。
「演劇部の代わりに脚本を書いてください!!」
「えっ!!」
それは予想外であり、予想内の展開であった。