第一章 五話
「失礼しました」
放課後、夕日も沈みだし、周りがだんだんと暗くなってくる時間帯。生徒指導室からやっと解放された俺はため息をつく。
「はあ……」
なぜかというと、昨日の無断欠席の指導をくらっていたのだ。
「おうおう、お疲れのようだな」
後ろから声が聞こえてくる。
「お前の顔を見たらなおさらな」
そういって声をかけてきた人物、笹瀬健斗のほうを向く。
無駄に整った顔の健斗は微笑みながら答える。
「ひどい言い草だな、おい。一緒に帰ろうと思って待ってたのによ」
「そうですか。暇だね、お前」
「いやいや、俺だけじゃねーよ?陽菜も涼香ちゃんも教室で待ってんぜ」
「ほんとにお前ら暇だな……」
今健斗があげたやつらは俺が高校に入ってよく一緒にいる連中の名前だ。朱里の主治医だった笹瀬先生の息子の健斗とは交流があり、高校に入ってからはよく一緒にいる。そのおかげで、健斗と仲のいい二人とも一緒にいるようになったのだ。
正直、朱里のことで落ち込み、中学の時にまともに友達を作っていなかったので、実は健斗には感謝をしている。
俺は健斗と話しながら自分の教室に向かう。
「あ、やっと帰ってきた~!」
「遅かったね~」
教室に入ると二人の女生徒が話しかけてくる。
先に話しかけてきたのが川西陽菜。背丈は普通で見た目はなかなかかわいい。髪型は茶髪が混ざった黒髪ショート、明るい性格でリーダーシップのあるやつだ。そして健斗と中学から付き合っている。いまだ冷めぬアツアツカップルだ。
そしてあとから話しかけてきたのが平岡涼香。背丈は陽菜よりは小さく、顔はぶっちゃけかなり美人だ。ファンクラブがあるくらいに美人。髪は黒髪のショートポニー。性格はおっとりしていて優しい性格だ。
「いや、説教がやけにながくてな……。ってか、おなじこと何回も何回も言うんだよなあ……。さすがに疲れたぜ……」
俺は死んだ魚のような目で答える。
ほんとに同じことを何回も何回も言われた。しかもどれもきれいごとばっかりで心に響かないものばっかりだ。
俺が心の中で文句を言っていると涼香が苦笑いをしていた。
「あの先生は確かに話長いよね~。集会でもおんなじこと何回も言ったり、その場でいえばいいのにわざわざ時間無駄にしてほかの場所で、結局どうでもいい話したりするし」
「だよな!」
俺は涼香の言葉に激しく同意する。うんうん、わかっている。
俺がうれしくうなずいていると陽菜が話しかけてくる。
「というかさ、なんで智樹は昨日学校さぼったの?」
「あ、俺もそれ知りたい!」
「私も気になる」
陽菜の言葉にその場の全員が興味を示す。
理由と言われても、昔の楽しかった思い出を思い出して軽く死にたくなったとも言えない。
でも心配してくれている友人に嘘をつくのも悪い気がする。
「いや、ちょっと昔のことを思い出して、学校行くのがめんどくさくなったんだよ」
うん、まあ嘘はついていないさ。
「昔のことか……」
健斗が心配そうに呟く。
こいつは俺の昔のこと、朱里のことを知っているから。
「そう言えば智樹って昔のこととか全然話さないよね」
「たしかに、智樹君って昔のことを話さないね」
陽菜と涼香も興味ありそうな反応をする。
そりゃそうだ、俺の中学時代どころか学校自体にまともな中身があったことなんてほとんどないだろう。俺にとって朱里と過ごした日々だけが大切な時間だった、中身のある時間だったのだから。それに、中学の話になったら健斗たちのアツアツ話聞かされて終わるからな。
「昔の俺の話なんて何にも楽しくないよ。ただの根暗ぼっちさ」
俺は笑いながら答えた。実際そうだったし。
「意外だな~。智樹君ならなんだかんだで誰か一緒にいると思ってた」
「あ~、でも確かに智樹、付き合悪いとき結構あるよね。それで浮いてたんじゃない?」
涼香と陽菜はそれぞれ思ったことを口にした。一人、遠慮のかけらもなかった気がしたような……。
「わるかったな、陽菜。付き合い悪くて」
俺は陽菜を半目でにらむ。俺ににらまれた陽菜は顔をそらしてにやついていた。
しかし、陽菜の言うことはもっともだと思う。
あのころから俺は欲をあまり欲しない。心のどこかで、不甲斐無かった自分に罰を与えているとでも思っているのだろうか。
非常にくだらなく、無駄で、自己中心的なことだと思う。
けれど、それを快く受け入れている自分がいるのだ。
だが、これでも立ち直っているほうだと思う。中学の時はひたすら後悔ばかりで、かなりひどかったのだから。いつまでもしつこく気持ち悪いことはわかっている。でも、時たま朱里との最後の会話を思い出し、落ち込んでしまうのだ。そして俺は生きていて、幸せを感じること苦痛を感じてしまうのだ。
死ねば、楽になると思う。だが、楽になってはいけないのだ。
生き続け、罪の意識を持ち続けることがせめてもの、最低限の罰だと思うから。
「さあさあ、ここで話しちゃいなよ!」
「私、気になります!」
なんか色々面倒なことになってきた。
「いや、しないしなんもないよ……」
俺が陽菜たちの対応に困っていると健斗が思い出したかのように話し出した。
「そう言えば!学校の近くに鉄板焼きの店ができたらしいぞ!」
俺に気を使ってくれたのだろう。いい奴だ。
「あ、そうなの?いこ!」
陽菜はあっさり俺への興味をなくし、鉄板焼き屋の話に食いついた。しかし、意外なことに涼香はそう簡単にはあきらめなかった。
「鉄板焼きよりも智樹君の話ですよ!」
「何言ってんだよ……おごっちゃうぞ☆今なら」
そこまでして無理に変えてくるのか。正直、言い方は気持ち悪いが、ありがたい。
「どんだけ行きたいの……」
流石に陽菜も若干引いている。
「おごりなら、行かない手はないな!」
「そうこなくっちゃ!」
俺が乗り、健斗がハイテンションで返答する。
「仕方ないなぁ、そんなに行きたいならいこうか。健斗のおごりで」
「うぅ……、それなら行きますか」
俺の意志が固いとわかったのか、涼香はしぶしぶ健斗の案に乗った。
俺達は支度をして鉄板焼きの店に向かった。
若干、健斗の目には涙が浮かんでいた。
鉄板焼きの店を出て少し歩いたところで健斗と陽菜と別れる。二人は同じ中学で俺と涼香は違う校区だからだ。
俺と涼香も校区は違うけど方向が一緒だから家まで送っている。
ちなみに、店を出た後、健斗に半分お金を出した。俺のために言ってくれたのだ。それぐらいはしておかないと。
二人と別れた後、俺と涼香はお互い無言のまま帰宅していた。
涼香の家まで半分ぐらいのところで、涼香が口を開いた。
「昔、何もなかったんじゃなくて、なにか、悲しいことがあったんでしょ?智樹君」
思わず涼香のほうを目を見開いてみてしまった。
「なんで……そう思うんだ?」
その問いかけに、涼香は悲しそうに笑って答えた。
「やっぱり覚えてないのかぁ……。いや、私も悪いのかな?」
「いったい何のことを……?」
全く心当たりにない。涼香と知り合ったのは高校からのはずだ。
「広瀬町小学校」
聞き覚えのある名前。
「俺の母校……?」
「私の母校でもあるんだけどね」
「え!?」
衝撃の事実だ。
「何回か一緒のクラスにもなったこともあるんだけど……、やっぱり覚えてくれてないんだね」
さっきの表情にも納得がいく。というか、これは俺がひどい。おなじクラスにもなったこともある人のことを完全に忘れているなんて……。
「すまない……。あの時は色々あって……」
学校ではほとんど女子とはかかわっていなかったので、あまり記憶に残っていない。
「てか、中学一緒じゃなかったよな?校区も違うし……」
「うん。だって私、中学上がる時に引っ越したからね」
「そうだったのか……」
「結構有名な話だったけどね」
呆れた風にこちらを見ながら言う。本当に申し訳ない。
「まあ、あんまり話したことなかったし、高校で会った時に覚えてなかったみたいだったから期待はしてなかったけどね」
「本当にごめんなさい……」
何度も言うようだが、非常に申し訳ない……。
「私さ、小学校の時、ずっと気になってたんだ。いや、今もだね」
俺の顔を覗き込むようにして、涼香が問いかけてくる。その可愛い顔がまじかに来て少しどきりとする。
「学校外で、何をしてるのかなって」
「なにって……」
依然、まっすぐ見つめてくる。
「……しってるのか?」
絞り出たのは、そんな言葉だった。
「何も知らないから、気になってるんだし、聞いてるんだよ」
まっすぐ俺の目を見て、言葉をつなげる。
「六年生になってすぐに智樹君は別人みたいに落ち込んでた」
朱里と最後の電話をした後のことだろう。あのころは、特にひどく落ち込んでいた。
「何かとても悲しいことがあったんだろうって。本当は聞きたいって、少しでも力になれたらいいなって思ってたんだけど、聞けそうな雰囲気じゃなかったし、私は全然仲良くもなかったし……」
その声は後半に行くにつれて小さくなっていく。
「どうしてそんな風に思ってくれたんだ?」
力になりたいと、気にかけてくれていると知り、疑問に思ってしまった。
言い方は悪いが、俺と涼香は仲が良かったわけでもない。なのに、なんで……?
「それはっ……どうでもいいでしょ」
涼香は顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに答える。
「そうか?まあ、涼香がそういうならいいけど……」
「で、話してくれるの?」
涼香が話を戻し、返事を催促する。
俺は最初から返す言葉は決まっている。
「悪いが、言わない……。言いたくない」
少し、言ってしまおうかと思った。でも、まだ言うつもりはない。言うにしても、今じゃない。
「そっか……。なら仕方ないね!」
涼香はそう笑いながら言った。
意外にあっさりあきらめて、少し拍子抜けの気分だ。もっとしつこく聞いてくるのだと思っていたから。
「でも、まだってことはいつか話してくれるんだよね?」
「ああ、いつか、必ず話すよ。約束する」
「やった!絶対だよ?」
そう言いながら小指をこちらに差し出して来た。
俺も小指を差し出し、お互い絡める。そして、
「ああ、絶対だ」
そう、言い放った。