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睦月の桜が咲き誇るころ  作者: 白糸雪音
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第二章 三話

 涼香が智樹に告白する。そんな時がいつか来ると思っていた。でも、それがこんなにも早いとは思ってもいなかった。だからなのか、私の頭の中は真っ白になり、体は脱力感にさいなまれていた。

 シナリオ通りに進めてきただけ。でも、その過程で、私は涼香の、朱里の幸せを願っていた。交わることのない、二人の幸せを同時に願ってしまっていた。

 だから私のしてきたことはただ残酷なこと。しようとしていた善はすべて偽善へと変わり、悪へと朽ち果てていく。私の吐いた心からの言葉はすべて虚言へと色あせる。

 その醜悪な変化に私は耐えられなかった。新しくできた親友に嫌われる想像が鮮明に脳裏をよぎり、それが現実になってしまうことが明白だと自分の心臓をたたきつけるのだ。

 交わることのない矛盾を求めてしまった私は残酷な結末を親友にたたきつけてしまった。もっとどうにかできたはずだった、もっとよりよいはずの未来を作れなかった私は、私自身を軽蔑する。

 しかし、もうどうしようのないところまできてしまった。だからなのだろうか、私から出た言葉は力がなく、弱弱しいものだった。

「どうして私が告白したのわかったの?」

 そう涼香が尋ねる。その問いかけに私は無理やり元気を絞り出して答える。

「わかるにきまってるじゃない。急に呼び方変えて、私に相談でしょ?告白したって答えしかないでよ?」

「あはは、確かにその状況だと告白したって思うよね、普通」

 彼女は恥ずかしそうにそう笑う。その姿を見てなぜだか胸が苦しくなってしまう。

 すべてを打ち明けたい。くだらない、醜悪な想いで彼女の恋をけがしてしまった。どうしようもなく最低な私のすべてを打ち明けたい気持ちになる。でも、それは私の自己満足でしかなく、彼女にとって何一つ特にならない最低な行為なのは理解している。だから、私はこのことを言うつもりはないのだ。いや、言えないのだ。

「で、結果はどうだったの?」

 唇をかみしめる。白々しい言葉だ。最低な言葉だ。わかりきっている答えを聞き出すこの行為は、本意ではないが話の流れ的に言わなくてはいけないセリフ。隠すと決めたから言わなくてはいけないセリフ。この最低な行為をしてしまった自分に辟易しながら彼女の眼を見る。

 その表情は曇りなく、若干の恥ずかしさをはらみながら話す。

「いや~、振られちゃった。勢いで言っちゃったのもあるし、仕方なかったかな?」

 仕方なくなんてない。私たちがいなければきっと振られることなんてなかったのだろう。私たちがいなければ智樹は歩みださなかった。過去を見直して未来へ進みだすことはなかったのだろう。今と違う未来に歩みだしていたはずだ。

 それに、朱里のことを知っていればきっと振られるとわかっていたはずの告白なんてしなかっただろう。だから、仕方なくなんてないのだ。

「え、なんで陽菜ちゃん泣いてるの!?」

 そう驚く彼女の声で私ははっと自分の目から涙が流れていることに気が付く。私はあわてて涙をぬぐう。その涙は流してはいけない卑怯者の涙なのだから。

「いや、その、なんか出てきちゃって……」

「なんなの、それ」

 そういって彼女はくすりと笑う。

「やっぱり、優しいね。陽菜ちゃんは」

「私は優しくなんてないっ!!」

 その言葉に感情的に怒鳴ってしまう。私はそんな風に思われていい人間のはずがない。その言葉だけは否定しなければいけない。彼女からのその評価だけは、否定しなければいけない。そうしなければ、私は一生彼女のことをまともに見ることができなくなってしまう。

「……ごめん」

 私はすぐに我に返って謝罪をする。隠さなければいけないと思っていながらとっさに叫んでしまった。

「なんでそんなこと言うの?陽菜ちゃんはいつも私のことを応援してくれてたし考えてくれてた。優しいじゃない」

 彼女は若干うろたえながらも、真剣に私の目を見てそういう。その、私を信じて揺るがないその目が、より一層私の罪悪感でできた傷口をえぐる。その痛みから逃れるためなのか、零れ落ちるように言葉が出てしまう。

「……私は、そんな風に言われるような人間じゃないわ」

「……朱里ちゃんのこと?」

 私が彼女の目から逃れようと目を背け、否定をする。しかし、彼女の口から想像外の言葉が飛び出したことによって一瞬で目を背けれなくなってしまう。

「っ!?なんで朱里のことを……」

「智樹から聞いたの。全部、小さいころの時から全部」

 その悲しげな表情からすべてを知ったことを悟る。なぜ、なぜすべてを知ってしまったのか。知らなければ幸せになれたとは言わない。でも、この悲しく残酷なシナリオの一部を知ってしまい、そしてこれからそのすべてを知ってしまうと考えると、私は絶望に似た感情を抱いてしまう。

 このシナリオを知りながら、ただ傍観していた自分にはこんなことを思う資格すらないことは知っている。しかし、それでも私は彼女には知らずにいてほしかったのだろう。

「やっぱり、私だけ知らなかったんだね」

「それはっ……」

 朱里のことを知ってしまえば涼香が傷つくから?違う。知ろうが知らまいが傷つくものは傷つく。なら、朱里が一番大切で、涼香が朱里のために邪魔になるから?それも違う。朱里も涼香も私にとって大切な親友なのだ。優劣なんてない。

 きっとそれは簡単でシンプルな答えだ。私が傷つくのが怖かったのだ。

 私たちが裏で何を考えて、何をしているのか。それを知られて、軽蔑されるのが怖かった。朱里も涼香も大切だと、その虫のいいどっちつかずな八方美人な醜悪さが露呈してしまうのがどうしようもなく怖かったのだ。だから、私は涼香にすべてを打ち明けることができなかった。ただただ私が見にくく、弱いだけのこと。

 そしてそれを今ここで言ってしまえればいくらかは潔いだろうに、それができないでいる。なんとも情けなく見にくい限りだ。

 そんな自己嫌悪に陥っている私を優しく見つめながら彼女は優しく話す。

「いいの。なんとなく、私だけが違う気はしてたの。三人と私。そんな気はしてた」

 悲しく、優しい。そんな瞳で彼女は続ける。

「でも、それでもいいと思ってた。だって友達なのは変わらないし、みんなもそう思ってくれてると信じてたから」

「友達だって思ってる!……大切な友達だって、親友だって思ってる……」

 彼女のその言葉に私は反射的に叫ぶ。しかし、私にその言葉を言っていい資格がないことが脳裏をよぎり、その言葉はだんだんと弱くなっていく。

 そんな私を見て彼女は嬉しそうに、はかなげに笑うと一転、力ずよく微笑む。

「ありがとう。だから、私はそれでいいの。私は私だから。私らしく恋をするの」

「涼香……」

 そのすがすがしく笑う彼女を見て、私は罪悪感に押しつぶされそうになる。その罪悪感から逃れるかのように、私の口から言葉が流れ落ちる。

「でも、それでも、私は知ってて応援したの。朱里のことを知ってて、応援した。絶対に智樹が振り向かないことを知ってて応援してたの」

 叶わぬ恋を応援した。ただ大切な友達が幸せに笑っている姿を想像して。それが絶対に叶わないものだとしても。私は応援しまった。

 それが、残酷以外の何なのだろうか。最低な行為以外の何なのだろうか。涼香の恋を応援する一方で涼香の恋が叶わないように行動をする。その行為の、私という存在が最低以外の何物でもないことは明らかなのだ。

「そんなの残酷じゃない?ひどいことじゃない?わかってて、いたずらに背中を押して……」

 涙が頬を伝うのがわかった。もう、この涙が何の涙なのかがわからなくなっていく。自分の最低さになのか、涼香への申し訳なさなのか、ただ許してもらうためだけの涙なのか、それ以外の何かのためなのか。私の中の感情がぐちゃぐちゃに混ざっていくのがわかった。

 だからなのか、涙と一緒に、唇も声も震え、視界がどんどんぼやけていく。

「裏では智樹が朱里に会いに行くように手助けをして……。絶対に片方しか報われないのに両方を応援してた!」

 許してくれとは一切思わない。私のしたことは最低なことで、嫌われて、許されなくて当然のことなのだから。だからこそ、私の求めることは許しなどではない。許しなどでは……ないのだ。

「それなのに、なんで……。なんで私を責めないの!?私は優しくなんてない、最低なやつなんだよ!?」

 強く、私はそう叫ぶ。許しなどではなく、裁いてほしいのだ。最低だと罵ってほしいのだ。今の私を否定してほしい。何一つ正しいものなどなく、ただただ最低で醜悪なものだと謗り裁いてほしいのだ。

 それなのに、彼女から出てくる言葉は私の求めるものとは違う。優しく、慈悲深い彼女の微笑は、私とは真逆の純白さを帯びて、向けられる。

「……べつに、最低なんかじゃないよ?」

 あの、真っ白の部屋を思い出す。あの部屋の少女、朱里を思い出す。朱里と同じ、優しく芯の強い笑顔。そんなところに私はひかれたのだろう。そして、彼女とは少し違う、別の強さと優しさを持っていたからこそ、朱里と同じぐらい大切に思う親友となったのだ。

 そのことが分かった時には、ぬぐってもぬぐい切れない涙が、こぼれていた。


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