第二章 一話
朝起きて真っ先に考えたこと、それはただただ気まずいということだ。涼香とは喧嘩別れになどならずお互いを理解して友達のままでいることを選んだのではあるが、やはり決まずい物は気まずい。
俺のほうから頼んだことなのでそのことで俺が接し方が変わるというのは最低なことであることは十分わかっている。だからこそ、最初の挨拶というものは肝心なものなのだ。
そんなことを考えながら俺は重い足取りで通学をしていた。そんな中、後ろから声を掛けられる。
「おはよう!智樹君!」
その可憐な声の持ち主。そう、件の彼女だ。
俺は予想にしてなかった出来事で一瞬心臓がバクりと波打つが、すぐに冷静を装い、返答する。
「お、おう、おはよう!いっつも遅刻ギリギリなのに今日は早いな~」
「まあね、いろいろすっきりしたから今日は目覚めがよかったの」
冗談めかしての返答に少し意地悪そうなかわいい笑顔でそう答える。その顔を見て俺は見とれると同時に強いなとただ感心してしまう。
「俺正直さ、朝涼香に会うのが怖かったんだよなー」
「すっぱり振ったから?」
つい漏らしてしまった発言に切れ味よく返答してくる。彼女の顔はいい笑顔をしており、やっぱり強いなと感心すると同時に、容赦ないと笑ってしまう。
「吹っ切れて若干毒舌になったな……」
優しくなくなったというよりはきっとより距離が近くなったんだろう。いい意味で。
「まあそうだよ。でもなんか安心した」
「安心?」
俺の素直な感想に意味が分からなそうにかわいく首をかしげる。それを見て少しおかしくてにこっとしながら空を見上げる、
「うん。簡単に関係の壊れるような友達じゃなくて」
「なにそれ?そんなのあたりまえだよ」
当たり前の顔でそう返してくれる涼香に俺はさらにうれしくなってしまう。失うことに憶病になっていた俺にとって、そういう風に言ってくれる彼女は本当に最高の友達なんだということを再認識させられる。
「涼香はそんな風に思ってないってわかってるよ。俺の問題だよ」
「朱里さんのこと?」
少し、言葉が出るのが遅くなってしまう。
「……それも少しは関係あるのかもしれない。けど、根本は違う気がする」
「どういうこと?」
「結局は、俺自身が弱くなっていたんだよ」
ここ最近で嫌というほど気づかされたこと。
「弱く……?」
「逃げ癖っていうのかな?負け癖?ってやつ。俺はきっと失ったことにおびえすぎてもう失いたくないって思い続けてたんだ。だから、今でも若干怖い」
「いつまでたっても別に智樹君のこと嫌いになんてならないよ。だからさ―」
まっすぐ前を見つめる。しかし、その目には過去の光景しか映らない。勝手に流れてくる。そんなのれに、彼女は満面の笑みで今に引き戻してくる。
「いつかは私に振り向いてくれてもいいんだよ?」
「それは、できなやつだなぁ……」
「うん、知ってる」
俺がなんて返答するかを知っていたように笑顔でそう答える。そんな彼女を見て俺は自分が恵まれているということを改めて自覚する。
きっとこんなにもいい友達と巡り合うことはないのだと。どうしようのない自分にとって最高の幸せなのだということと同時に、彼女にとってはどうしようのない不幸なのだということに。
あ、っと思い出したかのように涼香は声を上げると俺のほうをばっと向く。
「そういえば私智樹君に一つお願いがしたかったのを忘れてたよ」
「お願い?無理なのじゃなければいいけど」
俺がそういうと彼女は深く息をしてから話始める。
「その……、智樹君のことをこれからは智樹って言ってもいい?」
「へ?いいけど……」
想像外の言葉に俺は少しあっけにとられてしまう。
そんな俺をよそに彼女は堰が切れたかのようにしゃべり始める。どうやら緊張していたのか恥ずかしかったのか頬が若干赤い。
「いや、だってね?皆智樹君のことを智樹って呼び捨てにして呼んでるし、私だけ距離あるなって思っててね?あとあと、私って昨日振られたばっかりだし、そのまま振られておしまいっていうのも悲しいからさ、その振られた特典的な物があったら振られた私も少しは振られたかいがあったのかなって思うしさ?あ、別に何かを求めて告白したわけじゃないよ?私は私で告白してすっきりしたし、むしろそのせいで智樹君に迷惑かけたなって思ってるし、その点でいえば私は完全に悪いと思ってるし図々しいなっとも思ってるんだけど、やっぱり乙女心的には何か好きな人からもらえるものがあればなって思って……。でもでも智樹君が嫌じゃなかったらで全然いいから……」
そういって怒涛にしゃべる彼女を見て吹き出してしまった。その姿を見て彼女はより一層顔を赤らめて髪で顔を隠そうとする。
「いいよ、呼び捨てで。俺もずっとそうしてもらいたかったし」
「へ?なんで?」
彼女は意外そうな顔をして隠していた顔を若干のぞかせる。
「だって、俺たち親友だろ?親友ならやっぱり呼び捨てがしっくりくるよ」
「振った相手にかっこつけるのはずるいと思うよ、智樹」
半目でじろっと見ながら彼女はそういう。確かにと思ってしまい俺は苦笑いをする。
「でも、ありがとう。私、智樹のことが好きでよかった」
その笑顔に俺は思わず見とれてしまう。そしてそれと同時に俺はこの笑顔に答えてやれないことに対して申し訳ないと思ってしまう。
きっと、俺でなければ、彼女の恋はかなっていたのだろう。こんなにもかわいく、優しく、愛らしい女性はそういないのだから。
俺は真っ白の病室を思い浮かべながら、学校に向かう道を歩いていく。
教室に入って私は自分の席に座る。そして内心ほっとして胸をなでおろす。その理由は明白で、朝から昨日振られたばっかりの相手、智樹君にあったからだ。昨日のことが自分の頭の中でぐるぐると回り続け、結局一睡もできずに朝になってしまった。一人で家にいても何にもならないから少し早く学校に行こうとしたら出会ってしまったのだ。
いつも通りに話しかけることができたし、なんだかんだで智樹君もいつも通り接してくれてたことに私は自分の考えすぎを少し呪ってしまう。夜更かしは乙女の大敵だというのに。
だがしかし、少しは心が晴れた。智樹君も気にしてくれていたからだ。
わかっていた、彼に私じゃない好きな人がいることは。そして、そのことで彼が悩み苦しんでいることが。それなのに、私は彼に踏み込みすぎた。それでまた彼を傷つけてしまうことになるだろうに。
そんな私に彼は優しくしてくれる。悩み、気遣ってくれる。そんな彼のやさしさに私は嬉しさと悲しみと若干の怒りを覚えてしまう。
「もうちょっとぐらい、優しくしてくれてもいいのに……それに」
あってすぐに昨日の話をするのはデリカシーがないのではないのかと思ってしまう。そんな彼を好きになってしまった私だから文句は言えないのだが、一晩中悩み続けた私に対しての二言目がそれは少し優しくないような気がしてしまう。
それでも、彼のやさしさがところどころにじみ出てしまっているところに起こり切れない自分がいるのだ。だが、それ以外にもあるのだ。
「ちょっとぐらいときめいてよね……ばか」
最後の嫌味で言った振り向いてって発言。それに少しも動揺したり照れたりしたりせずに返答されたのは少し傷ついてしまう。智樹君が悪くないのだが、こうなんというか、乙女の意地というやつだ。
私がため息をついていると前から声を掛けられる。
「おはよー、涼香!朝からどしたの?」
陽菜ちゃんが不思議そうにこちらを見ていた。私はあわてて表情を隠し、挨拶する。
「おはよー、陽菜ちゃん!なんでも―」
ない、といいかけたところで止める。彼女には話しておいていい気がする。私のことを応援してくれていたわけだし、それに、智樹君のことについても、もしかしたら知っているかもしれないから。
「今日の放課後相談したいことがあるんだけど、いいかな?」
「相談?恋の相談的な奴?」
少しうれしそうに彼女はそう答える。私は神妙な顔をして返す。
「そう、恋の相談」
「まっかせなさい!」
「ふふ、頼りになるね」
自分の胸をどんとたたいて彼女は自信満々にそう答える。そんな彼女を見て私はおかしくなって笑ってしまう。
昨日何があったとか関係なく、世界は回っていて、今日は来る。そんな日常は変わらずに来るわけで、一晩中考えて変わっていったように感じていた自分はバカらしかったのだと思う。結局のところ、自分が思っている以上に自分に起きたことは些細なことで、でも自分にとっては大きなこと。
そんな些細で大きなことは友達との話題にちょうど良く、ちょっと泣いて、笑い飛ばせばいいことなのだ。




