第一章 十六話
入試休みが終わり、俺は学校に来ていた。昨日まで脚本の直しなどをしていて眠っておらず、ぎりぎりの登校になってしまった。
「おはよう、智樹。今日は遅かったな」
「ああ、脚本書くのに手間取ってな、寝不足だよ……」
俺は健斗に返事を返すとあくびを一つする。すると、健斗の後ろから声が飛んでくる。
「で?脚本はどれくらい進んだの?終わった?」
陽菜が冗談めかして言ってくる。きっとそんなに早く終わっていないと思っているのだろう。だがしかし、もう終わっている。
俺は彼らの前に脚本を書いた紙の束を放り投げる。
「ふっ……もう終わったぜ」
「へぇー、早いな」
「そうね、早いわね」
「反応薄くない!?もっとすごいとか言ってくれてもよくない!?」
あまりの反応の薄さにこっちがびっくりしてしまう。
「はいはい、中身見てからいってやるよ」
「そうね。いくら書くのが早くても中身がゴミクズ以下のものだと意味がないからね」
「ねえねえ、あんまりじゃない?そのいいかた……」
二人の言っていることはもっともだと思うがあまりにもひどい気がする。
落ち込んでいる俺をしり目に二人は俺の書いた脚本を読み始める。二人とも黙々と読んでいるようなので余程のゴミクズ以下の駄作ではないようだ。
二人が全部読み終わって、脚本を整えると、二人は息を小さく吐いて各々感想をいう。
「いいんじゃないか?面白かったよ。こんな風に解決するか……」
「ああ、ありがとうな……」
彼の声には少し感慨深さのようなものが混じっていた。屋上でのこともあり、当然のことながら、想うことがあるのだろう。
俺の選べなかった選択、俺がほしかった未来。それを脚本という形で映し出したもの。俺をそこへ導くのに手助けしてくれたのだ。その結末を、選択を知るのは当然のことだ。
それに俺自身、俺のした選択を知ってもらいたいと思っていたのだ。もう、間違いはしないのだと、心配を拭うためにも。
俺が少し照れくさくなり頬を掻いていると、意外な言葉がかけられる。
「いい……すごくいいと思うよ、智樹」
「……」
少し涙ぐむ彼女の顔を見てしまうと、唖然としてしまう。
そんな俺の態度を見て不満に思ったのか、すぐに表情は不機嫌なものに変わってしまう。
「何よ、素直にほめたのに何なの?その阿保面!」
「おお……、それだよ。その悪態こそが陽菜だよ。急に素直になるから少し……いや、だいぶ気持ち悪かったぞ」
「もう絶対に素直にはならないわ、アンタの前では」
ごみを見る目に変わった。しかし、いつも通りの彼女に戻ったということでもある。それもそれで悲しいことではあるが、まあ、この場合はよしとしよう。
「そんじゃまぁ、この脚本はこれでいいわけな?」
「まあ、俺たちがいいって言っても、最後に決めるのは佐久子さんだぜ?」
「そうよ、私達のはあくまで感想の一つよ」
「わかってますよ。んじゃ、渡してくるわ」
佐久子さんのクラスと俺たちのクラスとはかなり離れている。この学校では8クラスあり、1から4クラスは本校舎、残りは別館普通科教棟に分かれている。
これは全学年共通で、文理選択によって分かれる二年からは理系が本校舎、文系が別館となっており、そのせいか一年の俺達も同じように分かれているのだ。
その為、俺が佐久子さんのクラスに行こうと廊下を走っていると、涼香が登校してくるのが見えた。
実は涼香はシッカリしているように見えて朝にかなり弱い。なので登校はいつもぎりぎりの時間になっている。今日は寝癖がしっかりとついている。
「おう、おはよう涼香。ちょうどよかったわ」
「あ、おはよう~、智樹君。どうしたの?」
「いや、脚本ができたからさ、佐久子さんに渡す前に感想をもらおうかなって」
「もう脚本できたんだ!すごいね!!」
さっきはしてもらえなかった反応をしてもらえ、俺は無言で拳を握りしめ、嬉しさに打ちひしがれていた。
そんな様子を変におもって、涼香が少し驚いている。
「?どうしたの?」
「いや、そういう素直な反応をもらうとうれしいなって……」
「??」
なおさら訳が分からないといった様子だ。それは仕方ないことだ。
「まあ、それは置いといてさ!見てくれ!!」
「うん、わかったよ。時間無いから、昼休みまでに見ておくよ」
そう涼香が言った瞬間にチャイムが鳴る。俺はすぐに感想がもらいたかったのですこしがっかりしてしまう。しかし、感想をもらえることには変わらないので、気を取り直す。
「おう!」
俺たちはそう言って自分たちの教室へと足を運ぶのであった。
智樹のいなくなった教室で、俺は陽菜と智樹の脚本について話していた。
「まさか、話し合ってすぐにあんな風に飲み込んで書いてくるとわなぁ……」
「ふふ、少し驚いた?」
覗き込むようにして笑う陽菜をみて、俺は一本取られたといった表情をして笑う。
「当然だろ?あいつのことだから、もっと悩んで考えて、まわりまわってひねり出すと思ってたよ」
「そう?智樹って意外に素直なバカだとおもうの。だから、今まで悩んで、考えて、まわりまわってあんな風になってたんでしょ?」
流石は元恋する乙女というべきか、智樹のことをよく見ているなと思う。俺の知らない、気づいていないところは陽菜が見ているのだと、俺は実感させられる。
それは、結局のところ俺一人では彼女との約束は果たせないということでもあるのだ。これは俺の勝手なわがままだが、陽菜には彼女との約束にはかかわってほしくはなかったのだ。
最初はそんな気持はなかった。だが、一緒にいる時間が増え、お互いの想いを話し合ううちに俺達は互いにひかれあっていたのだ。
俺は薄情なのか、彼女への想いよりも陽菜への想いのほうが強くなり、俺に残った彼女への気持ちはただ願いをかなえてやりたい、約束を守りたいって気持ちだけになった。
でも、陽菜は違った。俺への想いと、智樹への想いが入り混じって、訳が分からなくなっているように見えたのだ。陽菜は俺のように薄情にはなれなかった。
陽菜は自分では気づいていないようだが、今でも智樹のことを想っている。口に出さなくったってわかってしまうのだ。必死に押し殺したって、蓋をしてしまったって、漏れ出てしまうものはある。昔の表情と全く同じ表情をするのだから。
俺への想いは嘘偽りのないものなのだろう。ただ、その想いと同じように、まだ昔からの想いが残っているだけなのだ。
だから、いつしか俺は陽菜をもうこの約束にはかかわらせたくないと思うようになってしまった。でも、やっぱりそうはいかないみたいだ。始まりのメンツは、最後まで変わることは許されないのだろう。
「確かに……そうだな。考える時期はもう終わったってことか……」
「そうね、今からは行動する時期だもの」
しみじみと、瞳には映らない今と昔の像を見ながら感傷に浸る。今までの想いと、これからの想い。それを全部乗せて、届けてくれる智樹をおもって……。
「私達、約束ちゃんと守れてるのかな……」
「それはわかんねぇよ……」
そういうと陽菜が今にも泣きそうな顔でこっちを見てくる。俺はそんな顔がなんだか昔の引っ込み思案でおとなしかった陽菜のことを思い出して、笑ってしまう。
「そんな顔で見るなよ」
なんだか妙に照れ臭くなってしまい、顔を背けながら続ける。
「結局のところ、約束が守れてるか守れてないかを決めるのは智樹次第だ」
そう、俺たちがいくら何を思って、何をやったとしても、結局は蚊帳の外なのだ。ただ、その蚊帳の外でも、俺たちが近いところにいるってだけのことなのだ。
「俺たちが決めれることじゃないんだ。最後に、あいつに決めてもらわないといけないだろ?」
「そうだったね……。最後に二人が笑いあう、それがゴールだから」
「ああ、俺達はやれることはやったし、これからもそうするつもりだ」
「結局私達は、いつまでも脇役ってことね」
そう言う陽菜の声は少し震えていていた。陽菜が悲しく思うのはよくわかる。今でもまだ好きだと思っているのだろう。昔から恋い焦がれているのに、これほど想い、行動しているのに、結局は蚊帳の外でしかないのだから。
「いいじゃねぇか、脇役。どんな舞台でも、脇役がなかったらできないだろ?主役はあの二人。俺たちは脇役。わかりやすくていいね」
「そうね……」
「それに、俺にとっては、お前はヒロインさ」
「そうね」
陽菜の声は、少しだけ、さっきとはほんの少しだけだが、明るかった。