第一章 十三話
涼香と別れた後、私は帰り道にある公園のベンチに腰掛けていた。健斗を待っているのだ。
今日の智樹と健斗の会話は、十中八九、朱里のことだろう。彼らは二人とも彼女に恋をし、少なからず傷ついた者同士。穏やかには終わらないだろう。
これで、智樹は前に進めるのだろう。いや、進んでもらわなくては困る。それが、私と彼の願いなのだから。
私は健斗を待っている間、物思いにふけることにした。いや、否応にも思いださせられるのだ。昔のことを。
私は朱里とのことを思い出す。智樹の忘れているだけのことを。
私と朱里はいとこだ。別の学校に通っているが、家が比較的近くにあったおかげか、月に一回はあっていた。だからこそ、彼女が病にかかったと聞いた時は驚いた。
彼女のお見舞いに行こうとしたが、最初のうちはクラスメイトがいてなかなかいくことができなかったし、少ししても、ずっと男の子がいて近づくことができなかった。私は今と違って当時は人見知りが激しく、そのことを知っている朱里とはメールでやり取りをしていた。
そのメールの内容はいつも病室にいる男の子の話ばかりで、私は次第にその男の子に興味を持つようになった。
そんなある日、私は意を決して朱里のお見舞いに行くことにした。この時のことは今でも覚えている。とても緊張した。それほど、当時の自分にはとてもハードルの高いことだったのだ。
私が病室に入るとそこには信じられない光景があった。同じ学校の笹瀬君がいたのだ。しかも、学校ではめったに笑わないのに、とびっきりの笑顔で笑っていた。私は勇気を振り絞り、挨拶をしてその輪に入っていた。朱里のフォローもあってか私はすぐに二人の少年と仲良くなり、お見舞いの時によく話すようになった。
話していて、よくわかる。智樹君は、朱里のことが好き。そして、朱里は智樹君のことが好き。
だが、残念なことに、笹瀬君は朱里のことが好きなようだ。そして、私は……。
話しているうちに智樹君のことが好きになってしまっていたのだ。決して割り込めない二人。その片割れを好きになってしまった私達。それでも、私達は話しているだけで、一緒にいるだけで幸せだったのだ。
だから、私達は約束したのだ。告白はしない、二人の邪魔はしない。二人が幸せになるようにしようと。
しかし、私は図々しかった。次第に私はただ話しているだけ、一緒にいるだけでは満足できなくなってきた。もっと、その先がほしくなってしまったのだ。だから、私は約束を守るため、笹瀬君に頼んでお見舞いに行く頻度を自然に落とし、二人の前に姿を見せなくしたのだった。
そして時が流れ、朱里が東京の病院に移った。
その時に私は何を思ってか智樹君に会いに行こうとしたのだ。朱里がいなくなって、私は下心が芽生えたというわけではない。ただ、心配で彼を見に行った。予想は悪い方に的中する。久しぶりに見た彼の表情は私の知っているものとは大きく違っていたのだ。
とても話しかけられるものではない。私が話しかけても、何もない。求められなどしていない。そう、容易にわかってしまう。私は、彼に声をかけることなく、帰った。
変化は、智樹君だけではなかった。笹瀬君にも起きていた。
彼は朱里たちと話すようになり、以前よりもだいぶ明るくなっていた。しかし、朱里がいなくなってから以前の彼に戻ったように感じられた。そして、以前より私と話す時間が多くなった。それは彼から求めてくるのもあるし、私から求めるからでもある。
彼と話していると、今はもうないあの頃のことが近くに感じられるような気がするから、そして、忘れないようにするために。
それはきっと彼もいっしょなのだろう。だから、私達はどんどん一緒にいる時間が増え、話す時間が増え、付き合うようになったのだ。お互いの空いた心の隙間を埋めるために。傷をなめあうために。
そんなことを思い出していると、私は急に怖くなるのだ。私は健斗と付き合ううちに本当に彼のことが好きになり、改めて告白し、付き合うことになった。その時に、彼は自分も一緒だといってくれた。しかし、それもまた嘘の物なのではないのかと思えてくるのだ。
彼を疑っているのではない。自分自身を疑っているのだ。蓋をするために無理やり心に蓋をして、そんなことを言い出したのではないのかと考えるのだ。
そうすると、私は彼に、健斗に無性に会いたくなる。あって、この気持ちが、あの頃の気持ちが嘘でないと証明したくなるのだ。
そして、彼もまた、私と同じなのだと思う。だから、彼に会いたい。どうせ悲しい顔をして帰るのだろうから。一緒にいてあげたいと思ってしまうのだ。
だから、私はここで健斗を待っているのだ。
しばらく待っていると、健斗が公園の前を通った。私はあくまで冷静に、この気持ちを悟られないように声をかける。
「遅かったね、健斗」
こちらを向いた彼の顔は想像通り、悲しい顔をしている。
「先に帰ってたんじゃないのか?」
「うん、涼香と別れるまでね」
私は彼の質問に淡々と答える。
「俺が恋しくなったのか?」
私は素直に答えることにした。そのほうが、早いと思ったから。そして、そのほうが今はいいと思ったから。
「そうだね、健斗達が、朱里のことで話してたから、恋しくなったのかも」
私の言葉を聞いて、彼は悲しそうに微笑んだ。