─第6話 嵐の前に─
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通りすがりの村人に事情を説明したところ、快く三人を出迎えてくれた。そのうえ、宿屋に部屋も用意してあるという。折角なので厚意に甘えることにし、波止場に船を停めたあと、三人はあらためて村を訪れる。
「ようこそ、我が村へ。豪華なもてなしは出来ませぬが、どうぞゆっくりくつろいでくだされ」
「ありがとう」
老人に通されたのは、ベッドが人数分置かれているだけのとてもシンプルな部屋。壁の木材から漂う香りが心を癒す。
「うーん、久しぶりの地面に木々!落ち着くわ...」
揺れることのないベッドを噛み締めるように、ヴィオラは寝転がっている。
「私、ちょっとお散歩に行ってきてもいい?」
「いいわね、アタシも行くわ!」
「うん!一緒に行こ!」
リベラはポシェットを肩から下げ、準備万端と言わんばかりに待機している。ヴィオラも飛び起き、身支度を始めた。
「サフィラスはどうする?」
「...うん、私も同行しよう」
「うん!」
青年は帽子を深く被り、三人は村の散策に出掛けた。
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雲行きが怪しいのにも関わらず、外はとても賑わっていた。市場を覗くと、海の幸は勿論のこと、山の幸もふんだんに取り揃えてある。
「いらっしゃい、いらっしゃーい!新鮮な食材が安く買えるよーっと!」
「すごい、見たことないものがいっぱい!」
色とりどりで瑞々しい食材たちを、リベラは目を輝かせながらひとつひとつ眺める。
「お?嬢ちゃん見ない顔だな。もしかして、今日ウチの村に来たってのはあんたたちのことか?」
「ええ、そうよ。海が落ち着くまでご厄介になるわ」
「なるほどな。そいつは歓迎しなきゃあならねえ。と、言うわけで心ばかりのもてなしだ!」
そう言うと、店主は拳程の大きさの果実を3つ紙袋に詰め、青年に差し出した。
「これは?」
「その名も“ソール”。食べるとまるでお天道様になったみたいに、身体が温まるって代物よ。今気温が下がってきてるだろ?それでも食って夜に備えてくんな」
生で食うのが一番だぞ!と店主は補足する。
「ありがとう。頂いてばかりでは申し訳ない。ついでに他の食材もここで調達させてもらおう」
「そいつはありがてえ!」
「リベラちゃんは、どれが気になるかしら?」
「うーんと...」
端から端まで視線を動かす。
「じゃあ、これとこれ。あとこれがいいな」
野菜と果物、あとは不思議な匂いを放つ食品を選んだ。
「まいど!合わせて銅貨3枚だ」
「銅貨は持っていないから、これでいいかい?」
「えっ!?ちょっ、サフィラスちゃ───」
ヴィオラの制止も虚しく、青年は金貨を一枚店主に手渡す。
「なっ───!き、金貨!?お、お前さん正気か!?」
「すまない、足りなかっただろうか」
生憎これしか手持ちがない、と青年は言う。手を顔に当てているヴィオラとは反対に、店主は鼻息荒く金貨を握りしめた。
「まさか!釣りを返せねぇくらいだ!」
「なら、それで精算ということで頼むよ」
「おう!ありがとよ!」
店主は上機嫌で金貨を懐にしまい、ニコニコしながら三人を見送った。
「あのおじさん、どうしてあんなに驚いてたんだろ?」
「何故だろうね」
二人して首を傾げ、顔を見合わせる。その光景に、ヴィオラは苦笑いをした。
「...えっと、ツッコミがアタシしかいないみたいだから説明するわ。金貨はね、銅貨の100倍の価値があるの」
「そうなの?」
「ええ。金貨なんて、持ち歩く人はまずいないわ。大抵の人は銅貨、もしくは銀貨なのよ」
「知らなかった...」
「私もだ。あの時リベラに金貨5枚渡していたけれど、道理で狙われた訳だ」
納得したように、青年は頷く。
「それは格好の獲物ね...。とにかく、これからは迂闊に金貨を見せるのはやめたほうがいいわ。特に、幼いリベラちゃんに持たせるなんて言語道断!」
ビシッと指を指し、ヴィオラは青年に念を押す。
「そうだね。残りの金貨は私で管理することにするよ」
「そうね。価値も分かってくれたみたいだし、そうしてくれたら嬉しいわ」
かたや幽閉されていたお姫様、かたや現世から離れた世界で暮らしていた幻の魂晶師。───これは、自分がしっかりせねば。そう静かに心に決めたヴィオラだった。