─第1話 雪に融ける─
『リベラさん、とても素敵なイヤーマフを有難うございます。私、寒いのが苦手で···早速使わせて頂きますね』
『む、俺にもくれるのか?···ふむ、頭部は何より護らねばならぬ重要箇所だ。感謝するぞ、リベラ』
そう言って、二人は笑ってくれた。···けど、何処かぎこちなくて。皆が行った村で、何があったんだろう。聞いてみても、『ただの仕事』だったと教えてくれなくて。···何だか一人、置いてかれてるみたい。───私って、やっぱり足手まといなのかな。
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会話が乏しいのは、口が悴むからだろうか。足取りが重いのは、雪に阻まれているからだろうか。五人いるのにも関わらず、耳に入るのは新雪を踏む音のみで。次第に仲間の目線も落ちていく。
「う〜···この辺りは降雪地域っていうのは知ってたけど、こうも寒いとツラいわ···。鼻がもげちゃいそうよ」
すると、沈黙に耐えかねたヴィオラが大袈裟に息を吐いた。それに追随して、フレイアも白い息を零す。
「···次の目的地まで、あとどのくらいなのでしょうか」
「概ね五日掛かる計算だ。道中に洞窟でもあれば良いのだが···」
アルディは気難しい顔で地図と向き合う。
「サフィラスは何か分かったりする?」
「···術を使えば、ある程度の範囲なら把握可能だよ」
肩を僅かに震わせているリベラに、サフィラスは柔らかい声色で答える。
「止めておきましょう。自力で対処出来るものですから」
「その脚で?」
「それは───」
非情に指摘をするサフィラスに、フレイアは言葉を詰まらせる。その直後、アルディが突如単身駆け出した。
「───俺が先行して周囲の様子を見てくる」
「待って、アタシも着いて行くわ!皆は此処で待ってて頂戴?」
ヴィオラは手網をサフィラスに渡すと、雪道に突進するアルディを追いかけていった。
「行っちゃった···」
「何処まで探索するつもりなんだろうね。···一先ず三十分程待機して、戻らなければこちらも動こう」
「うん。···っ、くしゅっ!」
「リベラさん、宜しければこちらを羽織って下さい」
フレイアが自身の掛けていた毛布をリベラの背中に回そうとすると、少女はにこやかに抱きついた。
「じゃあ、一緒に入ろう?」
「··· 有難うございます」
「あの大樹の根元に行こう。まだ時間も掛かるだろうし、暖の用意をするよ」
馬車も覆ってしまうくらいに大きく枝を伸ばした樹の根元へと歩み、辺りを茂みで囲う。折り畳み式の机にランタンを乗せ、火を灯すと次第に暖かな空気が漂い始めた。
「わあ、あったかい···」
「燃料はヴァイドに潤沢に貰ったからね。効率的且つ惜しみなく使おう」
「このランタンも?」
「そうだよ。あの夫婦の作品の一つらしい。一見ごく普通のランタンに見えるけれど、こういった事も可能にしてくれる」
するとサフィラスは、ランタンと同じ色のミルクパンを袋から取り出した。茶葉のエキスとミルクを注いでその傍らに置くと、間もなくふつふつと耳障りの良い音が聞こえ始めた。
「ランタンと同じ素材で作られた器具なら、隣接させるだけで温めることが出来るみたいだよ。一度に多種多様の調理も容易いと、チルアが話していたね」
「ふふっ、チルアらしいな」
「私達が居ない間に、随分と親しくしていたみたいだね。···彼女は善い人だったかい?」
「うん。美味しいお料理を作ってくれたり、相談に乗ってくれたりしたんだ。初めて会ったとは思えないくらい、仲良くできたよ」
屈託のない笑みを浮かべるリベラに、サフィラスは目を伏せる。
「···それは何より。さて、冷めないうちに渡しておくね」
「ありがとう。···わあ、とってもいい匂い!」
「フレイアも飲むかい?」
リベラにマグを渡し、続けてフレイアの分も注ぐが、彼女はどこか遠くを見ていて返事がない。
「···フレイア?」
「───っ、申し訳ありません!少々考え事をしていました」
フレイアは慌てて受け取ろうとするが、手を滑らせマグは地面へと静かに落ちた。すかさず雪に沈んだマグへと手を向けるが、それをサフィラスは制止する。
「あ···」
「私が拾うよ。それより、怪我はないかい?」
フレイアは頷くと、暫く目を伏せる。そして徐ろに口を開いた。
「···サフィラス様に、お聞きしたいことがあるのですが」
「何かな?」
「鉱山で遭遇した者についてです。既にお聞きのことかと存じますが、私からも直接確認させて下さい。───“彼”は本当に、サフィラス様の親類縁者ではないのですか?」
「···私の口からは話せない。断定したくない、と言うべきかな」
静かに首を横に振るサフィラスに、フレイアは眉を顰める。
「···どういう意味ですか?」
「それは───」
「三人とも、ここに居たのね!朗報よ、朗報!少し歩いた先に、とっても綺麗な洞窟があったの!」
空気が静まり返った直後、草木を掻き分けて吉報の声を上げるヴィオラが現れた。続け様にアルディも姿を見せ、興奮した様子で報告を始める。
「内部を軽く視察したが、猛獣や崩落の危険性も無さそうだった。それどころか───いや、実際に見た方が早い。付いて来てくれ」
「分かった、直ぐに準備するよ」
サフィラスは頷くと手際良くマグやランタンを片付け、荷物を荷台に纏める。そして出発の刹那、彼はフレイアの耳元でそっと声を漏らした。
「···ごめんね」
その憂いを帯びた表情に、フレイアはただその言葉を飲み込む他なかった。




