─第13話 水面下の波紋─
───久しぶりに、夢を視た。サフィラスに出逢った日の夜に視た、断片の続きを。
『お母さんはどこ?』
『貴様が知る必要はない』
鉄格子の先に、上質な衣に身を包んだ男が佇んでいる。男は品定めをするように子供を凝視し、やがて口角を上げた。
『───母親が成せなかった場合の保険にはなるかもしれぬな』
錠を解き、手足の枷も外して男は強引に子供の腕を引き上げる。
『⋯嫌だ!離して!』
『抵抗すれば、母親の生命は無いと思え』
『⋯この、人でなし!』
『フッ。人在らざる貴様に言われるとはな』
『な───』
目を見開く子供の姿が檻の外へ消えたところで、刹那の邂逅は終わりを告げた。
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カーテンを開け、身支度を済ませて階段を下りていく。その先のドアの向こうには、鼻歌を歌いながら窯の中の料理を取り出すチルアの姿があった。リベラの足音に振り向くと、笑顔で少女を出迎える。
「リベラちゃん、おはようございます〜!昨夜はよく眠れましたか?」
「おはよう。⋯少し嫌な夢を見ちゃったけど、ベッドが暖かくてすっかり寝坊しちゃった」
「ふむふむ?良ければお話を聞かせて欲しいのです」
食器を一式テーブルに揃え、二人は着席する。すると、リベラのポケットからネーヴェが顔を見せた。
「あらあら!可愛らしい子なのです!」
「ネーヴェっていう名前なの。サフィラスが私に預けてくれたんだ」
「いいですねぇ⋯毛並みもふわふわでお目目も輝いていて、とっても大切にされてるのが分かります!」
ネーヴェはリベラの身体を伝いテーブルの上にのぼると、ヒゲをひゅんひゅんと動かす。
「そっか、ご飯今日はまだあげてないんだった」
「ネーヴェさんはこの木の実とかは食べられます?」
「うん」
リベラは、赤い小さな木の実と野菜を少しちぎって、ネーヴェの目の前に置く。すると鼻を近づけた後、両手で器用に持って食べ始めた。
「んん〜!可愛らしい⋯!癒されますねぇ」
チルアが両手を頬にあて悶えていると、リベラからは笑声が洩れた。
「ふふっ、良かったら撫でてあげて?この子、触れられるのが好きみたいだから」
「良いのです?」
「うん!」
「では、失礼して⋯」
ゆっくりと両手で包むように持ち上げ、親指で優しく背中を撫でる。すると暫くしてネーヴェは大きく欠伸をひとつすると、やがて瞼を閉じた。
「はわわ⋯ど、どうしましょう」
「えっとね、このハンカチに寝かせてあげて」
リベラは自身のポケットから純白のハンカチを取り出すと、軽く形を整える。
「⋯ふう、これで良しなのです」
ネーヴェを手放したチルアは安堵の表情を浮かべ、リベラに微笑みかける。そして小声で礼を述べた。
『リベラちゃん。貴重な経験、ありがとうなのです!』
『うん!どういたしまして』
料理を温めなおして、二人は静かに食事を再開する。後に食器を片付けていると、ベルの鳴る音がした。
「あら?帰ってきたかもしれないのです!私が迎えに行くので、リベラちゃんはここで待っていてください〜」
チルアがすぐさま玄関へ向かうと、そこにはサフィラス達が大きな荷物を抱えていた。
「⋯戻ったぞ」
「おかえりなさい、なのです!それにしても、随分といっぱい荷物がありますねぇ」
チルアは棚から鍵を手に取り、奥の部屋へとサフィラス達を誘導する。
「聞いてよチルアちゃん!ヴァイドったら、一人につき30kgも持たせて使いっ走りにしたのよ?もうアタシ腕パンパンだわ⋯」
ヴィオラは荷物を置くと、両腕を弱々しく擦る。
「お陰で良い運動になったよ」
「細身な割には力持ちよねぇ」
顔色ひとつ変えないサフィラスに対して、彼は不思議そうに見つめる。
「ヴィオラの方が意外だったよ」
「アタシはこれでも元騎士なのよ〜?あれくらいは持てるわ」
「⋯お前ら、立ち話は止めてさっさとコートを脱いでこい」
駄べる二人にヴァイドは横槍を入れ、二階に上がる様促す。サフィラス達が階段を上がった後、今まで傍に居たチルアが耳打ちをする。
『あの、フレイアさんとアルディさんは?』
「⋯村で負傷してな。連れの娘は何処にいる?」
ヴァイドの言葉にチルアの表情が僅かに陰るが、声色を変えずに答える。
『リビングなのです』
「⋯そうか」
ヴァイドは一言だけ言葉にすると、再び外へと赴いた。




