─第12話 芽生の心─
眠ってしまった男の腕を自身の肩にまわし、獣道を掻き分けながら歩を進める。
『⋯私は何故、手を差し伸べたのだろう』
術を行使する度、己の生命を削られる感覚が強まっているというのに。
『見ず知らずの人間を救うだなんて、過去の私が聞いたらどう思うかな』
霞む視界とは裏腹に、気分は晴れやかで。サフィラスは夜空を煌めく星を見上げる。
『⋯私も、徐々に成長しているということかな』
村の入り口が見えたところで、男を樹の根元に横たわらせる。
「ここから先、どう未来を切り拓くかは貴方次第だ。⋯家族と再び逢えることを祈っているよ」
最後にサフィラスは、自身の指先にそっと針を刺し、零れた血を地面へと振り撒く。
「───」
立ち去る救世主に男は無音の声を送り、虚空へと手を伸ばした。
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「⋯そういえば、彼らは今どこに居るんだろうか」
無事に引き返してきたは良いものの、肝心の居場所が分からずサフィラスは立ち止まる。
「ん?そうか、もしかすると───」
懐から一枚の紙切れを取り出し、あらためて目を通す。そこには先程訪れた村への道案内の他に、下部に小さく地図が記されていた。
「成程、まだ足を踏み入れていない区画か」
人通りが疎らな道を、ひとり歩く。点々と置かれた街灯を頼りに足を進めると、周囲の建物より一際立派な岩造りの門へと辿り着いた。黒色の表札には、ヴァイドの名が記されている。
「鍵は暗証ダイアル式か。えーと、44991⋯」
紙に書かれた数字の通り、錠と繋がったダイアルを順に指でなぞる。最後の数字に触れた瞬間、小さな音を立て門が解錠された。そのまま内部へと足を踏み入れ、ドアをノックする。すると、間もなく忙しない足音と共にドアが開いた。
「おかえりなさい、無事だったのね!」
ナイトキャップを被ったヴィオラは、安堵の表情で出迎える。が、すぐさま神妙な面持ちでサフィラスの手を引く。
「ごめんなさいね。急ぎ確認したいことがあるの」
「何かあったのかい?」
「ええ。詳しくはお部屋でするわ」
状況把握できないまま、通路を歩き部屋に引き込まれる。その先には、椅子にもたれ掛かりながら宝石を磨くヴァイドの姿があった。
「⋯来たか」
サフィラスを視界に捉えると、手に持っていた一式を机の上に置き、彼に着席する様仕向ける。
「フレイアとアルディは、まだ鉱山地区にいるのかな?」
「順を追って説明する。⋯先ずはいい加減その防具を外せ」
「ん?ああ、すまない。中々快適だったものでね」
身に付けていた防具やコートを脱ぎ、サフィラスは再度ヴァイドに向き直る。
「⋯単刀直入に聞くぞ。お前に兄弟はいないのか?」
「いないよ。それがどうかしたのかい?」
「⋯そうか」
「ね?言った通りでしょ?」
首を傾げるサフィラスに、ヴィオラが補足する。
「───あのね。鉱山に、サフィラスちゃんに良く似た人が現れたらしいの」
「具体的には?」
「白銀の髪と、尖った耳。瞳は紅かったそうよ」
「でね。二人はそれ以上何も言わなかったんだけど⋯もしかしたら、その人もサフィラスちゃんの様に魔法を使えるのかもしれないわ」
「⋯これも所謂“勘”なんだがな。アイツらの衣類の焦げ付き具合や態度に違和感があった。概ね、決定打となる言葉は言いたくなかったんだろう。⋯姿を模倣した普通の人間では、魔法は使えないからな」
立ち上がるサフィラスに、ヴァイドは厳しい目を向ける。
「止めておけ。相手の素性が分からない以上、深追いするのは危険だ」
「けれど───」
「仲間が更に傷を負うことになるぞ。⋯それでも行くというのなら止めはしないが」
「⋯その言葉は卑怯だよ」
目を伏せるサフィラスに、ヴィオラはマグカップを横から差し出す。
「サフィラスちゃん、今日はもう休んだ方がいいわ。⋯顔色、良くないわよ?」
「⋯そうだね。少し横になってくるよ」
白湯と共に、胸の底から湧き上がる感情を流し込む。───複雑怪奇なヒトの心を、自身の内に感じた気がした。




