─第10話 運命と改変─
黄昏時。鳥たちは森へ帰り、花々は頭を垂れる。空は煌めき、風は冷気を纏い微睡みを促す。だが一方で、彼が尋ねた村は死に満ちていた。
「此処がラナケー村⋯さながら荒廃した墓場だ」
有刺鉄線を潜った先に広がっていた光景は、とても人の住めるものではなかった。カビの生えた木片を無造作に積み上げて作られた小屋。道はぬかるみ、所々に水溜まりがある。
『⋯防具を着けているとはいえ、長居は難しいな』
周囲を見渡し、人影を探す。すると、小屋の裏で何かが動いているのを捉えた。サフィラスは忍び寄り、対象の背後に回る。
「───こんな所にうずくまって、何をしているんだい?」
「ひいっ!?」
サフィラスに震える人物。それは数時間前、ディエム村で突然倒れ連れ出されていった男だった。
「や、やめてくれ!殺さないでくれ!」
男は尻もちをついたまま後退りする。その顔は恐怖で歪んでいた。
「安心して。貴方を手に掛けるつもりは無いよ」
「ほ、本当か?」
「うん。寧ろその反対だから、どうか落ち着いて」
彼の言葉に困惑するも、男は息を整える。
「反対って⋯どういう意味だ?まさか、俺をここから出してくれるっていうのか?だが俺は見ての通り───げほっ、この有様なんだぞ?」
男は震える指先を持ち上げる。サフィラスがその手をとろうとするが、虚しく空を掠めた。彼は暫し沈黙すると、男の腰の帯を掴みゆっくりと立たせた。
「可能な限り手は尽くすよ。さあ、行こう」
「ああ⋯ありがてぇ。あんたが来てくれなきゃ、家族を飢え死にさせちまうところだった」
男は覚束無い脚を引き摺りながら、ぽつぽつと語り始める。
「俺、鉱山には出稼ぎに来てたんだ。育ち盛りの娘に、産まれたばっかの息子。それと嫁さんの四人家族でな。食い扶持を得るために、寝る間も惜しんで仕事に明け暮れた。そしたらよ、段々と身体がおかしくなってさ。遂には道のど真ん中でぶっ倒れちまった」
「作業中に防具は着けなかったのかい?」
「その金すら惜しかった。自分の身を守るのに必要だとは分かっていたが⋯慢心しちまったんだよ。“俺はそんなのが無くても平気だ”ってな」
あんたが着けてるソレ、3ヶ月丸々働いた価値があるんだぞ?と男は苦笑する。
「肌が赤黒く変色してきたあたりで、俺は帰宅することを止めた。⋯それ以降、手紙がひっきりなしに届いたよ。“パパ、いつ帰る?”とか“早く一緒に遊びたいよ”とかな」
男の声は次第に震え始める。
「⋯皮肉なもんだよな。鉱山の石を掘り返してるのは俺たちなのに、手にすることが叶わないなんてさ。⋯商人共ときたら、俺らの体調なんてお構い無しに働かせるんだ!俺らだって人間だ!家族だっているんだ⋯!」
怒声を吐く男の脚に力が入る。サフィラスは男を支える手を離し、有刺鉄線の前に立った。
「───世の中は、どうしてこうも不条理なんだろうね。外見、出自、性別⋯生まれながらにして、その人生はおよそ決まってしまう。それが“運命”だなんて、人々は気軽に言って免罪符にするけれど」
サフィラスは携えていた剣を構える。
「───本当は皆、一歩足を踏み出すのが怖いんだ。失敗を恐れ、責任を逃れ、保身に走る。⋯現状が嫌で仕方ないのに、見通せない未来に賭けることが不安なんだ」
一閃、有刺鉄線が霧散した。サフィラスは左手に持つ剣を鞘に納めると、男の方を向く。
「さて。私は貴方の病を治すことも、ここから連れ出すことも可能だ。⋯けれど、同じ過ちを繰り返せばもう次は無い。だから教えて欲しい。───貴方は修正された運命の先に、何を見出すのかを」
硝子越しの紫瞳が、一人の答えを問い掛けた。




