─第4話 薄氷のまじない─
それは皆が寝静まっている時間。サフィラスは徐に窓辺へと歩き、そっとカーテンを捲る。外は一面の銀世界へと変わっていた。蕾を閉じ、寒さをじっと耐え忍ぶ花。大樹らは時折葉から雪を零し、根元に山を創る。
『...懐かしいな』
朽ち果てた故郷。喪われた同族。肉親からの抱擁は朧記憶でしかなく。“自身を形成したもの”は、何一つとして遺っていない。受け継いだ容姿は疎まれ、人智を超えた術は人々を狂わせる。
『身勝手、か』
リベラは「外の世界を見ることができて嬉しい」と言っていたけれど。実際は、苦しめ悲しませる出来事ばかりで。
『...あの子は大人びている。故に、他人の機嫌を窺うばかりで自身の感情を押し殺している。同年代の子なら、きっと何度も感情を剥き出しにして泣き喚くだろう。体調だって崩すに違いない。いずれにせよ、ここまで着いてくるのは不可能だ』
ここに来てようやく笑顔を見られたものの。この先本当に、何があっても彼女の心身を護ることが可能なのか?
『リベラだけではない。ヴィオラも、アルディもフレイアも』
“再び全てを喪ってしまったら”。
『───っ、駄目だ。思考が止まらなくなる』
不意に心が揺らぎ、サフィラスはカーテンを掴む力を強める。
「サフィラス様...?いかがされましたか」
「ああ、ごめんね。起こしてしまったかな」
ニコッ、と柄にもなく笑みを浮かべて見せた。そして「眩しかったかな」、と謝りカーテンから手を離す。
「いえ、お気になさらず。私も丁度、目が覚めたところなので」
フレイアは音を立てずにベッドから起き上がると、サフィラスの隣に立ちカーテンを二人分だけ捲る。
「...雪、綺麗ですね」
顔を合わせることもなく、ただ窓越しの景色を眺める。徐々に煌めき始める世界は眩しくて、彼は耐えかね目を背ける。その先で、フレイアの視線とぶつかった。何故か視線を逸らすことができず、暫し見つめてしまう。すると彼女の瞳が僅かに揺らいだ。
「目、閉じて下さい」
「フレ───」
背伸びをして首にまわされた両腕。塞がれた唇から、伝わる熱と零れる僅かな吐息。行き場のないサフィラスの両手が、空中で硬直する。聞こえてくる鼓動は、早鐘を打ち彼女の顔を紅潮させる。そうして世界が止まったかと錯覚した数秒後、ゆっくりと身体から熱が離れた。
「おまじないです。...では、おやすみなさい。あと小一時間程ですが」
フレイアは一礼すると、何事もなかったかのように再びベッドに横になる。取り残された青年は、仄かに熱い口元に手を当て佇んでいた。




