─第4話 掟─
「...長々とごめんなさいね。聞いてて疲れちゃったでしょ?」
「平気さ。むしろ、話してくれて嬉しいよ」
「...ふむ、成長したな」
ヴィオラの様子に、アルディは感嘆する。
「そうかしら?」
「ああ。貴様は昔から、皆には一線を引いていたからな」
「ふふっ、そこは“女心と秋の空”よ!今日はそういう気分なの」
ウィンクをするヴィオラに、理解不能だとアルディは眉間にしわを寄せた。
「───盛り上がっているところすまない。来客のようだよ」
サフィラスは扉に目をやる。すると音も立てずに、陰から女が現れた。剣を携えており、敵意を持っているのが素人にも分かる。
「キャー!?な、何!?」
「敵襲か!?」
「おや?キミは以前宿屋で奇襲を仕掛けてきた...」
橙色の瞳に、特徴のある結った茜色の髪。その持ち主は、怒りを静かに滾らせていた。
「フン、あの時は世話になったな。だが、今の私は一筋縄ではいかぬぞ!」
「む、よく見れば彼奴は指名手配犯ではないか!放ってはおけん、俺も加勢する!」
アルディは背負っていた大剣を振り上げ、地面を蹴りあげ切りかかる。
「邪魔をするな!」
「ぬおっ!」
しかし女はそれを容易く剣で弾き飛ばす。そして、真っ直ぐにサフィラスを睨みつけた。
「キミの目的は何だい?あの時とは違って、仲間は居ないようだけれど」
「そんなの、決まっている。───雪辱を果たす為だ!!」
言い切るが早いか、一閃がサフィラスの鼻先をかすめる。
「わっ、とと。急に剣を振るったら危ないじゃないか」
「避けるな!剣を構えろ!私の相手をしろ!」
「そう言われても...」
「くそっ、私など相手にする価値もないと言うのか!ならば、これでも喰ら───、うわっ!?」
足元が疎かになっていた女は、部屋に散らばっていたぬいぐるみに躓く。サフィラスは咄嗟に手を伸ばして女を受け止めた。
「おっと、大丈夫かい?」
「...」
「怪我はなさそうだね。けど、これでもう懲りただろう?」
なだめるように、サフィラスは優しい声色で言う。
「───ったな」
「ん?」
「私の、純潔を奪ったな!」
しかしそれに反して、女は更に激昂した様子だった。予想外の答えに、彼は思わず絶句する。
「とぼけるな!今私の肌に触れているだろう!」
「ああ、ごめんね」
女の身体を支えていた手を離す。顔を合わせると、肩を震わせながら目に涙を浮かべていた。
「片方だけならまだしも、両方とも掟を破ってしまうとは...。なんという不覚...!」
「掟?」
サフィラスの問いに、女は拳を握りしめ暫し沈黙する。そして大きく深呼吸をすると、静かに語り始めた。
「...そうです。私の産まれた村には、ある掟があります。ひとつ、“男に打ち負かされてはいけない”。ふたつ、“男に触れられてはならない”。そして、万が一双方を破る男が現れたら」
その場にいた全員が固唾を呑む。
「...その者を生涯の伴侶としなさい」
大人達が動揺する中、リベラはきょとんとしていた。
「はんりょ、ってなに?」
「要するにお嫁さんだね」
「お嫁さん...」
サフィラスの説明に、リベラはただ言葉を反芻する。
「そういえば、昔何かの本で読んだわ。掟を護り続ける女性の戦闘民族がいるって。それが、アナタなのかしら?」
ヴィオラの問いに、女は目を伏せて頷く。
「我々には理解し難いが、彼女らにとって“掟破り”は神に背く行為に等しいそうだ。サフィラス、といったな。ここは責任を取るのが筋ではないだろうか」
眉間にしわを寄せながら、アルディは言う。
「うーん、私は確かに伴侶と呼べる存在はいない。けれど、彼女と私では生きる歳月があまりに違うからね」
「...?どういうことですか?」
「そうだね、とても長生きということさ。天珠を全うした仲間はいないけれど。だから───」
「それでも構いません!私が息絶えるまで、傍に居させて下さい!」
両の手をとり懇願する女に、サフィラスは困惑した表情を浮かべている。
「何だか大変な事になっちゃったわね...。あら?どうしたのリベラちゃん」
「...ううん、なんでもない!」
その様子を見てモヤモヤするこの気持ちは何なのだろう。幼い少女には、まだ分からなかった。




