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ベンチの距離と、星の距離と、

作者: うみたか

「おーい、みやっち。ちゃんと聞いてる?」

「んー? 聞いてる、聞いてる」


 弁当箱からミニトマトをつまみ上げながら、答える。


「じゃあ私がなんて言ったか、言ってみ?」

「宮野くんマジイケメン付き合ってくださいって」

「んなこと言ってねーわいスカポンタン」


 ぽかっと肩を叩かれた。でも彼女の力は弱くて、全然痛くも痒くもない。


「まったく、人が真面目に恋愛ソーダンしてるっていうのに」

「どこが真面目なんだよ。途中から駅前のケーキ屋さんのモンブランの話にシフトしてたじゃねーかよ」

「なんだ、ちゃんと話聞いてるじゃん」

「だからそう言ったろ?」

「なら真面目に質問に答えなさい」


 星中は、胸を張ってまるで生徒を叱る教師の真似でもしているかのように言った。

 まあ、「お前って張るほどの胸ないよな」と言った瞬間無言で右ストレートが飛んできたが、これも力がなく遅いのでヒョイとよけられる。


「避けないでよ!」

「避けるわ。何回でも避けてみせるわ。お前のパンチなんてな」

「ムキー! もう星中さん起こっちゃったもんね! 激おこ星中丸だもんね!」


 そう言って星中は、今どき漫画の中でもやらないであろう腕グルグルパンチを繰り出してきた。三度言うが力が全くこもっていない。ポコスカと僕の右肩ににゃんこパンチが、壊れたピッチングマシンのようにグルグルと落下してくるだけである。

 全く痛くはないけれど、弁当が食べづらいな。僕右利きだし。


 漫画でよくあるグルグルパンチは、額に手を添えてグッと突き放せば簡単に止められる(はずだ)が、一応星中も女子だしやめておいた。彼女でもない女子の顔に手を触れるのは紳士的ではないという理由の裏に、気恥しさが隠れているのは否定しない。いや誰も聞いてきてはいないのだけれど。


 そもそも、右ストレートもとい右スローボールだろうとにゃんこグルグルパンチであろうと、同級生の女子の体が僕の体に触れているというのは事実だ。僕もお年頃だし、さすがに意識してしまう。おててが柔らかいとか、顔がなんか近いとか。

 いや、むしろしない奴の方がおかしいか。しないやつがいたらきっとそいつは、エロ本を手に入れたのに、見るだけ見ておいて事は済ませない。そんな仏みたいなやつだろう。性徴を弄るのはお手軽なのに、いざ実物が迫ってくるとドギマギする。エロ本はすらすら見れるのに、目の前で水着のポロリが起きたらきっと僕は目を覆うだろう。


 ちなみに星中は本当に胸がない。ここ重要。


「ちょっと、弁当食べづらいんだけど」

「ならば食べるな! 発言を撤回するまで食べるな! 私はこれでもAカップあるんだよ!」

「それ誇るようなことじゃないと思うよ……」


 男だって、お相撲さんくらいならAカップあるし。女子って、やたらと胸の大きさにプライド持ってるよな。

 まあでも、そろそろ弁当を食べたいし、星中も腕を回しすぎて疲れてきているようなので、僕が折れることにした。何となく、テンションも上がらないし。


「分かった、分かった。前言撤回。星中さんの胸はAカップでまな板ではありません」

「うむ。それでよ……いのかな? 私今、少し馬鹿にされたよね?」

「ノーノー。ミヤノ、タニン、悪口イワナイ」

「今さっき言ったばっかりだけどね。まあいいよ。許したげる」


 そう言って星中は、腕の回転を止めた。肩を上下させて、はーはー言ってる。割と体力を消耗したようだ。

 星中はラジオ体操の深呼吸のように大きく身体を反らすように伸ばしてから(やっぱりゼロカップ)、僕の座るベンチの隣に座った。

 僕は右端、星中は左端。中途半端な距離感だ。腕一本分も離れていないのに、だいぶ遠くに座っているようにも感じる。でも、意識はしてしまう。


「で、なんの話だっけ?」


 その距離感が少しムズ痒くて、そう切り出した。


「恋愛相談だよ。恋愛そーだん」


 星中はムスッとした顔で言った。


「昨日、彼氏とデートに行ったのに、なんかねー、んっと、なんて言えばいいかなー」

「つまらなかった?」

「いやいや、楽しかったよ。一緒に駅前のケーキ屋さん行ったり、商店街彷徨いたり、プリクラ撮ったり。あ、写真みる?」

「いやいいよ」


 と答えたものの、少し見てみたい気もした。いやしなかったかも。見てよって頼まれたら見てたかな?


「でさ、昨日は日曜じゃん? だから夜まで遊んでから帰ったんだけど。帰ってからさ、なんだかなーって感じなんだよね」

「なんだかなーって、なんだかなー?」

「さあね。私にも分からない。だんだかなー?」


 星中が首を傾げる。黒のポニーテールが合わせてさらさらと流れる。

 いや、そう言われても。


「漠然としすぎて、話がよく分からないんだけど。僕に話したかったのは、彼氏とデートしたっていう惚気話とモンブランのこと?」

「違う違う。あとモンブランは重要じゃないから、忘れてもらっていいから。私が言いたいのは、その、なんだかーってやつが、何なんだろうなって」

「やっぱり日本語おかしい」

「んー、日本語ムズカシイ」

「お前文系だろしっかりしろよ」


 そして僕は理系だから。だからなんだよ。

 まあ、星中が何を言わんとしているのかは大体分かった。分かったのだけれど、なぜだろう。僕もモヤッとしている。

 まあ、彼女いない歴=年齢の僕が他人の惚気話を聞かされたから、と言えばそれまでだけれど、それ以上のなにか、ガムのように粘っこい何かが喉元あたりに詰まっているような。気持ちの悪い感覚だ。

 なんだかなー。

 だから特に深く考えず、徒然なるままに答える。


「あれだろきっと。お前らいつも同じようなデート繰り返してるだろ」

「え? そんなこない……ことも、ないかも?」

「だろ? きっといつも駅前行ったり、モンブラン食ったり、商店街してんだろ?」

「うーん。そう言われれば、そうかも。前のデートも、駅前の服屋で買い物だったし」

「それだよ。いつも同じデートばっかしてるから、きっとマンネリになってるんだよ」

「おー、なるほど。そう言われればそうかも」


 まあ、ただの童貞の稚拙な推測だが。


「だから、たまには別の場所とかに出かけたら? 例えば遊園地とか、海とか、あとは……」


 あとは。

 そこで、言葉が詰まった。

 星中が彼氏と楽しそうにお出かけしているのを想像して、それから喉に何かが詰まったように、言葉が止まった。

 そしてついでに、なんかイライラする。


「んー。じゃあ、次は遊園地にでも誘ってみようかな。丁度今週って祝日あるし」

「ん? ああ。そうだな。行ってこれば」

「うん。じゃあそうしてみよっかな」


 星中とバスに揺られて、星中とジェットコースターに乗って、星中とコーヒーカップではしゃいで……考えれば考えるほど、モヤモヤとイライラが増していく。喉の裏に海苔が張り付いたような、歯に挟まった物が取れないような。とにかく、ストレスが溜まっていく。


 その原因を、僕は知っている気がする。

 そして多分、星中は知らない。

 僕こんな気持ちになっていることを。そもそも僕が、なんでそんな気持ちになってるのかも。


 本当に、なんだかな。

 やっぱり17歳童貞には難しいっすわ。それに彼氏持ちとか、どんだけ無茶なラブコメだよ。むしろ昼ドラだわ。

 自然とため息がもれる。


「どうしたのみやっち。今日元気ないじゃん」

「んー。ちょっと悩み事」


 お前のせいでな。


「へえ、柄にもないね」

「うるさいほっとけ」

「私で良ければ相談に乗るよ。ほら、話してみ」

「いや、いいよ。遠慮しとく」

「えー、水臭いなあ。私とみやっちの仲でしょ」


 星中がずいっと顔を近づけてくる。それに合わせて、僕の顔もずいっと避ける。

 ほら。そういう態度とるからいけないんだよ。少しは彼氏持ちの自覚しろよ。


「だからいいって言ってるだろ。お前に話してもどうにもならない事なんだよ」

「ふーん。どんなこと?」

「ありふれた男子高校生の悩みだよ」

「それって恋愛とか? エッチなこと?」

「女子が気軽にエッチとか言うな。ビッチだと思われるぞ」

「ビッチって。私まだ処……ヴァージンだし! キスもしてないし!」

「へえ、キスもしてなかったのお前ら。意外だな」

「いいでしょ別に! みやっちには関係ないもん! もう知らない!」


 ふんっと、星中は拗ねたようにして、いちごミルクのストローに口を付ける。なんだか独り言をぶつぶついっているが、概ね静かになった。

 僕も食べかけの弁当に戻る。甘ったるい卵焼きのせいで、口の中がきゅっとしまった。


 ああ、世の中もこんなに甘くないかなあ。なんて、心の中で空にぼやいてみる。空はいつにもまして青色で、そこにモヤをかけるように雲がちりじりに漂っている。

 僕も雲のように行ったり来たりで、掴みどころのないものを追いかけているような気がした。それこそ、星のように遠い何かを、掴もうとするように。


 右端と左端。ベンチの端と端。手を伸ばしたら届きそうで、一歩よれば触れる距離。

 そんな短い距離が、僕には空に浮かぶ星と同じくらい遠く感じた。


 漂う雲に手を伸ばしてみたら、キーンコーンと鐘が鳴った。昼休みももう終わりだ。

 僕より先に、星中が立ち上がった。ゆっくりと校舎に向かって歩いていく。その後ろ姿に見とれつつも、何となく寂しさを感じた。

 不意に、少しだけ星中が振り向いた気がした。


「みやっち」

「ん?」

「また明日ね」

「……おう。また明日、ここで」

「うん」


 星中の背中が、校舎の影に吸い込まれて見えなくなった。でも星中の背中が目に焼き付いて、残像がまだそこに立っている気がした。


「……また明日ねえ」


 だから僕は、きっと彼女に希望をもってしまっているんだろう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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