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屋上デート

作者: 下月 晃

 僕は死のうと思った。理由は何だろう、特に深い理由は無いのかもしれない。

 死ぬ方法をアレコレ考えた。首吊り、睡眠薬の過剰摂取、毒薬、一酸化炭素中毒死。考えた結果高い所からの飛び降りに決めた。そう決心し、街中の飛び降りに最適なビルを探し歩いた。とても具合の良さそうなビルを見つけ早速屋上へと向かった。

 ビルの屋上に出ると先客がいた。

飛び降り防止の手すりの向こうに女の子。

「何、アンタも死ぬの?」

 ビルの縁に立って両手を広げていた彼女は、見向きもせず言った。僕は手すりを越え隣に立って、「そうです。」と答えた。

 隣にいる彼女を見た。彼女はとても若く、またその横顔は綺麗だった。目をつぶって風を浴び、どこか満足した様だった。

「やめた。」

彼女は言い、縁から降り手すりを越えてドアへと向かう。

気分じゃないなぁと楽しげに言いながら去っていった。僕もそれを見て気が削がれて、別の日にしようと思った。

 それから、僕が死のうとビルの屋上へ登るたび彼女と鉢合わせた。

「また来たの?」

「はい。」

「さっさと飛び降りればいいのに。」

「そうですね。でも、そのお言葉そのままお返しします。」

「そうだよね〜。」

 彼女は、朗らかに笑いながらそんな気もなさそうに縁に座ってぷらぷらと足を投げ出していた。

 毎回そんな事の繰り返しだった。僕が目当てをつけたビルの屋上に彼女がいる。合うが特にこれと言った会話は無い。彼女がどこの誰だかはわからないし、死ぬ理由さえ知らない。彼女も僕をどこの誰だかはわからないし、死ぬ理由を知らない。それらの事は、自殺しようとしている僕らにとってはどうでも良い事だった。ただ、ビルの縁に座って風景や眼下の過ぎ行く人達や車列の群れをひとしきり眺めていた。

 その日も僕は、自殺しようと思いビルの屋上へ出た。案の定そこには彼女もいた。

 ただ少し、いつもと様子が違う気がした。特に気にもせず僕は、彼女の隣に腰かけた。

 普段より沈黙が続いた。かと言って話す事はない。ただただ、僕も彼女もぼんやりと座って風景を眺めているだけ。

彼女は一点を見つめて、不意に立ち上がったかと思うと僕を見て少し微笑んだ。

「もう行くね。」

 帰るのだと思った。ドアに向かって歩き出すものだと。正面に向き直った彼女は体を前に傾けはじめた。ぼんやり僕は、あぁ飛び降りるのかと納得した。そうだよな、毎回死ぬために屋上に来てるのだからと妙に冴えた頭で考えていた。止めようとは露ほども思わなかった。しかし、僕の手は彼女の腕を掴み彼女を引き戻していた。

「何してんの?」

「何がです?」

「飛び降りるところだったんだけど。」

「でしょうね、見てましたから。」

「邪魔しないでよ。」

「ごめんなさい。」

 彼女の顔は、困惑とも怒りとも取れる表情で僕を見据えていた。多分、僕の顔にも何とも言えない表情があったのだろう。

 お互いに見つめ合ったまま何を言ったら良いかわからずにいた。掴んだままの彼女の腕から、微かに震えを感じた。何も言えずとりあえず手を離した。

「やめた。」

「えっ?」

 見つめたままの状態から向き直り、再び腰を下ろし寝っ転がって彼女は何処か吹っ切れた様に言った。

「やっぱり、今日も気分じゃないなぁ。」

 そう言ったのが何故だかおかしくて、笑いが込み上げてきた。

「ははは!」

 僕も寝転がり笑った。

そんな僕を見て、彼女もつられて笑い出した。

 たっぷり笑った。二人で笑いあった。

さっきの彼女は本気だった。それを僕は止めてしまった。彼女はもう二度死ぬ気にはならないのかもしれない。僕もそうかもしれない。だけど、それでもきっと僕らはまたビルの屋上に来るのだろう。どちらかが飛び降りるまで。


 笑い声は空にこだまして消えていった。この笑い声がビルの下にいる人達や車列の群れにも届けばいいと思った。

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