勝敗はマスクの色では決まらない
「やっべー、寝坊した!!」
少年は慌てたようにベッドから飛び起き、その勢いのまま制服に着替えて部屋を飛び出した。
「こら、星太、中学の初日から寝坊するなんて駄目じゃない。せっかく何回も起こしたのに」
「うっせー、ばばあ。じゃ、もう行くから!」
「こら!朝ごはん食べてきなさい。......全くもう」
星太は母親の言葉を無視し、玄関に向かう。靴を履き、家を出ようと扉に手をかけた時、星太は手を止めて、振り返った。
「まずい。まずい。これを忘れちゃ駄目だわな」
星太は玄関の脇に置いてある白いマスクを乱暴にひったくって、顔に装着した。
「にひひ~。これで俺も今日から白マスクだ!」
鏡で自分の顔を確認し、星太は勢いよく家を飛び出した。
これは、ちょっぴりやんちゃな男の子である星太の成長物語である。
◇
「星太君すごいな~。白マスク付けてきたんだ」
「おう。俺も今日から中学生だからな。メガネ君は着けてこなかったのかよ?」
「僕なんかがマスクをつけるなんておこがましくてそんなことできないよ~」
星太は小学校からの友達であるメガネ君と合流し、今日から通うことになる聖中学に向かって歩いていた。
「なんでだよ。メガネ君だって着けたいって言ってたじゃん」
「うん。そりゃあ、着けたいけどさ。でも、僕なんかが着けたら馬鹿にされるかなって。だから、白マスクを堂々と着けてきた星太君は本当にかっこいいよ」
メガネ君が星太のことをキラキラとした眼差しで見つめる。
「そんなことねーよ。マスクなんて着けたい時に着けたい人が自由に着けていいもんだろ?」
「そうかもしれないけど、大丈夫かな?」
「大丈夫。大丈夫。明日から着けてこようぜ」
「じゃあ、僕も明日からマスク着けてこようかな」
「おう。何だったら黒マスク着けてくれば?」
「黒マスク!?それは流石にやりすぎだよ」
「そんなことないと思うけどな?」
星太達が仲良くマスク談義をしていると、二人の前に同じ制服を着た三人の大柄な男達が立ちふさがった。
「おい。なんだか黒マスクって言葉が聞こえたんだが、まさか、お前ら、生意気にも黒マスクを着ける気じゃねーだろーなー?」
立ちふさがった男達の真ん中に立っていた男が、黒いマスクを顎に下げながら話しかけてきた。
「ひ!?」
メガネ君が怯えて星太の後ろに隠れる。
星太はそんなメガネ君を守るためにも、また、白マスクに恥じぬ行いをするためにも、突然立ちふさがった男達をひるむことなく睨み返した。
「あ?俺達がどんなマスクを着けようがお前達には関係ないだろうが。入学式に送れちまうからそこをどけよ」
星太の言葉に黒マスクの男のこめかみがピクリと反応した。男はバッと腕を上げた。すると、男の後ろに立っていた、これまた大柄な男達が一歩前に進みでた。彼らは二人とも白いマスクを装着していた。
「おい。お前、誰を相手にしてるかわかってるのか?」
「あの、聖中学の二年生にして、唯一黒マスクを着けることを許された、あの、橘さんだぞ?」
男達は星太に向かって、威圧的に語りかける。
「あ?しらねーよ。だからどうしたってんだよ」
星太はそんな二人に対して、いらいらした様子で答える。
すると、とんとんと背中を叩く感触がし、星太が振り返ってみると、メガネ君が青ざめた表情をしてこちらを見つめていた。
「どうしたんだよ」
「星太君、まずいよ。橘さんはまずい。去年、一年にしてその時の聖中最強の男に挑み、負けはしたもののその力を認められて一年にして唯一黒マスクを着けることを許された、エリート中のエリートだよ」
「聖中最強って、あの?」
「うん、この地域で唯一オリジナルマスクを着けることが許された一輝さんだよ」
ここで初めて星太は対峙している相手の強大さを認識したのだった。
元々黒マスクを着けている時点で相当の実力者だということは認識していたものの、中学生になりたてということもあり、いまいちピンと来ていなかった。しかし、一輝の力を星太は痛いほど理解していた。その一輝に認められたということを聞いて初めて、目の前に対峙するこの男が自分以上の格上であるということを理解したのだった。
「はん。だからどうしたってんだよ。俺の前に立ちふさがるならば、誰であろうと容赦はしねー」
しかし、相手の力を理解したからと言って星太は止まれない。相手が強いからいいなりになる。そんな半端な覚悟でマスクを着けたわけではなかったのだ。
「は。泣いて謝れば許してやろうと思ったが、もうゆるさね―。俺は最初からお前が白マスクを着けてることが気に食わなかったんだからよ―」
「お前が気に食わないからどうするってんだ。お前に俺が倒せるのか?あ?」
「黒マスクが白マスクに敵うと思ってるのか?身の程を知れ!」
「黒マスクがそんなに偉いってのかよ!」
白マスクの男二人をかき分けて、星太と橘がお互いににらみ合う。
「ぼこぼこにしてやる」
「やれるもんならやってみろ!」
星太の生意気な言葉を合図に、二人の戦いは始まった。
しかし、白マスクと黒マスク。それは例えるならば月とすっぽん。天と地ほどの実力差が存在する。そんな二人の戦いは、戦いになろうはずもなく、星太はなすすべもなく、橘の拳によって吹き飛ばされてしまうのであった。
「ぐは~っ!!!!」
「星太君!!!」
「白マスクをつけたばかりのガキがいきがるんじゃねー」
メガネ君が地面に倒れ込んだ星太の元まで駆け寄った。そして、その体に触れると......
「あ、熱い!!」
星太の体は熱く燃えており、メガネ君はたまらずその手を星太の体から離してしまった。
「星太君、体が......燃えてるみたいに熱くなってるよ!」
「ふっ......メガネ君。大丈夫だ。俺はまだ負けてない。体とは正反対に、俺の頭はもの凄く冷めてクールになっている。戦いはここからだ」
「星太君!」
「あいつに、マスクの色で勝敗が決まるわけじゃない。胸に湧きおこる情熱の熱さが勝敗を決めるってことを教えてやる」
星太は傷ついた体で立ち上がる。
「ほう。俺の攻撃を受けて立ち上がるとは、少しはやるじゃ――――」
橘がしゃべりかけた時、シュンシュンと、空を裂く二つの音が響く。そして、ばさりと、橘のとりまきであった白マスクの男達が地面に倒れ伏した。
「―――な、何!?」
「おしゃべりしてる暇はあるのかい?次はお前の顎に当ててやるよ」
橘は驚愕した。
白マスクとはいえ、実力は黒マスクに匹敵するであろう仲間達が一瞬で倒されたことに。そして、その二人を倒した星太の動きが全く見えなかったことに。
「ふっ、さっきまでとはまるで別人のようだ」
「男ってのはどんな時でも成長を続けている」
「男子三日会わざれば刮目してみよ、という言葉があるが、どうやらお前はそれ以上に成長しているようだな。俺も本気を出さざるを得ないようだ。ふんっ!!!」
橘が体に力を入れると、上半身の制服が破け散った。
「ようやく本気のようだな。さっきまでとは威圧感が全く違う」
「こうなっちまったら俺も手加減はできないぜ。覚悟しろよ」
再び星太と橘はぶつかり合った。
先ほどは星太がなすすべもなく吹き飛ばされてしまったが、今度は全く互角の攻防が続く。
「はっ。まさか黒マスクってのがこんなに強いとはな!」
「お前も白マスクのくせになかなかやるじゃねーか」
お互いの意地と意地のぶつかり合いは続く。
「全くの互角......いや、最初のダメージの分、星太君が押され始めている!?」
メガネ君の言うように、徐々に押され始めてしまう星太。
「ぐはっ~!!」
橘の攻撃を受け体勢がよろけるも、星太はなんとか耐えきる。
「はっ。どうせなら万全のお前と戦いたかったぜ。これで終いだ!」
これで決めてるやるという気合いをこめ、橘は体全体を大きく振りかぶった。
「まだ、負けてね―!!俺の全てをお前にぶつける!」
星太も最後の一撃に向けて力を蓄える。
「な......なんてことだ。お互いがここで決めるつもりの全力の一撃を放とうとしている。ここまで高まったお互いの力がぶつかり合ったらただじゃあ済まない。下手したらお互いが消滅してしまうんじゃないか?星太君駄目だ。君はここで死んだらいけない人だ......」
「メガネ君、男には引けない時というのがあるんだ。ここでこの人の一撃を避けたりしたら、俺は一生困難に立ち向かえない気がする。命をかけるのは今なんだ!」
メガネ君の制止を振り切り、星太は直も力を溜める。
「ふっ。かっこいいじゃねーか」
「先輩も思っていたよりずっと熱い男でしたよ」
「星太か......名前だけは覚えといてやるよ!うおおおおお!!!!」
「先輩......勝つのは俺だぁああああ!!!!!」
二人の拳が相手に向かって放たれる!!
「そんな......駄目だ―!!!!」
【レインボースクリュードライバー!!!】
【ファントムメガトンラリアット!!!!】
ドーーーーーーーーーーン!!!!!!
お互いの必殺技がぶつかりあい、辺り一面に爆風が巻き起こる!!!
その勢いに吹き飛ばされたメガネ君が、なんとか体勢を整える。
「これだけの力がぶつかり合ったんだ。二人ともただじゃすまないはずだ。星太君!無事なのか!!!」
メガネ君はぶつかりあった二人の方へと視線を向ける。
「な......どういうことだーーーーー!!!!」
なんと、そこには二人の必殺技を受け止め、優雅にたたずむ一人の美少年の姿があった。その美しさは中性的で、ミスコンに交じっても優勝を狙えるレベルであった。
「なにいいい!!!」
「嘘だろ!!!」
必殺技を受け止められたという異常事態に、星太と橘も驚きの声を上げる。
「全く。駄目じゃないですか。今日は入学式ですよ。喧嘩なんてしてる場合じゃありませんよ」
二人の必殺技を受け止めた美青年は澄ました声で二人を嗜める。
「勝手なことをするんじゃねー!!」
橘との戦いを邪魔されたことに怒り狂った星太が、美少年に向かって必殺【レインボースクリューフック】を放つ。その一撃は、さきほど放ったものと同等、いや、それ以上の力が込められてた。
しかし......
「なに!?俺の【レインボースクリューフック】を見もせずにかわすだと!?」
美少年は星太には背を向けて、橘と向かい合う。
「橘さん......駄目じゃないですか。新入生をいじめちゃ」
「一美先輩......す、すみません。こいつが軽々しく黒マスクのことを口に出していたんでつい」
「もう少し生徒会役員としての自覚をもたないと駄目ですよ」
「すみません」
一美と呼ばれた美少年に対し、橘は頭を下げる。
「あの橘先輩が頭を下げている。たとえ相手が悪魔であろうとメンチを切ると言われているあの、橘先輩が頭を下げている......」
そのあまりの異常な光景にメガネ君が動揺の声を上げる。
そんな声を耳にし、また、自分と互角の戦いを繰り広げた橘が頭を下げているのを目にし、必殺技を受け止められ、また、見もせずに避けられたことに動揺していた星太もようやく正気を取り戻す。
そして、突然現れた一美と呼ばれる美少年の実力を察する。
「さっ。もう学校に戻りますよ」
「は、はい」
「君達も入学式に遅れないように、これ以上道草を食うんじゃありませんよ」
そう星太とメガネ君に話しかけ、一美と橘はこの場を後にしようとする。
「おい!!」
しかし、星太は黙って二人を見送ることはできなかった。
「なんでしょう?」
「お前は一体何者だ?」
星太の問いかけに、一美は一瞬考え込む。
そして、すぐさま制服のポケットから一枚のマスクを取り出して顔に装着した。
「な......そのマスクは!?」
「そそそそそそそそそそ、それは!!!!」
一美が装着したマスクに、星太の表情が固まる。メガネ君も動揺のあまり、その場にがくりと座りこんでしまった。
そのマスクは、周りを金縁で囲っており、中には見事な鳳凰の刺繍がされていたのであった。
「私は聖中三年、生徒会長の鳳凰寺一美。そして、兄である一輝からオリジナルマスクを受け継ぎし者さ。これからよろしくね」
一美はすがすがしい笑顔とともに、学校へ向かって歩き出した。
橘もそれに続いて歩きだす。だが、ふっと顔を星太達の方へと向けた。
「次は正式に戦おう。それまでもっともっと強くなっておけ、俺ももっと強くなって、強くなったお前をぼこぼこに倒してやるからな」
「はっ。上等だ。次は完膚なきまでにぼこぼこにしてやるよ」
「ふっ。では楽しみにしている」
橘は星太の反応ににっこりと笑い、一美の後に続いて姿を消した。
星太とメガネ君は二人、通学路に取り残される。メガネ君が星太の方へと視線を向けると、星太はぷるぷると体を揺らしていた。
「星太君......」
星太は今まで誰にも負けたことがなかった。少なくとも、メガネ君は星太が負けたことを一度も見たことがなかった。だからこそ、メガネ君は星太が白マスクを着けてきたことに対しても称賛の眼差しをむけることができたし、それにふさわしい人間だと思っていた。
そんな男が一日で二度も、負けてはいないにしろ、ほとんど負けたような状態になってしまい、メガネ君は星太が悔しさで一杯になっているのではないかと想像した。泣くのをこらえてぷるぷるしているのだと、そう思ったのだ。
しかし......
「メガネ君、マスクって面白いな。俺、ちょっと白マスクを着けて浮かれてたよ。まだまだ上には上がいる。俺、中学生活が楽しみだよ!」
星太はにっこりと笑っていた。
星太は悔しくてぷるぷると震えていたのではない。新たな強敵の出現に、武者震いをしていたのである。
「星太君!」
「俺はこの聖中で駆けあがって見せるよ!そして、いつの日かオリジナルマスクを着けてみせるんだ!」
こうして始まった星太のマスク道!
その先にはきっと数々の困難が待ち受けているだろう。しかし、きっと星太は上り続けるだろう。どこまでも続くこの輝かしいマスク道を!