彼女の予想していない1%
クリスマスイブ。
駅前広場のベンチに柊の帰りを待つ三太の姿があった。
「お待たせしました」
二人の誕生日のお祝いに食事でも。
呼び出しておいて待つのが退屈になった彼を、彼女はいとも簡単に見つけ出した。
「よくここってわかったな」
返事も待たずに三太は立ち上がる。
「あなたの事は99%わかってますから」
それは最近の柊の口癖だった。
付き合い始めた時は確か八割だったから、ずいぶんと見透かされてしまうようになったもんだ。
七年の月日を男は思う。
「それで、今日はなんだってレストランなんて予約したんです?」
三歩後ろからの問いに応えず、彼はズンズンと歩いていく。
【プロポーズするまで来店禁止!】
一週前、馴染みの居酒屋の女将に宣告された一言を思い出し、三太は溜息をついた。
プロポーズ。
長く付き合っている認識はあったが、全く考えてもいなかった。
しかし、すると決めた以上はしっかりしたい。
そう考えだした途端に緊張しきりになった。
「しかし、よく予約取れましたね」
店内の席に落ち着くと、柊は言う。
「どうせ航太さんに頼み込んだんでしょう」
レストランで働いている友人に無理やり席を作ってもらったことを見透かされる。
「オススメで」
メニューも見ずにオーダーする三太を柊はどこか可笑し気に見る。
「なんだよ?」
「料理も頼んでおいたんですか?」
「なんで」
「だって、あなたが悩まないで決められるなんて、ないじゃないですか」
そう言われ、その通り過ぎてぐうの音も出ない。
【あなたのことは99%わかっている】
彼女はまたそんな顔で微笑む。
だからこそ、驚かせてやりたくなった。
今日、柊の予想していない1%を決行する。
彼はそう決めていた。
柊は出された料理を旨そうに口に運んだ。
三太は上の空でせっかくの高級レストランの味も満足に味わえなかった。
食事を終えると厨房から航太が顔を出してくれた。
「あれ、柊ちゃん。今日は気合入ってるね」
爽やかな笑顔を向けられ、彼女は否定もせずはにかむ。
「またこの人、直前に無理言ったんでしょう?」
「さすがにクリスマスの一週間前はキツイよな」
否定せずに航太は苦笑する。
「でもサンタに頼まれたら断れないよ」
そう言って彼は三太の肩を叩く。
「しっかしお前、スーツに着られてるな」
そして悪びれずに笑う。
「お前が着て来いって言ったんだろ」
「そりゃそうだろ。じゃないとお前、下手したらジャージかなんかで来るだろ」
さすがにそれは、と言おうとしたのを尻目に、柊は後ろで深く同意していたりする。
「お前ら、俺の何がわかるって言うんだよ」
サンタは二人のわかったような態度が腹立たしくなって店を飛び出したのだった。
駅前通りのイルミネーションが今朝降った雨露に滲んでいる。
荒くなっていた歩幅もその光を見ていると落ち着きを取り戻した。
どうして俺はこんなんなんだろう。
歩く姿が様になるような背丈が欲しかった。
キザな言葉を言っても笑われないくらいの顔が欲しかった。
「あー、やめたやめた」
三太は駅前広場に着くとベンチに座り、ネクタイを外す。
「やっぱり俺、堅苦しいのは向いてないわ」
ネクタイを手渡しながら柊に笑いかける。
そして卑屈の虫が顔を出す。
「ごめんな、こんな男で」
そう言った傍から時計台の時報が鳴った。
「———あ、ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
三太は思い出したように駆けていき、言う通りすぐに戻ってきた。
「これ」
その手には束ねられたカスミソウが握られていた。
「予約してあったんだよ」
「どうして?」
「お前、昔、この花が好きって言ってたんだぜ?」
三太は照れ隠しにそっぽを向く。
「付き合って七年経ったから、七本」
そして本数を確かめてから柊の前に差し出した。
「というのは建前で、レストランで金が尽きてこれしか用意できなかった」
お世辞にも見栄えするとは言えないその花束を、彼女は抱きかかえるように受け取る。
「ついでに言っちまえば、金がなくて指輪の一つも用意できなかった」
すまん。
そう言って彼はストンとベンチに腰を下ろす。
「今のって、もしかしてプロポーズですか」
言われて初めて核心に触れていたことに気付いた。
否定する言葉も浮かばない彼は、ただ黙ってダメな自分を責めた。
すると彼女は徐に彼の隣に座り、ピアスを外し始めた。
「あー疲れた」
そう言えば航太も今日の柊は気合が入っていると言っていた。
よく見ると普段より化粧も濃いような。
涙が黒いなんてよっぽどだ。
「背伸びするのって疲れますね」
彼女は痛そうに笑う。
「私やっぱり、普段どおりが一番いいです」
柊はそう言って花束を抱いた体を三太の方へ向け直した。
「先輩?」
「ん?」
「サンタさん」
「はい」
「あなたは私を、ずっとありのままでいさせてくれますか」
それは、三太が唯一叶えられそうな願いだった。
だから彼は頷いた。
頷いて、彼女の涙を優しく指で掬ったのだった。
クリスマスイブ。
これからの道を共に歩むと誓いを立てた二人の誕生日が、また特別になった。