秋の調べ
「ラーラーラー……」
気ままに歌う。
私はこないだ有名な事務所のオーディションを受けてきた。
結果はまだまだだけど、歌うことは大好き。
いつも大通りを抜けた土手で歌うことが多い。
最近、気になる人がいる。同じ土手でアコースティックギターを演奏しているのだ。
背は小柄で髪は今時の青年。
彼はギターが上手い。ギターに詳しくないけど、分かる。
「歌って難しいな」
歩きながら考える。
今日も土手へ向かう。あの彼がすでにいた。今日もギターを弾きながら歌を歌っている。
歌もうまい!?
「ねぇ、歌の上手な歌い方、知らない?」
「へ?」
彼は演奏をやめ、私の顔をのぞきこんだ。
そして、ふむ、というと
「まぁ、まずは音をしっかりとらえることだよね」
と言った。
「音をとらえる?」
「そう。ピアノとかで音を出せるでしょ、アレに合わせて」
「なるほど」
「ギターでいえば、チューニングをしっかりやることかな」
すっと取り出したのは、小型の機械で、
「これがチューナーだよ」
と教えてくれた。この三つのランプがあって、ギターを鳴らして真ん中になればいいんだそうだ。
一通り、チューニングを済ますと、彼は言った。
「俺んち来る?ピアノもあるし」
「うん」
ピアノがあるなら是非行きたい。二つ返事で返した。
彼の家は近くにあった。閑静街の住宅地のでっかい家だった。
あまりに豪華だったのでとても緊張した。門を通されてくぐり、ドアを彼が開ける。
二階が彼の部屋らしい。
入ってみると、とても広かった。男の子の部屋だけどしっかり片付けられていて奥にピアノ。
「始めようか」
ピアノに彼が触ると音取りが始まった。順番に鍵盤を押していく。音に声を合わせる。
「なかなか勘はいいよ。そのまま続けよう」
彼はとても楽しそうに言った。
熱中していたら夕方になっていた。
体感的にはあっという間で、少し疲労感がある。
「じゃあここまで」
「ふー」
「ここまでついてきたなら、もう前よりも歌が歌いやすくなっているはず」
「ラーラー……あ、本当だ」
「ね。君はなかなかセンスがある。僕の知り合いに事務所のマネージャーがいるから紹介しよう」
「え!いいの?」
「うん。ただし、僕もピアノかギターで参加させること」
そういって彼は、ワンコーラス、私の声と彼のピアノでデモ音源を作った。
この家の地下がレコーディングルームになっていてそのまま録った。
彼がミキシングをしている頃、暇だったので家の中を散策していたら、壁にポスターが貼ってあり、彼が写っていた。
「天才のピアニスト、桜井幹人」
と大体的に書かれていたが、年季の入ったポスターだった。
「これ……」
彼はもともとピアニストだったのだ。デビュー経験のある。でも年季が入っているあたり、過去のことなのだろう。
触れずにレコーディングルームに戻った。
その日は、それで解散になった。
数日後、練習の合間に交換したアドレスから彼からのメールが来ていた。
「マネージャーが会いたいそうだ。場所は僕の家」
そうメールにあった。
慌てて家を飛び出すと、彼の家へ行った。迷わず行けたのは、彼の家がとてもでかかったからだ。
「どうぞ」
インターホンを押すと、彼は言った。
入るとマネージャーとおぼしき人が立っていた。
「あなたが歌の子ね」
男性だと思ったけど口調が女性だった。
「じゃあ、歌ってみて」
彼のピアノに乗せて歌う。
歌い終えるとなんだかすっきりした。
「よし、このままデビューの準備をするわね」
マネージャーはふむふむと言った。
「デビュー?」
「ええ。どこまで行けるかわからないけどね」
そう言って、PCをカチャカチャ打鍵しはじめた。
なんだかトントン拍子に進んでしまった。
「十月二三日、海公園で路上ライブよ」
「えぇ!」
私は驚いた。
「うん、わかった」
彼はすんなり受け入れていた。
十月二三日――
私たちのライブが始まる――