第三話:再会
****第三話:再会****
すれ違いざまに声をかけられて振り向くと、そこにはかつての恋人、藤崎玲香によく似た顔があった。
「れい……か?」
ここは異世界。見知った人間がいるはずなどない。
さしあたり、ケンイチと間違えられたといったところだろう。
ただ、何か引っかかるところがある。
俺が田舎へ越して、玲香のことを突き放してしまって、その後、玲香は姿を消した。
その後、警察の捜査は何も進展していないのだという。これは明らかに不自然だ。普通であれば、証拠の1つや2つは出てくるものだろう。
俺は、“玲香かどうか調べるため”に、言葉を選んで話すことにした。
「やっぱり、健一だよね~ 人違いじゃなくてよかった」
玲香が安堵した表情を浮かべる。いきなりだが、話を切り出すことにした。
「俺達が出会ったのって、この世界か?」
「唐突だね。やっぱりここ、違うよね。私達がいた世界と」
やはりか。こいつは“玲香に似た他人”ではなく、玲香本人だ。
「どうしてここにいるんだ?」
「それがね、分からないの。あの日――健一からの手紙を見た日のことなんだけどね、あれを見て、私本当に悲しくて。どうせ私に迷惑かけたくないとか、そんな風に思ってくれてるんだろうなってことはわかってたよ、でも……」
「ごめん」
「ううん、いいの。健一の気持ちもわかるから。それで、家の裏山に飛び出しちゃった」
「裏山……?」
「そう。私の家ってさ、山の方にあるでしょ?」
「うん」
「山道をずっと行くと神社があるんだけどわかる?」
「!!!」
山道をゆくと、神社がある――
「俺が転送されたのと同じ場所かもしれない」
「え? 健一も神社から?」
「神社の裏手にある岩の上だ」
「私もだよ! 市街地が見渡せるじゃん、だからそこで感傷にふけってたら、いきなり光が……」
どうやら、俺も玲香も全く同じ場所からここに転送されてきたらしい。
しかし、疑問が残る。俺の転送は、ケンイチが魔法を使って行った。しかし、玲香の場合はどうしてなのだろうか。
「光に包まれたときのこと、もっと詳しく思い出せるか?」
「うん――、もう4年近く前だからね……さすがに無理かも」
「そうか……玲香が魔法使えるわけじゃないもんな」
他人によって無理やり転送させられたか、または何か別の現象が起きたのか。
どちらにせよ、今はわかりそうになかった。
「玲香」
「ん? どうかした?」
「この4年間、どうしてきたの?」
「城の近くにある青果店で住み込みでバイトさせてもらって、なんとか生活できてるよ~」
「それってもしかして、大通りから一本入ったところの角?」
「なんかそれって色んな所が当てはまりそうだけど……でも向こうの方にはあんまり青果店は無いから、多分そこで合ってると思う」
「マジか、この前お世話になっちまった」
ここ数日暮らせるくらいの食料をもらっちまったからな。本当に命の恩人みたいな存在だ。大げさかもしれないけど。
「あー、店主のおじさん、優しいからね」
「カネも違うなんて思わなかったよまったく……」
「そういえば健一、どうやって生活してるの? 住むところとか、大変なんじゃない?」
「食料に関して言えば今にも底をつきそうだけど、生活環境は整ってるんだよな」
玲香に、ここに来てからの経緯を説明する。
「そうなんだ……大変だったね」
「いまだにケンイチのやつ、帰ってこねぇし」
一応毎日アベルを通してケンイチと連絡は取っているが、こっちに来るまでにはもう少し時間がかかるらしい。
「マスター、お腹が空きました……」
「!!!」
玲香が、俺の持つ喋るペンダントを見てびっくりした表情を浮かべる。
「あ~あ、喋っちゃったよ……。こいつ、アベルって言ってな、ケンイチってやつが知性を宿しちゃったんだよ。というかアベル、おまえスリープにしといたろ?」
「マスター、もう3日間、水も何もくれないじゃないですか。いいように使うくせに……」
「ゴメンゴメン、そんなにひねくれんなって」
へそを曲げてしまったアベルをなだめる。
「それって、私があげたペンダントだよね?」
「ああ」
「大事につけてくれてるんだね。まあなんか喋るようになっちゃってるけど!」
「そんなに驚いてないんだな」
「まあね~。異世界転移するよりはよっぽどちっちゃなことだし」
「それな……」
ちょっとやそっとのことでは驚かない。それも仕方ない気がした。俺達は、聞いたこともない世界に飛ばされるという、“大きすぎること”をとっくに経験しているのだから。
「健一、この後何か予定ある?」
「食料調達くらいだな」
「そっか~、それならうちの店来なよ」
「いやー、店主のオッサンにこれ以上迷惑かけられないって」
「お金のこと気にしてるんなら、私が出してあげる」
いや、いいよ――と言おうとしたが、それを言ってしまったら多分俺は飢えることになる。もともとあてがあって家を出てきたわけでもない。ここは素直に甘えることにした。
「すまん頼む」
「おっけー」
数日分くらいにはなりそうな食料を買い込んでから、店を後にする。
「玲香、ほんと、ありがとな」
「困ったときはお互い様でしょ」
「でもさ、俺、困らせてばっかで……」
「もういいの。だってこうやって再会できたんだから」
そうだ。俺達は再会した。もといた世界とは全く違う場所で、再会できたのだ。
「運命だね……私たち」
「そうだな。神様に感謝しないとな」
無宗教がモットーの俺でも、この時ばかりは神ってものを信じてもいい気がしていた。
こんな天文学的確率で再開できるなんて、普通に考えてほぼ起こり得ないことなのだから。
「それでさ、健一」
「どうした?」
「私たちってやっぱ……別れたんだよね?」
「俺の方から……一方的にな」
「今からやり直してみる気は……ない?」
「ごめん」
「あはは、そうだよね、ごめん。でも私、また振られちゃった……」
玲香の目は潤んでいた。
でも、あれは俺としても望んだ結果ではなかった。今からでもやり直したい気持ちはある。
だが、何もかもが急展開で、精神的に参ってきているのだ。これ以上何かが変わってしまったら、自分が自分じゃなくなるような気がする。それが怖かった。
「今は俺、そういう気になれないんだ。色々とありすぎてさ、心の整理がついてない」
「だけどさ、いつか元の世界に戻った時に、今度は俺の方から告白するから。だから、だからそれまでは待っててくれないか?」
「うん……待ってる。絶対だよ?」
「ああ――」
こうして、俺達は運命の再開を果たした。
もといた世界とは全く別の世界で。