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番外編1:健一の過去

****番外編1:健一の過去****


※これは本編ストーリーではなく、本編の補足説明や舞台背景の詳細について書き連ねていく番外編です。番外編を飛ばして本編のみを読み進めても大丈夫なように書いているつもりではありますが、キャラクターたちの細かな行動原理は本編では深く触れていない過去などに関わっている場合もあるので、この番外編を読みつつ本編を読み進めていただくとより楽しんでいただけるかと思います。


~番外編[1]:健一の過去~


帰宅すると、何やら家の中が騒がしかった。


「あなた、これからどうしていくっていうの?」

「ああ、なんとかするから……」

「健一だって、もうじき大学生になるんですよ?」

「学費くらは」

「出せないでしょう? 今の状況分かってるの、あなた」


父と母がいつものように小競り合いしている最中だった。

だが、問題なのはその中身だ。

俺の大学進学費用が出せない?

このでっかい一軒家、使用人までいるこの家が、一人息子の進学費用さえ出せないなんて、そんなはずはないのだ。


「親父」


言い争っていて、俺が帰ってきたことにまったく気づきもしない2人に声をかける。

2人ともが、ぎょっとした目でこっちを見てくる。


「あ、ああ健一、おかえり」

「お、おかえりなさい。ご飯、もうちょっと待っててね」


平静を装う2人だが、額には冷や汗。

何か隠してる。それも、かなり重大な内容のはずだ。


ふうん、と言って自室に向かおうとしたそんな時、テレビが速報を流し始めた。


「えー、たった今入りました速報によりますと、高倉ホールディングスの本社ビルに強制捜査が入ったようです。今年に入ってから、グループ会社の相次ぐ不祥事に揺れていた高倉ホールディングスですが、ここに来て本社が多額の負債を隠蔽していたことが明らかになりました。高倉ホールディングスは、『捜査中であり、現時点ではコメントを差し控えたい』としています……」


「親父! なんだこれは」

「それは、その……」


高倉ホールディングスは、親父――高倉栄一郎が会長を務める大企業だ。

旧財閥各社に匹敵する資産とグループ会社を持ち、あらゆる分野に進出している。

親父は現在経営の中心から遠ざかっているとはいえ、会長という立場からかなり関わっていることに変わりはない。筆頭株主ということも考えれば、このニュースの内容が真実なら大変なことになる。


「あなた、そろそろ話しておいたほうが……」

「……わかった」


親父は、渋々といった感じで今の会社の状況、借金だらけになってしまった現状について話した。


「嘘だろ……」

「今話したことはすべて本当だ。すまない、健一」


会社だけではない。この家も、売らないと借金が大変なことになっている。

いや、家を売るくらいでどうにかなるものでもないようだった。


「それで、だ。これからマスコミ各社も押しかけてくる可能性がある。しばらくは海外に行く」

「は? 責任放棄するのかよ、親父!」

「仕方ないだろう、このままじゃその辺の低俗民どもよりも立場が悪くなる」


もう空いた口が塞がらなかった。

一度でも大成功した人間は、ここまで傲慢に、利己的になれるものなのだろうか。

初めて、自分の親というものを軽蔑した。


「俺、親父たちが海外行くとしてもついていかないから」

「健一、お前の方に借金取りが行ったらどうするんだ」

「子供に払えるわけないだろ? あいつらもそんなに馬鹿じゃねぇよ」

「健一、お前は甘いんだよ」


腹が立った。甘いのはどっちだよ。考えなしに行動するからこんな結果になってるって言うのに。

それなのに、これから海外で引きずり回そうってのか? そんなのは御免だ。


「俺、家出てくわ」

「おい! 健一!」


親父と話したのはこれが最後だ。

その後、俺は田舎町の祖父母を頼った。

途中、母親から電話があって、居場所がバレるから携帯は使うなとか、海外へ行くなら今すぐ戻ってこいとか言われたが、海外について行く気はさらさら無いと伝えて切った。


その後、両親は海外に行ったらしい。

らしい、というのも、その後両親から連絡が来ることもなく、マスコミからは夜逃げか、と騒がれたまま何の情報も追加されなかったからだ。

幸い、俺のほうには借金取りが来なかった。

いや、来なかったと言うと語弊がある。

新居の近くにある日止まっていた黒塗りの車から、いかにもな人たちが出てきたりしたが、俺の顔を見るなり


「なんだ、ガキか……」


と残して去っていったのだ。

色々と複雑な感じはしたが、まあ結果オーライだ。童顔に感謝。


そんなことより。


俺の今後をニート生活へと追いやった理由は別にある。

藤崎玲香――当時、俺が付き合っていた彼女との別れだ。


玲香とは幼馴染だった。

幼稚園年長から高校2年生まで同じ学校、同じクラス。

こんな偶然、運命以外にありえない……とは言わないが、すごい偶然だったと思う。

高3になって離れてしまったが、いつもつるんできた仲は特段変化することもなく、昼休みは毎回どっちかに教室で騒いだっけ。

周りから、“おしどり夫婦”なんてはやされてから、互いを意識するようになったのだと思う。春過ぎ頃に、付き合うことになった。

しかし、学校が学校だ。都内の進学校はなかなか授業進度が早くて、予復習をしっかりしておかないとついていけなくなる。課題もバカみたいに出る。夏休みだって特別補講と称して授業が入る……。

受験学年だから、いつもの年よりも更にきつく、とてもじゃないが優雅にデートを満喫できるほどの時間も精神もなかった。結局、夏休みもデートどころか一緒にいる時間すら限られてしまった。

そんな日々のなか、秋めいてきた矢先に起きたのが高倉ホールディングスの赤字決算隠蔽問題。

デートどころか、田舎へ行ったことで会うことすら出来ない。

そもそも、携帯の使用も禁止されているので玲香と連絡も取れない。


俺は、手紙を書いた。


玲香へ

いままでありがとう。

健一


他に思いつかなかった。他にももっと、書かなきゃいけないことがあったはずだ。迷惑をかけたくないから別れようとか、本当は俺もずっと君といっしょにいたいんだ、とか、色々考えた。

けれども、何度も書き直して黒ずみ始めた便箋には、この言葉しか残らなかった。


不本意だ。こんなことはしたくなかった。でも、せざるを得なかった。

好きだけど、好きだからこそ、あいつを巻き込む訳にはいかない。

この考えが、合っていたのかはわからない。

いや、多分間違っていたのだろう。

玲香なら、“私もついていく”なんて考えに至るのも必至だったと思う。

だけど、だからこそ、そこに漬け込むのは悪い気がした。

幼馴染として、こんな恥ずかしい自分や家族についてきてほしくなかった。

結果として俺が一方的に突き放してしまうことになる。玲香が悲しむのだってわかっていた。

それでも、あいつには俺のようになってほしくなかった。


手紙には、差出人名も差出人住所も書かなかった。

隣町の駄菓子屋の前にあった郵便ポストに、夜、泣きながら投函した。

俺のことを、探してほしくなかった。

もし会ってしまったら、俺だってきっと、別れるなんてことに耐えられなくなるから。


それから5日もしなかったと思う。

“都内に住む高校3年生の女子が忽然と行方をくらませた”――

そんなニュースが入ってきた。

最初は、誘拐されたとか、いつものパターンだろ、なんて思っていたが、後に公開捜査が始まると俺は目を疑った。


“藤崎玲香、17歳、世田谷区在住、黒長髪、……”


「嘘だろ? そんなわけ……」


あった。そこに書いてあった特徴や写真と寸分たがわぬものを持つ者を、俺は知っている。


そう、そこに載っていたのは、俺の付き合っていた藤崎玲香、その本人だった――――


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