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第二話:異世界独居

****第二話:異世界独居****



近くの山道をまっすぐ行き、寂れた小さな神社の境内に入る。


「ここで転送を行います」


健一が指差したのは、境内の裏にある、平たい大きな石の上だった。


「え、ここに乗るのか?」


確か神社の石って意味なく置かれているものじゃなかった気が……

だが、ケンイチはここ以外に転送に適した場所がないのだという。


「それでですね、健一さん。こちらの世界に来てからというもの、ボクの魔力は弱まってきています」

「ほう、それはまたどうして?」

「向こうの世界には、自身の保有する魔力をチャージできるようなシステムがあるんですよ。ボクは詳しいことを知らないんですが」

「なるほど、それがこっちの世界には無いから、魔力が回復できないと?」

「そういうことです」


ゲームでいうMP回復のシステムに似た感じのものが向こうの世界には存在するということだろう。

健一曰く、今の時期のように時空に歪みが生じているときは特に消費魔力量が多く、転送できたとしても位置を間違えたり、魔力が少しでも足りないとうまく転送できなかったりするのだという。


「ボクは後で行きますから、まずは健一さん、お願いします」


マジか。まあケンイチが先に行ってしまったら俺のことを転送できないんだろうけど。


「そういえば、ケンイチ。俺とおまえ2人を同時転送することは出来ないのか?」

「あー、それはきついんですよね。一度に大量の魔力を使ってしまうと、体への負担が大きすぎるので」


そういうことか。それならしかたなかろう、俺が先に行くとするか。まだ本当に行けるのか、半信半疑ではあるけどな。


「健一さん、念のためアベルのスリープを解いておいてください。いざという時に補助してくれますので」

「わかった」


アベルのスリープを解除する。


「マスター、いきなり眠らせるとはひどい仕打ちだぞぉ」

「はいはい、わかったわかった」


ブーたら文句言われるのも承知の上。軽く受け流す。


「じゃあケンイチ、転送頼む」

「わかりました」


――直後、俺の体を無数の光が包み込む。

まるで天使にでもなったかのような気分だ。

だが、その高揚感の中に不思議と冷静さもあった。

あまりにも現実味に欠ける光景に戸惑いつつも、不思議と体がそれを受け入れている。

今まで体感したことのない気分に囚われながら、俺の意識は深淵へと沈んでいった――



「ん……?」


意識が覚醒する。

ここはいったいどこだろうか?


「たしか、ケンイチと神社に行って、転送――!」

「とするとここは異世界!?」


周りを見渡す。それらしきものは見当たらないが、何か違和感があった。


「そういえば、ケンイチは?」


俺を転送した後、ケンイチも転送してくるはずだ。

とすると、まだ来ていないのか、それともどこか違う場所に転送されてしまった可能性も……


「マスター、ケンイチさんから魔法連絡が来ました」

「魔法連絡?」

「携帯電話のように、相手と連絡を取ることができる手段です。自己を媒体にできるぶん、携帯電話より使い勝手はいいと思いますが」

「なるほどな、それは便利そうだ。それで、ケンイチはなんて言ってるんだ?」

「“自分の転送先を間違えてしまった“とのことです」


なんだと? 近くにいればいいんだが、もし何日も会えないとしたら、俺はこっちのことを全く知らないのにどうすればいいのだろうか。

そして、こういう悪い予感ほど的中するものである。


「ケンイチさんの転送先は、ヴァインリッヒ連邦共和国ですね」

「どこだよそれ」

「地球の反対側です」

「…………」


なんてことだ……。 せめてもっと近くだと良かったのに。


「アベル、どのくらいでこっちに来れるんだ?」

「使う交通機関によるでしょうね」

「魔法で飛んでくるとか出来ないのか?」

「ケンイチさんは転送で魔力使い切ってるんで……。 一週間くらいは消費の大きい魔法を使えないかと思います」

「飛行機は?」

「魔法転送で済んでしまうので、こちらの世界ではそういった輸送手段は発達していないようですよ」


なんということだ……

俺はこれから少なくとも一週間ほど、路上生活でもしないといけないのだろうか?

ニートの行き着く先は結局どこの世界でもホームレスなのだと言いたいのか。


「マスター、ケンイチさんから再度連絡がありました」

「おう、なんだって?」

「ケンイチが普段暮らしている家にしばらくの間いてほしいということです」


ということで、ケンイチの家をさがして町を歩く。

さっきまでは気づかなかったが、町はまるで中世ヨーロッパのような雰囲気で、建物はレンガ造りを基調とする豪華なものばかりだ。言葉は普通に日本語が通じるようで、当分の生活に支障はないだろう。


「しかしまあ、俺がここに来た理由を思わず忘れてしまいそうだな」

「それならマスター、私が起床時に暗示でもかけておきましょうか?」

「洗脳はやめろ!」

「了解しました」


“世界を救う”なんて大それた理由で来ちまったわけだが、実際これから俺はどうしていけばいいのだろうか。

ケンイチがこっちに来るまでの間はのんびりしていて良いとのことだったが、正直いきなり見ず知らずの土地に放り込まれて自由にしてろって言われても困る。一刻も早くケンイチがこっちに来てくれることを願うしかない。



ケンイチの家に着いた。着いたんだが……


「鍵、どうするんだ?」


そう、鍵がないのだ。これじゃ家に入れない。

庭で寝るしかないのだろうか。


「やっぱホームレス確定かよ……」


飯も食いたい。というかフカフカの布団で寝たい!


「窓割るわけにもいかないしな。ここは諦めて庭で寝るか……」


幸か不幸か、外は比較的温かい。風邪はひかずに済みそうだ。

意識がまどろむ。流石に今日は疲れた――



――翌朝。

ギシギシと軋む体を無理やり起こす。


「体の節々が痛いのも仕方ねぇか。地面で寝たんだもんな……」


背中に付着した土と芝生の切れっ端を振り払って立ち上がる。

寝起きはあまり良くなかったが、疲れていたためだろうか、比較的睡眠は取れた気がする。


「マスター、昨日の昼から何も食べていませんが大丈夫ですか?」

「そうなんだよな、すげぇ腹減った」

「昨夜、ケンイチさんから伝言で、“もしかして鍵無かったですよね、軒下左から二番目の鉢植えの下に合鍵が隠してあります”だそうです」

「……もっと早く言えよ!」

「もう一つ、“冷蔵庫の中の食料は使って大丈夫”だそうです」

「分かった」


まあいい、これでホームレス卒業だ。今夜からはもっとマシな環境で寝れるだろう。



鍵は言われたとおりの場所にあった。なんか拍子抜けした気分だったけど、家に入れると思えば嬉しいことには変わりない。

鍵を開けて、家に入った。


「おじゃましま~す」


当然返事はなく、むなしげに残響を生じた。


「広いな、随分と。天井も高いし」

「マスターの家とは全然違いますね」

「うっせ」


豪華というほどではないが、広い部屋と家具の質感から考えて結構お高くつくんじゃないだろうか。

ちゃんと3LDKある。俺の住んでいた一室だけのアパートとは比べ物にならない。

食料を探してキッチンへ行くと、まるで昭和初期の頃みたいな木製冷蔵庫が置いてあった。


「おい、まさかこれか? 冷蔵庫って」

「他に見当たりませんよ、マスター」

「だよな……」


確かこの手の木製冷蔵庫って、氷で冷やす方式だったはずだ。

ケンイチがこの家を空けてから何日なのか知らないが、氷は毎日変えないと中身が駄目になっちまう。


「これ、アウトなんじゃないか?」

「とりあえず開けてみてはどうですか、マスター。もしかしたら氷ではなく魔法で、という可能性もあります」

「そうだな」


アベルの言葉に賭けて、とりあえず中を確認することにした。


(ガチャ――)


「…………」

「あー、これは見事にやられてますね、マスター」

「ああ。すげぇ残念なことになってるな」


古びた木製冷蔵庫の中には、干からびかけた葉物野菜や、何やら発酵しちゃってそうな牛乳らしきものが入っている。

これじゃ流石に食えないだろう。冷蔵庫外も探してみるが、インディカ米みたいな細長い米と麦の類らしき雑穀が詰まった袋くらいしか出てこなかった。


「またメシが遠のいたぜ」

「街に行けば青果店程度はあると思いますよ、マスター」

「そうだな。仕方ない、行くか」


家でのんびりしていたい。(そもそもここ俺の家じゃないけど!)

ゲームしたい!(パソコンどころか電気も無いみたいだけど!)

ああ、せめてふかふかのベッドがあれば……(さっき確認したら、敷布団しかなかった!)


「…………」


なんで俺こんな世界に来たんだっけ?

世界を助けるため?

いやいや、その前に俺のこと助けてよ、誰か!



昨日は夜遅かったから気づかなかったが、家の前の通りは主要道路のようで、馬車なんかが走っている。

人々の流れる方向に向かって歩いていたら、路地の角に丁度良く青果店があった。

少し安堵する。

――が、その安堵はすぐに打ち砕かれることになった。


「なに、カネが違う……だと?」


幾つかの野菜を抱えて、店主と思われるオッサンに持っていくと、なんと買えなかったのだ。


「お客さん、こんなお金見たことないですよ。結構このあたりって外人さんが多いもんでね、外国貨幣でも支払えるようにしてるんだけどね……」

「そうですか」

「どこから来たんです?」

「日本です」

「ニホン? 知らないな…… まあいいよ、今回は。また贔屓にしてくれるんならそいつはくれてやる」

「ありがとうございます」


店主に頭を下げて店を出る。


「そうか、カネも違うか」


ありがたいことに今回は店主が野菜をくれたが、ケンイチが帰ってくるまでの間、これだけってのも酷な話だ。

早いところ打開策を見つけなければ餓死することになりそうだ。


「あ、そういえば氷がないな」


もらった野菜を腐らせたら、それこそ俺の生死に関わる。


「野菜であれば、水さえあれば数日は大丈夫じゃないですか? マスター」

「数日ならな」


数日か。でもまあ、なんとかなるだろう。

――不思議と、そんな気がした。



――――そんなこんなで4日が過ぎた。

一日二食、少々の野菜と、鍋炊きに失敗して固くなったり柔らかくなりすぎたりした雑穀飯を食ってきたが、

そろそろ底をつきそうだ。

あの後ケンイチにお金を借りれないものかと掛け合ったものの、“手持ち以外は預金だから”と言われてしまった。


「今日にも何かしらの方法で食料を手に入れないと……」


流石にそろそろガッツリと食べたい。世界を救うつもりが、ここに来て早々に死んでは困る。


「マスター、この街は大きそうですから、きっと役場があると思いますよ」

「ケンイチに、どのへんにあるのか聞いといてくれ」



ケンイチからの連絡を待って、家を出る。

青果店とは反対の方向に向かって歩く。


そんな時、


「え……、けん、、いち?」


すれ違いざま、いきなり声をかけられる。振り向くと、そこには――――



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