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Sob Voice

 覗き事件(覗きじゃねえ!!事故だ!!)から二日経っても、瑠璃は一言も口を聞いてくれずに京都行きの新幹線に乗ることになった。俺のテンションの低さは目に余る程のようで、友達からは女関係を一番に噂された。あいつら、俺をラブマシーンか何かだと思っていやがるらしい。

「亮、亮!!大丈夫?どこか悪いの?」

 龍志が心配そうに、席にもたれかかっている俺を覗き込む。

「全然。どっこも悪くなんかねえよ」

「それにしちゃあ変だよ、昨日から。顔色は悪くないし……ひょっとしてメンタル面?」

「御明答だよ、全く」

 龍志は隣の席に座って、やはり心配そうな表情を緩めない。

「瑠璃ちゃんの事?」

 ぐっ……奥手なくせに鋭い奴め。無言のままでしばらくいると、肯定と判断したらしい。

「何かあったんだね?瑠璃ちゃんが病気だったりケガしてたりして、入院してるのが気がかりなんだ、そうだね!?」

 こいつ、深読みしすぎだ。まあ、俺の死にそうな顔を見ればそれくらいは行っちゃうか。

「もし瑠璃がそんなんだったら、俺はここにいねえで、看病に残ってるよ」

 龍志は胸をなでおろした。大袈裟だってーの!!

「よかった……じゃあ瑠璃ちゃんは無事なんだね?」

「お前なあ、どっちの心配してるんだ?」

「どっちもに決ってるじゃないか、二人とも僕の大切な友人なんだから」

「ならいいけど……まあいいや。ここでウジウジ考えてても何にもならないな!!よし、ヤメヤメ!!旅行を目いっぱい楽しむぞ!!」

「わあ、いつもの亮に戻ったみたいだね。さ、遠藤さんが呼んでたよ、お話でもしようって」

「よっしゃ、行こうぜ!!龍志!!」

 俺は、龍志と仲のいい友達を連れて遠藤をリーダーとする女子達数人の話の輪に入った。やがて名古屋を過ぎたころ……。

「私、ちょっと抜けるね。矢島君、ちょっとつきあって」

 遠藤は、俺を手洗いの方へと導いてから話を始めた。

「どうだったの、あれから」

「全然だめだ、俺が火に油を注ぐ様な事口走ったもんだから……」

「だと思った。あんなに落ち込んだ矢島君は初めて見るもの」

「そんなにひどかったのか、俺」

「うん、見ちゃいらんなかったくらいなんだから。でも、もう平気みたいね」

「おう、折角の旅行なんだから楽しまないとな。その問題は帰るまで保留することにしたよ」

「その方がいいわね。……でも、瑠璃ちゃん一人で寂しくないかな……」

「しょうがないだろ、一緒に連れて来る訳にもいかないし……」

「それは分かってる。だから、せめて毎日電話の一本位は入れてあげてね」

「でも、あれから一言も口を聞いてくれないんだぜ?」

「だからといって会話が不必要な訳じゃないわ!!もう」

 俺の無神経っぷりは自分で気づいていてもどうすることもできないくらいだ。遠藤が、瑠璃と同じ女として怒るのももっともだと思う。

「わかった、今日の夜に一応電話を入れてみる」

「……そうしてあげて。私が気にしてたのはそれだけ。さ、戻ろう」

 遠藤は踵を返して龍志たちの方へ戻っていった。俺も後を追いかけながら、ちょっと引っかかるものを感じていた。それは、何故俺達兄妹の事をこれだけ親身になってアドバイスしてくれるか、ということだ。家に来たときから瑠璃と打ち解けていたしなあ。やっぱり、瑠璃のお姉さん的な立場になってくれているのだろうか。もしそうだとしたら、まだ友達の少ない瑠璃にとって有難いけど。


 そんなこんなで、無事に京都駅に降り立った俺らは、見学のお約束である金閣寺や三十三間堂を巡った後、宿舎である京都市内のホテルにたどり着いた。

「あー疲れたっと、よっこらせ。うーん、畳はいいなあ」

 俺は非常にオヤジ臭く、自グループの部屋の畳に横になった。

「ほんと、疲れたよね。一日目なのにこれじゃあ、明日からどうなるんだろ。ところでみんな、お茶飲むよね?」

 龍志はみんなの為にお茶を注ぎ始めた。まめな奴だ。お土産のサンプル的なお茶菓子をつまんでようやく落ち着いた矢先、今度は食事が運ばれてきた。メニューは……これまたお約束のすき焼きだ。何から何までお約束だが、ナチュラルハイになってるみんなには、そんなことは問題ではなく、むしろ心地よいものでさえあるようだ。第一食い盛りなんだから、食事の献立なぞ基本的にはどうでもいいんだろう。  食事が始まってしばらく経つと御飯の櫃がからっぽになった。普段は小食の龍志も、今日ばかりはお代わりまでしていて、ハイの効果が如実に表れている。

 さて、腹が膨れて一休み、という時に今度はグループの班長集合の号令がかかった。俺は修学旅行委員だけじゃなく、班長も兼ねてしまったから大広間へ足を運ぶと、途中で遠藤と出会った。彼女も班長だったっけ。会合の目的は明日の班行動の打ち合わせだ。そんな事、説明されんでも頭に入ってるっつーの。あくびを一つかました時に、隣にいた遠藤が話しかけてきた。

「ね、矢島君。この後みんなで集まってお話しない?」

「ああ、いいぜ。って、どこで話しするんだよ?先生達の目が厳しいんじゃないのか?」

 すると遠藤は、すすっ、と身体を寄せてきて、

「消灯前だったら平気よ。私達の部屋へ来て。部屋の場所は……」

 とても魅惑的な耳打ちをしたのだった。彼女の、髪の甘い香りが微かに飛んできて、俺の鼻腔をくすぐった。



 部屋に戻って、「女子の部屋に遊びに行こう!!」ツアーの参加者を募った所、俺達のグループ6名全員の参加が決まった。龍志はちょっと怯んでいたみたいだが。みんなを引き連れて教わった通りの部屋のドアをノックすると、ドアが少しだけ開き、その隙間から遠藤が顔を覗かせた。

「どうぞ、入って」

 俺の顔を確認すると、ドアを完全に開けてくれた。遠藤と同じ班の女子たちが、既に敷かれていた布団の上に座っている。全員浴衣を着込んでいて、そこはかとない色気を醸し出している。ここにいるのは顔馴染みの子ばかりだが、こういう状況になると、どうしてみんな魅力的にに見えるんだろう。やっぱり、旅行というのは開放的になるんだな。道理で修学旅行カップルが増える訳だ…その代わり日常の生活に戻れば、そのカップルもあっという間に解消する道理だが。  布団の上で車座を作ると、ごく自然に遠藤が隣に座った。ほんとに、ごくごく自然に……。

 しばらく話をしていると、遠藤の機嫌がすごくいい事に気がついた。よく喋るし、よく笑う。活発そうな外観にぴったりだ。良く考えたら、一か月前には考えられない程に遠藤と親しくなっていたんだなあ。それまではちょっと話をした事のある、単なるクラスメイトだったし、美人で活発という点以外の個性を感じるほどの接点があるわけでもなかったもんな。

「なあなあ皆、今恋愛してる?してる人は挙手!!」

 男子グループの一員、お調子者の万永が突然切り出した。やっぱりハイになってるらしい。修学旅行の夜には多少ベタな話題だけどね。さて、手を挙げた人数だが、10人中9人。遠藤も手を挙げている。唯一手を挙げなかったのは俺だ。龍志までが恋をしてるらしい。

「龍志、お前好きなコ出来たのか?」

 思わず聞くと、龍志は頬を染めて頷いた。

「うん……まだはっきりとは分からないんだけど」

 まだはっきりと分からないって言うからには、その子と知り合って間も無いってことだろうか?そんな龍志の淡い恋心は、みんなにとって興味深い事実らしく、色々と話を聞かれている。

「へえ、榊原くんがねえ。今まで恋愛に興味が無いような感じだったのに。そういえば、葵も手を挙げてたよね」

 女子の中でもお喋りな川村妙子が話題を遠藤に振った。

「え、うん」

「葵みたいに美人だったら男は選び放題なのに、今までつき合ってるって話は聞かなかったから、不思議だったんだ。ねえ、誰なの?名前が無理ならどんな感じの人か聞かせてよ」

 俺もききたーい、私もききたーいと皆がはやし立てるので、遠藤はしょうがないなあと言いながらも男の人柄を告白し始めた。実は俺も興味津々だったりする。

「その人はね……第一印象はすっごくクールでとっつきにくそうな人だったの。だけど、いざ話をしてみると意外に面白い人で、勉強にはあまり興味は無いみたいだけどいろいろな事を知ってて、スポーツは何でもできて、友達が多くて、考え方が前向きで……とにかく、色んな面で私を惚れさせちゃった訳よ」

 恋愛の告白が照れくさいのか、最後は茶化して、しかししっかりとその男への思いの強さを宣言した。

「うわーっ、もうベタボレじゃない。その人、葵の存在に気づいてるの?ウチの生徒?」

 その川村の問いに、遠藤の表情が曇った。

「うん、近くにはいるけど、たぶん気づいてないと思うな。でもいいんだ。今は、あの人のそばにいられるだけで幸せなんだから……」

 なんだか、場がしんみりしてしまった。遠藤は慌てて取り繕う。

「ヤダ、ごめんね、こんな話しちゃって。妙子の方はどうなのよ、私がこれだけ喋ったんだからあなたも告白しちゃえ!!」

 遠藤くらい美人でいいコに好かれてるんだ、きっと校内でも、名前を聞けば皆がうなずく程有名ないい男なんだろうな。サッカー部の阿波野か、生徒会長の三年の権藤さんか……一瞬曇った遠藤の表情は、すぐにいつもの快活な笑顔に戻っていた。俺は、その切り替えの早さや、自分の生き方をしっかり持っている彼女は……俺のカンではあるんだけど、過去に、苦しい背伸びした恋愛をしてきたんじゃないかと思うようになっていた。何故ならそれは……大人になるために身に付けていなければならないものだろうから。



 俺は、遠藤達とのお喋りが終わってすぐに電話を掛けられる場所へ。もう就寝時間も近いから、周囲は一応は静まりかえっている。あんまり長話もできないが、せめて声を聞こうかどうかとスマホをいじりながら悩んでいると……。

「矢島くん」

 これからかけようとした矢先、声を掛けてきたのは遠藤だった。

「瑠璃ちゃんに電話するんでしょ?」

 どこか冷めた目つきのその言葉は、暗に俺を責めているとみて間違いないだろう。

「も、もちろんそのつもりさ」

「……まあいいわ。もうすぐ就寝時間だけど、見回りの先生が来ないようにするから、早く連絡してあげて」

「さんきゅ」

 その好意を、俺への後押しだと有難く受け取り、家へ電話を掛ける。遠藤は、周囲を警戒するのと同時に、俺が瑠璃に連絡するのかどうかを見張っているようだ。それはそれで少しだけ緊張する。

 急いで瑠璃を呼び出す。何回かのコールが何とももどかしい。コール一回ごとに後押しされた気持ちが揺らぐ。いっそのこと、そのまま出ないでくれと最低のことも考えてしまったが……結局八回目のコールで向こうと繋がった。

「……」

「俺だ、亮太郎だ」

 聞いているはずなのに、それに一切構わず語りかける。

「どうだ、何か変わった事はあったか?」

「……」

「今日の飯は何食った?」

「……」

 俺が何を聞いても、瑠璃はダンマリを決め込んだままだ。

「独りで寂しくないか?」

 しかし、最後と思って言ったこの質問の応答は、今までとは明らかに様子が違っていた。

「寂しいよ、すっごく」

「!!!!!!」

 その鼻に掛かった声からして、ベソをかいていたらしい。俺が言葉を続けようとしたちょうどその時……。

「おい、もう消灯だぞ?電話なんて明日にしろ、明日に」

 先生が見回りに来やがった。世の中には明日じゃ遅過ぎる電話もあるっていうのに……仕方がない、今日の所は諦めるか……。一言瑠璃に断ってから通話を切ろうとしたが、スマホの画面は無常にも通話終了を伝えていた。通話時間、ほんの数分。通話の物理的な時間に反比例して、瑠璃の沈み込んだ気分が余計に伝わってくるようで、改めて瑠璃に与えてしまった傷の深さを理解し、心中で詫びた。


「矢島君、瑠璃ちゃんは何て言ってた?」

「最初は無言だったけど、寂しいかって聞いたらすっごく寂しいよって……」

「そう……。じゃあ、また明日掛けてみれば?」

「ああ……」

 遠藤と別れて部屋へ戻った後も、瑠璃の半ベソの声が耳について離れる事は無かった。桜を見に行った時にもう二度と聞くまいと思った、悲しい涙声だった。


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