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「あおい」 高二

「……と言う訳で、修学旅行委員に立候補したい者は挙手されたし!」

 まだ四月も上旬だっていうのに修学旅行やなんたらって言っているのは、この高遠高校が一学年に一回ずつ旅行を組んであるからだ。一年の時の旅行から半年しか立っていないというのに、もう二回目があるなんて……。それらの費用も、バカ高価たかい授業料の勘定に入ってはいるのだろうが。  しかし、俺の耳には退屈な話は右から入って左から出て行ってしまう。ぽかぽかした春の午後の麗かな陽気と、瑠璃特製弁当を平らげた後の満腹感とが相まって、アクビを噛み殺しながら話を聞き流していた。すると、

「はい!!私、立候補します」

 と、遠藤葵が手を挙げた。誰も手を挙げないのを規定路線にしていたに違いない担任の今井勇太郎(通称ユウさん44歳)は、大きく相好をくずした。

「よし、他に立候補がいないなら、女子の委員は遠藤にやってもらう。遠藤、男子の中に推薦したい奴はいるか?」

 その時、俺はもう机に突っ伏していた。耳は聴こえているが、どんな会話も音としてしか頭に入っていっていない。  (ね、眠い…)  午前中にあった体育の授業(マラソンだ…久しぶりに張り切って走っちまった)の疲れとも相俟って、鉛の錘を瞼にぶら下げているようだ。

「そうですね……、じゃあ矢島君を」

 おおっ、というどよめきが教室内にこだました。誰だか知らんがご苦労なこって。遠藤もなんで矢島なんて奴に矢島……矢島……!?急に意識が覚醒してくる。瞼にへばりついていた鉛は、どっかへ飛んでいってしまった。

「だそうだいいよな矢島そうか引き受けてくれるか。二人に拍手!!」

 ユウさんが、俺に口を挟む暇も与えず音頭を取ると、安堵から来る盛大な拍手が鳴り響いた。みんなめ、自分がなりたくないばかりに…!!

「ええと…俺に拒否権は?」

 醒めたと言えど、未だ寝ぼけた頭で聞くと、クラスの皆が一斉に首を横に振った。

 お前ら、こういうときだけ何で調和が取れてるんだ?



「ったく、拒否権も無しかよ。しかも、旅のしおり製作まで引き受けるハメになるとは!去年の旅行のしおりも俺が当番になっちまったけど、面倒くさいんだよな、ホントに。おい遠藤、何でパートナーが俺なんだ?」

 放課後の教室で、早速しおり作りで居残りになった俺は、不機嫌そのものの口調で、向いに座っている、全ての元凶の遠藤に聞いた。

「まあまあ、そう怒らないで。私が矢島君を指名したのには訳があるんだから」

「訳?」

「うん。一つは、矢島君のデザインセンスを見込んで。私、一年の時ね、修学旅行のしおり見て感動しちゃったの。こう……なんて言うのかな、簡単に言うと、全体的なバランスがすごく良くて。その時の女子委員の森山さんに聞いてみたら、文章のレイアウトから表紙のデザインまで矢島君の仕事だって言うじゃない。ああ、世の中にはこんなセンスのある人もいるんだなって思って」

「あの時は森山が寝込んじまったから仕方なく一人で作業したんだが…それだけ誉められりゃあ報われた気分だな。それにしてもヤケにデザインにこだわるな」

「だって、学年全体の眼に触れるのにダサイ物は作れないでしょ?クレジットに名前が載るし。それに、将来は出版関係の仕事に携わりたいと思ってるから、センスあふれる人の思考や空気を少しでも吸収したいの」

「そんなもんかねえ、たかが修学旅行のしおりで」

「そんなもんなのよ、これが」

 俺のデザイン力をイケてると誉められたのは初めてだな。ちょっとくすぐったいや。

「まあ、そんなに誉めてくれるのなら遠藤の思惑に乗せられて、ちょっと頑張ってみようかな」

「その意気、その意気!!期待してるよ、天才さん」

「おお、やる気が出てきた!!任せとけ」

 つくづく、俺はノリ易い人間だと思う。



 作業を始めてから一時間半が経ち、五時を回った。外はもうすっかり夕暮れ時だ。俺はイスからひっくりかえりそうな位のノビをした。

「疲れた?」

 資料と首っ引きでしおりの見所を書き出していた遠藤が、顔を上げて言った。

「ああ、物書きなんて普段は縁がないし……況してや運動疲れとは訳が違うからな」

「それもそうね。じゃ、今日はこれ位にしておきましょうか」

「賛成だ」

 遠藤も、一つノビをした。背をそらすと、制服の上からでも胸のラインが綺麗なのがはっきりと分かる。遠藤がノビを終えると、俺は慌てて視線を胸から逸した。

「ね、帰りにお茶していかない?私、咽渇いちゃった」

「おお、いいね」

「じゃあ、旅行委員を押し付けたお詫びにおごってあげる」

 遠藤はテキパキと資料を片付け始める。

「いいのか?」

「もちろん。さ、行こう」



 と言う訳で、俺は喫茶館の窓際の席で、遠藤と向い合って腰を降ろしていた。お勧めのお店があるから、と自信満々に連れて行かれた先がここだ。俺はここの常連だ、とはあえて言わないでおいた。

「矢島君は何にする?」

「特製ブレンドと……腹が夕飯まで持ちそうにないな……自腹でサンドイッチでも頼もうかな」

「あ、いいの、それくらい。私に出させて」

「いや、それは流石にちょっと…」

 遠慮しようとしたが、

「だーめ。どうしてもおごらせて。これから先、矢島君の力をたーっぷり借りることになるんだから、今の内に恩を売っておかないとね」

 と、強引に押し切られてしまった。

 遠藤は、ウェイトレスを探して……響子さんに声を掛けた。

「すいませーん、お願いしまーす!!」

 響子さんは、すぐにこちらにやってきた。店内はそれほど混んでいない。

「あら、葵ちゃん、いらっしゃい。亮君とのカップリングは初めて見るわね」

 俺と遠藤は顔を見合わせた。

「なんだ遠藤、ここを知ってるとは通だとは思ったが、それどころか常連客だったのか」

「そういう矢島君も、響子さんと結構親しそうじゃない」

 遠藤が訝る様な顔で言う。

「何を勘違いしてるんだよ、ここの珈琲に惚れて惚れて…通い詰めてる内に常連になっちゃっただけだぜ」

「惚れたのは珈琲だけ?働いてる人にも惚れちゃったんじゃないのぉ?」

「あくまで珈琲が先だ…って、何を言わせるんだ。第一、響子さんに惚れない男が居るもんか…って、そうじゃなくて」

「へーえ、ほーう」

 遠藤は、俺が慌てる様を楽しげに「観察」している。どうにも参った。

「まあまあ葵ちゃん、亮君いぢりが楽しいのは分かるけど、それくらいにしてあげて。根は純情な子なんだから。それよりご注文は?」

 響子さんの、フォローになってるんだかなっていないんだか分からない仲裁だったが、俺にはもちろん、差し伸べられた観音様の手の如しだ。

 注文を済ませ響子さんが立ち去ると、俺達は沈黙タイムに入りそうだった。いざ二人っきりで、何の作業も無しで向かい合うと、やはり照れくさい。が、それを打ち破ったのは遠藤の方だった。

「そう言えば矢島君、妹さんが出来たっていってたけど…何て名前なの?」

「え……瑠璃。玻璃瑠璃の瑠璃」

「そうなんだ……何歳?」

「15。中三」

「ふうーん…」

 龍志もそうだったけど、遠藤も唐突に瑠璃に関しての質問をしてきた。どういうつもりだろう。

「可愛い?」

 おまけに、その部分だけテーブルから身を乗り出さんばかりに聞いてきた。

「な、何でそんな事聞くんだよお!!」

「いいから答えて。可愛いの?」

「ああ…客観的に見ても、かなりの美少女っぷりかな」

「そうなんだ、羨ましいな…。それにしても矢島君って素直ねえ。謙遜して『そう可愛くもない』とかって言わない?」

「謙遜するも何も事実だからな…俺は美しいと感じるものは素直に認める質なんだ」

「へえ……。感心した」

 変な所で感心するよな、遠藤って。やはり、凡人とは着眼点が違うのかな。


 喫茶館を出た後、遠藤を家まで送ってやることにした。遠藤は帰り道じゅう修学旅行の話をしていた。なんでも前に一回、京都奈良方面には家族で旅行に行った事があるそうで、いろいろと見所を教えてくれた。

「私、ああいう神社仏閣に興味があるの。17歳の人間にしてはババ臭い趣味だって思う?」

「別にそうとは思わないな。ああいう和風の物を見るのもデザインの目を養う修行になるからだろ?」

「それもあるけど、何百年も昔の人が今私と同じものを見ていたと思うと、すごく……こう、何て言うか時代を越えて昔の人と会話してる様な気になって、とにかくロマンを感じちゃうの。私、変かな?」

 活発そうな外観の割には結構ロマンチストなんだな。なまじキツそうに見えるだけにそういう部分はすごく新鮮だった。

「いや、いいと思うぜ。気にする事はねえよ。むしろ、俺も好きな方かな」

「良かったあ、理解してくれる人がいて。友達に言っても変わった趣味ねって答えだけだったから」

「趣味嗜好なんて、ちょっと変わってるくらいで丁度いいんだよ。俺はいいと思うぞ、これホントに」

「ありがと。あ、ここでいい。じゃ、また明日ね!!」

 遠藤は手を振りふり、夕日に後ろ姿を染めて駆けていった。そーか、あいつは未来に対して目標があるのか。そういう俺は、一体何をやりたいんだろう?

 みんなはもう、目標を見つけているのだろうか。

 ひょっとしたら、俺は取り残されてはいまいか。

 そんな漠然とした不安を抱きながら、高二の春の一日は過ぎていった。


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