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Pure Girls

数日後。

 その日、俺は瑠璃よりも先に帰宅したようだ。いつも見慣れた、ブラウンの小さなローファーがない。

 (あれ?いつもなら瑠璃の方が早いのになあ。寄り道でもしてるのかな?)

 今日の食事当番は俺だから、夕飯前に帰ってくればいいだけの話なんだけど。

さて…今日の夕飯は、亮特製ビーフカレーにでもするか。そう思って作業を始め、最後の締めである煮込みにかかった時、がちゃりと玄関を開ける音がした。続いて

「ただいまー」

 瑠璃の、良く通る落ち着いた声色が玄関から聞こえた。玄関のドアを開けた時点で「ただいま」を言うあたり、瑠璃の几帳面な性格を現しているかのようだ。何故かって、俺と顔を合わせたら、もう一回「ただいま」を言うのだから。

「お邪魔します」

 聞き慣れない声がした。

 おや?これは誰だ?ま、瑠璃の友達と考えるのが妥当だよな。エプロンしたまま、玄関へ顔を出す。すると、靴を脱ぎかけている瑠璃の隣には、彼女と背丈が同じくらいの女の子が立っていた。

「あ、おにいちゃん。紹介するね。この子、水上愛菜まなちゃん」

 瑠璃が紹介すると、愛菜ちゃんはぺこり、と頭を下げた。ショートボブがふわり、と揺れる。

「お兄さん、初めまして。愛菜って言います。よろしく!!」

「あ、ああ、よろしく」

 にっこりと、向日葵のような満面の笑顔で挨拶され、その元気少女っぷりに圧倒されてしまう。が、すぐに我を取り戻した。いやいやその元気さ。いいじゃないか、大いに結構。

「じゃあ上がって。お茶でも入れるから」

「はい。お邪魔しまーす」

 瑠璃と愛菜ちゃんは、二階の瑠璃の部屋へと上がっていった。何気なく階段見上げると、瑠璃は淡いピンクで、愛菜ちゃんは純白だった。………ア、アホか俺は?何を中学生相手に覗きを働いているんだ。だって、二人の制服のスカート、めっちゃ短いんだもん!!短いなら覗いてもイイって訳じゃないけど、あの二人、全く無防備なんだぜ。無防備だったら覗いても……って訳でもなくて!!くれぐれも言っておくが、覗いた訳じゃないぞ。あくまで、見えてしまっただけだ。あの歳だったらもうちょっと、男の視線って物に気を付けても……。

 もういい、俺は邪念を振り払い、お茶の支度を始めた。そういやあ、瑠璃の制服姿を見るのは初めてだよなあ…。校長はスペアの制服があるとか言ってたけど、結局瑠璃は、前の学校の地味ーなブレザーを着たままだったし。本当だったら今日の朝に初お目見えする予定だったけど、瑠璃が学校の用事で早出したから、まだ見てないんだ。

 コンコン。

 ティータイム一式を乗せた盆を片手に、軽くノックをする。

「どうぞー」

 ドアを開けると、部屋の中には既にいい香りがたちこめていた。

「紅茶にしたけど、いいよな?」

「うん。愛菜ちゃんは?」

「私は、お兄さんが入れてくれた物なら、なんでも。」

 俺はその言葉を聞いて、思わず赤面してしまった。な、ナニを想像してるんだ、俺は?おかしい。今日は変だ。確かに、ごく最近別れた彼女の時から、一ヶ月は御無沙汰だ。しかしそれくらいで、初対面の中学生相手に色惚けになってしまうとは、当底思えない。だが俺の赤面ぶりは、愛菜ちゃんにははっきりと解る程のもんだったようだ。

「どうしたんですか?顔、真っ赤ですよ。お身体の具合でも悪いんですか?」

「い、いや、何でもない。あ、俺、お茶菓子持ってくる」

 俺は、だーっと部屋を飛び出し、台所でふーっと大きな息を一つついた。深呼吸を繰り返すと、徐じょに落ち着いてくる。それにしても……。何だったんだろう、あの感覚は。そうだ、おそらく、「おんな」が二人もいるせいだ。んな、馬鹿な。相手は中学生だぞ。

「おにいちゃん?」

 気がつくと、瑠璃が台所にいた。

「大丈夫?身体、おかしい所ない?」

「ああ、俺はいたって健康体だぜ」

「そう、もう顔も赤くないね。よかった、安心した」

 ん?ひょっとして、心配して下りてきたのか?

「優しいんだな、瑠璃って」

「え、な、なに?急に」

「心配してくれたんだろう?」

 瑠璃は、もじもじと視線を床に落した。

「そんな。優しくなくたって心配するよ。だって、私のただ一人のおにいちゃんだもの」

「ん、そうか……。そうだよな」

 今まで心配してくれる人もいなかったからな。ちょっと感動してしまった。感動ついでに……。

「制服、届いたんだな」

「え、あ、そっか、初めてよね。せっかく今日」

 瑠璃は、くるりとその場で一回転した。プリーツがたっぷり取ってあるデザインのスカートだから、それに合わせて、布地がふわりと舞う。

「似合ってる?」

「ああ、とっても」

「うれしい……」

 はにかむ表情が、とってもプリティーだ。二人は意味も無く見つめ合った。その時。

「瑠璃ちゃん?」

 愛菜ちゃんが降りてきた。彼女の声で俺と瑠璃は、はっと我に帰る。

「どうしたの?おトイレって言ったのに、随分長いから。お兄さんもお菓子取りに行くって言って、帰ってこないし」

「あ、ご、ゴメン。今行くから」

 俺は、手近にあった菓子の袋をひっつかむと、階段を駆け昇った。瑠璃はというと、そこに立ち尽くしていた。やばいやばい、愛菜ちゃんがいるのをすっかり忘れてたぜ。瑠璃の部屋に入り、しばらく経つと、二人が入ってきた。愛菜ちゃんはしばらくケゲンそうな表情をしていたが、結局興味の対象を俺に移したらしく、質問責めに遭った。それこそ、誕生日から血液型、身長から体重まで。そしてとどめは、

「お兄さん、今、お付き合いしてる人いますか?」

「い、いないよ」

「へえ……。でも、今までに恋人はいた事あったんでしょう?」

「ん、まあね」

「やっぱり。お兄さん、かっこいいから」

「そうかなあ?自分じゃよく分からないけど」

 何が言いたいんだろう?それから俺は、雨あられと質問責めに遭い、くたびれたことこの上なかった。

「それにしてもよく喋る子だな」

 愛菜ちゃんが帰った後で…俺は溜息混じりに感想を漏らした。

「ほんと。でも、とっても親切な子なの。転校初日で緊張してたら、前の席の愛菜ちゃんが色々話し掛けてきてくれて…」

「そうなのか…ま、あの子なら、誰とでもすぐ友達になれそうだよな」

「うん。私、愛菜ちゃんに感謝してる。学校案内までしてくれたんだよ」

 新しい学校に不案内な瑠璃に、早速出来た友達。瑠璃はあんまり人付き合いいいようには見えないから、結構安心した。

 着替えると言う瑠璃を残して、中断していたカレーの煮込みを再開しながら、瑠璃のプロポーションの事を考えていた。俺のスキルである、着衣上スリーサイズ測定によると、上から74/53/73という数字がはじき出される。中二でモデルやってる子がいることを考えると、まだまだ発達途中か。しかし、将来有望と思うぞ。特に、腰回りなんてなかなかのもんだ。こう、細いけど割としっかりしてて……。いや、腰だけじゃなく足首もいいかな……。そんな不埒な妄想に浸っていた罰だろうか。サラダに飾り付けるリンゴをむいている時に、つるんっと包丁が人差し指の上を滑った。

「痛っ!!」

 自分でも血の気が引いていき、脂汗が出るのが解る。恐る恐る傷口を見る。最初は小さかった血の球が、見る間に大きくなっていった。なるべくなら見たくは無いが、傷口の確認はしておかにゃならん。血の球は、表面張力の限界ぎりぎりまで膨らんだ。

「どうしたの?」

 ちょうど、瑠璃が着替えて台所に降りてきた所だった。指を押さえる俺を見て、何をやらかしたのか察したらしい。

「切っちゃったの?!見せて!!」

「平気だ、いいよ」

「ダメっ!!ほらっ!!」

 半ば強引に指を奪われた。血を見て、俺の力が抜けかかっていたせいでもあるだろう。

「あーあ、血が出ちゃってる。でもそんなに深くないね。これなら……」

 瑠璃は、そう言うとやおら俺の指を口に含んだ。

「んっ……」

 瑠璃の口腔内で、舌が俺の指の傷口を嘗める。次第に、ちゅばちゅばという音まで聴こえてきた。どうやら、流れ出る血を吸い取っているらしい。が、これは明らかに、そして殆どアレの疑似行為じゃないかっ。そう想像した瞬間、不覚にも身体の一部が硬くなっていく。守るべき妹に対して、なんて不埒な妄想を!!と言っても、今はそれどころじゃない。

「おい、もういいよ!!」

 みっともないテントを見られないように体をくねらせながら、俺は指を瑠璃の口腔から引き抜いた。

「あんっ……もう」

 何が「もう」だよ、ほんとに無防備なんだから。指先は、瑠璃の唾液でてらてらと光っていた。瞬間、俺はその指を口に含みたい衝動に駆られた。マズイ、そこまでやったらマジで変態だ。

「拭いてあげる」

 瑠璃は、俺の指を台所据え置きのティッシュで拭い、薬箱から出した傷バンドを器用に巻きつけた。

「これからは気を付けてね、おにいちゃん。ところで、もう御飯の支度はできてたの?」

「ああ、後はサラダだけだったんだけど」

「分かった。後は私がやるから、おにいちゃんはお皿とかを出して」

 命じられるがままに、茶箪笥からスプーンや何かをテーブルの上に置く。その間にも、俺は包丁を使っている瑠璃の後ろ姿を横目でちらちら見ていた。こういうの、いいなあ。今まで食事を作ってくれる彼女はいたけど、こうまでテキパキした動作を見せてくれた子はいない。やはり、前の家では何もかも自分でやっていたんだろう。

 

………俺と同じだ。


 でも、瑠璃にはもう家族はいない。だから、俺が守ってやるんだ…。

もう、寂しい想いなんてさせない。

 包丁を操っている後姿を見るだけで過去を推察し、これほど覚悟を決めさせる程に…、俺はこの、色白の、清楚で儚げな美少女に、心惹かれてしまっていた。

そう、自分でも気づかないくらい、とても強く。


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