Heart-test
「漣」から帰って来てからそう間を置かず、俺と瑠璃は、ごく親しい間柄だけで山へのキャンプへ行く事になった。感覚的には、矢島家には着替えを取りに帰って来ただけに近い。
我ながら、随分と慌しく夏を楽しんでいると思うが、周りが皆口を揃えて「来年は受験勉強でそれどころじゃないので、今年は目いっぱい遊ぶ」と言うもんだから、進路の定まっていない俺までつられて遊びに勤しむ気になっていたのだ。
目的地は……またもや伊豆。とはいっても、今回は「漣」からは随分と離れた所らしい。要するに、伊豆は手ごろな距離の割には、遊べる場所が沢山あって結構、という事だ。
キャンプをするとは言っても、今回は車を運転する人間もいないし、殆どの食材関係はキャンプ場での現地調達になる模様だ。二泊するだけだからそんなに荷物は多くならないから、割と気軽に出かけることが出来る。
待ち合わせ場所の東和吉駅改札前。この前は約束30分前に家を出て慌しかったから、今回はその反省から早めに家を出ようとしたら、30分前に着いちまった。
傍らに立っている瑠璃は、何故かそわそわしていた。視線があっちこっち向いて落ちつかないったらありゃしない。
「おい……どうした?やけに落ち着きが無いが……」
「だって……私、年上の人と何を話していいか分からないんだもん……」
……そうか。考えてみればその通りだ。今まで、年上の人間との接点なんて、俺と龍志と遠藤と響子さん、そして中学校の教師連中ぐらいだもんな。ま、普通の中学三年生なんてそんなもんか。ただ俺としては、しっかりと人と交流して、色々な部分を吸収し、自分の見識を広めていってもらいたいとは思ってる。今回、一緒にキャンプに行く連中なら、素性も性格も申し分の無い奴らだから、きっと初対面でも瑠璃の事を可愛がってくれるに違いない。
「大丈夫だよ、瑠璃。そんなに心配するな。皆いい奴だから、遠藤と接する時のようにしてりゃいいんだ。いざとなりゃ、龍志や遠藤がフォローしてくれっから」
「うん……」
頷いたけれども、瑠璃はまだ不安そうだ。ま、無理も無い。
二人で缶コーヒーを啜りつつ待っていると、約束の時間丁度になって、全員が纏めて姿を現した。参加者は……
男:
俺、矢島亮太郎。
万永達哉。
榊原龍志。
島田透。
女:
遠藤葵。
川村妙子。
駒田理恵。
矢島瑠璃。
ちょうど4対4。修学旅行の時、一緒の部屋でお喋りしていたメンバーの殆どだ。
彼らが来るなり、瑠璃が緊張した面持ちで、ぺこっと深く頭を下げる。あらら、相当緊張してるな、これは。
しかし、そんな緊張をよそに、先ず遠藤が
「おはよう、瑠璃ちゃん、矢島君!!」
瑠璃の緊張を払うべく、いたって気さくに声を掛けた。それに合わせたのか、川村や五十嵐も、
「初めまして、瑠璃ちゃん!!うわー、葵の話には聞いていたけど、すんごーーーーく可愛い~」
「ほんとほんと!!お人形さんみたーい!!」
と、瑠璃を早くも可愛がってくれていた。ちやほやされた瑠璃は、何が何だか分からず、頬を染めて困惑している様子だ。しかし、悪い気分ではあるまい。
こうして皆が瑠璃に親しくしてくれると分かった以上、もう心配は要らないな。川村に頭をなでられ、五十嵐にはどうもおかしな位熱の篭った視線で見つめられている。安心して彼女らに任せられそうだ。幾ら俺が兄とはいえ、女同士でなければ出来ない話も色々とあるだろうし、とにかく楽しんで欲しい。
「矢島君」
遠藤が、その微笑ましい光景を横目に、俺に声を掛けてきた。
「おう、ありがとうな、瑠璃まで誘ってもらって」
「当たり前じゃない。家に瑠璃ちゃんだけ残しておくつもりだったの?」
そういえばそうだ。いざとなったら、愛菜ちゃんの家にでも泊まりにいくとは思ってたけど。
「感謝するよ」
「もう……」
何故か不機嫌になる遠藤。うーむ、女心という奴は本当に分からない。さっきまでコロコロ笑っていたかと思えば、急に不機嫌に成りだすのだから……
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取り合えず鈍行に乗り、電車とバスを乗り継ぐこと数時間。その間、楽しく話をしたり、ゲームをしたりで、瑠璃は皆とすぐに打ち解けた。ひょっとしたら、遠藤が手を回しておいてくれたのかもな。感謝しなくちゃ。
さて、凸凹道をとことこ上がったバス停を降りてしばらく歩くと、キャンプ場の看板が見えてきた。周囲は既に森の中で、時折鳥の鳴き声が聞こえる以外はいたって静かだ。自分の家から数時間でいける距離に、これ程の自然が残っているのは嬉しい。日本もまだまだ捨てたモンじゃない。
キャンプ場に入ると、他のキャンプ客の車が駐車場に並んでいる。ここまで自動車で来て、キャンプをしたつもりになっているのか……。でも、俺達だって殆ど着替え以外は手ぶらで来ているから、本格派から見れば邪道極まりないだろうが。
色々と準備をしつつ、森の中に入ってゆくと、身体中が新鮮な空気を取り込んでいるのが感覚的に分かる。やはり、人間は自然と一緒に生きるべきなんだと、つくづく思わされるな。
泊まりも、テントなどを自前で設営するつもりはさらさらなく、現地のバンガローを借りるという、ごく安直なキャンプだが、余計な荷物を持っていって苦しい思いをするよりよっぽど気楽だ。それだけに、本格派の客を見るたび、なんとなく引け目も感じてしまうけれど。
俺達が選んだ場所は、森の中ながら上流のすぐ傍の清々しい場所だった。川の流れで弾けた水が冷ややかな空気を運んできて、今は本当に夏なんだろうかと疑うほど心地良い事この上ない。早速スイカまで冷やし、流れないように石で堰を作る。皆は食事の支度に大忙しだが、その間にも、代わる代わる瑠璃に声を掛けてくれている。お陰で、瑠璃が談笑する姿まで見られて、こちらまで嬉しくなってしまった。
そんな姿を見ながらニンジンを切っている俺に、遠藤が横から突っ込みを入れてきた。
「何をニヤニヤしながら見てるの?お兄さんとしての気持ちは分からないでもないけど」
「うん……やっぱり、いいもんだなと思ってな」
「ふふ。すっかりお兄さんの顔ね」
遠藤はそう言って、自身も瑠璃を優しい眼差しで見ていた。
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その後……全員でバーベキューをしたり、スイカを食ったりしていたら、すぐに辺りは暗くなった。8月とはいえども、お盆を過ぎれば日が目に見えて短くなる。一日ごとに短くなってゆくのが分かるから、その分だけ寂しさが募るのもまた事実だ。
で、そんな夏の夜のの定番といえば……
「それでは、これから肝試しを行いまーす」
だそうだ。こんなもの、高校生がやるもんじゃないと思うけど……まぁ季節ものだしな。ここは一つ乗っかるとしよう。
いつの間に作ったのか、川村がくじを持っていた。割り箸に書いてある番号同士がペアを組むんだそうな。男同士の寒いペアが出ないように、男女に分けてくじを引かせるようだ。ちなみに俺は……4番。俺と組むのは……
「はーい、4番誰ですかー?」
遠藤だった。ちなみに、瑠璃は島田と、龍志は駒田と組む様子だ。瑠璃を他人に任せるのは不安だが、島田なら大丈夫だろう。奴は、気は優しいが力持ちといった、物静かなタイプだ。きっと瑠璃にも気を使ってくれるに違いない。
「遠藤、4番は俺だ」
進み出ると、
「そうなんだー。矢島君で良かったかも」
「何でだ?」
「教えてあげなーい」
妙にはしゃぐ遠藤。いつもの落ち着いた遠藤を見慣れているからか、とても新鮮な姿に映った。彼女が歩く度、柔らかなショートカットが楽しげに揺れ、そしてふわりと元に戻る。実を言うと、俺はその様子を見るのが大好きなんだよな……勿論、本人に言えるはずも無いが。「遠藤の髪が好きだ」なんて、彼氏でもなければ言えない台詞なんだから。
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と、すぐにスタートすると思いきや……川村は皆を座らせた。
「えー、これから向かうお堂の近くで、今から百年ほど前、明治時代に、ある事件がありました……」
いつもとは違う口調で、突然話をし始めた。あまりの唐突ぶりに、皆が一斉に聞き耳を立てる。
「この近くに、近くの農家の娘さんが良く山菜取りに来ていたそうです。しかし……しかしある日!!」
そこで語り口調をがらっと変え、重々しい口調になる。 うーん、怪談、という訳か。肝試しを盛り上げるという点では、必須アイテムだな。
「ある日、その娘さんがお堂の中で変わり果てた姿になっているのを、通りかかった猟師が見つけました。犯人は全く見つからず、またその手がかりも全くなかったという事です。……しかしその次の日!!!!」
「きゃぁあっ!!」
突然悲鳴が響き渡ったものだから、すっかり怪談に聞き入るモードになってしまっている俺達も、少なからず飛び上がった。見ると、遠藤が赤くなって俯いていた。とすると……今の悲鳴は遠藤……?
「あ、あはは、急に虫が背中に入ってきちゃって……」
遠藤は、頭をかきながら弁解した。
「そ、そう。で、死体が発見された次の日!!」
変わらずに話を続ける川村。だが……
「ひいっ」
再び、遠藤が叫ぶ。
「あ、あの、葵!?」
「な、なんでもないの、あは、は……」
「……??でね、その次の日、娘さんの弟が、自分達の父親に向かって言いました。「お父さん、どうして昨日からお姉ちゃんを連れて歩いているの……?」」
「きゃあああああああーーーー……あ……あ゛?」
思いっきり叫び声を上げた遠藤が、自分の置かれて状況に気付き、顔中真っ赤にして座りなおした。そんなに恐い怪談じゃないと思うんだが……
「違うの、また虫が……ね?分かるでしょ?その不気味さが……」
まぁ、こんな怪談で恐がるほど肝の小さい奴じゃないと思うから、きっと言うとおり虫の所為なんだろう。それでも、普段見慣れていない遠藤の可愛らしい姿を見れたことは収穫かな。
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「それでは概要を説明しまーす。といっても、ルールは簡単。しばらく林道を歩いた先にある古びたお堂から、昼間のうちにおいて置いた目印の石を取ってきて、ここに戻ってくるだけでーす。あ、石は真っ赤にマジックで塗ってあるから、すぐに分かると思いまーす」
……川村がやけに張り切って解説している……けど……いくらなんでも真っ赤に塗るってのは、肝試しにはマッチしすぎなんじゃないか……!?第一、キャンプ場でよくそんな所を見つけてくるものだ。そんな下調べだけはきっちりやってるのか?
話によれば、お堂までは約300メートル程らしい。一本道だから迷う事はないそうだが、周りが明かりの無い森の中だから、不気味さは一応確保されている。
先ずは龍志と駒田がスタートした。無事一組が帰ってきてから次の組がスタートする事になっている。誰かが残ってないと、何かがあった時に困るからなぁ。しっかし……二人って結構お似合いなんじゃないか?駒田は大人しくて、何だか前から龍志を意識しているような素振りさえも見せている。本人達がどう思っているかは知らないが、二人とも身体が小さいから、見ていて微笑ましくもある。やたらに恐がる駒田を宥めながら森の中に入ってゆく龍志は、見かけによらずちゃんと男の子していた。
「駒田って……相当な恐がりだったんだな……」
「わ、私もちょっと引いちゃった……あはは」
遠藤が汗をたらしながら笑った。その時は、駒田のあまりの恐がり様に苦笑いをしていると思ったんだが……
20分ほどで二人が戻ってきた……って、
ぐすっ、ぐすっと駒田が洟をすすりあげている。つまり半べそ状態だぞ!?龍志は、それをあやしている。
「おい龍志、お前もとうとう鬼畜の道へ踏み出しちまったのか……」
「ひ、人聞きの悪い事言わないでよぉ。あまりにも周りの気味が悪かったらしくて、泣いちゃったんだよ……」
「ほほう、そんなに趣おもむきがあったのか?」
「うん……外灯一つないから、懐中電灯が頼みの綱でしょ?周りの視野が全然無いし、風で木が揺れただけで結構……って、そんな事後回しにして、何とかしてよ、亮……」
龍志は情けない声をだして、傍らでしゃくり続けてる駒田を見た。やれやれ、こういうところは全く頼りにならないな。 「お前のパートナーだろ?お前で何とかしろ」
「そんなぁ、人事だと思って……」
「実際に人事だからなぁ……」
「そんなぁ……」
「ささ、次はお前だぞ、瑠璃。ベソをかかないよう気をつけろよ」
身体の大きな島田の影に隠れてしまいそうになる瑠璃に声を掛けてやる。しかし、意外にも怖がっていそうな素振りを見せない。強がっているってセンでもなさそうだ。
「お兄ちゃん、心配しないで。わたし、こういうのには結構強いんだから」
「どうだか。島田、瑠璃を頼むな」
「OK、行ってくるよ」
島田は親指を立て、身長190センチの巨体を揺らしながら、瑠璃をその陰に隠すようにして歩いていった。あいつとなら、万に一つも間違いは起きないだろう。
「遠藤、お前は……」
言いかけて、遠藤の表情を見て口を噤んでしまった。なーんか……ひょっとしてこれは……
「遠藤、まさかとは思うが……お前、こういうの苦手なんじゃないよな……!?」
びくっ、と遠藤の身体が反応した。ははは、図星だったらしい。何故って、普段の血色のいい頬がウソのように真っ青だったから。
「な、なーに冗談言ってるのよ。私が、こんな子供だましに乗る訳無いでしょ」
「そのワリには随分と震えてらっしゃるが」
「な……そ、その、む、武者震いよ」
この世に武士がいらっしゃる。ま、これ以上追求しても可愛そうだしな……止めておくか。
しばらく待つと、島田と瑠璃が帰ってきた。本当に不測の自体が起こるとは思っていないが、やはりほっとしてしまう。
次は川村・万永ペア。こいつらは……まぁやかましいったらありゃしない。ちっとも恐がっていないのは勿論の事、二人の姿が森の中に消えてしまってからも、大きな声でしゃべくりまくっていた。うがった見方をすれば、しょっちゅう喋っている事で恐さを紛らわせようとしている、とも取れなくはないが……ま、あいつらに限ってそりゃ考えられない。
事実、二人が帰ってきても、行った時と何ら変わりはなかった。大荒れペアが一組に平然としているペアが二組。うーむ……お堂までのコースが全く恐くないのか、それともちょっとは雰囲気があるのかがさっぱり分からない。
「さーて、トリは俺達か、さぁ行くぞ遠……ど……」
……遠藤の顔は、さっきよりも真っ青。震えてもいる。明らかに異常だ。遠藤が多分恐がりなのはさっき気付いた事だが、ここまで調子が悪そうとなると……恐さから来るモンじゃない。ひょっとして……昼間の食事で「当たった」か!?
「お、おい、遠藤!?どっか具合が悪いのか?」
「ううん、別になんでもない。光の加減でそう見えるだけなんじゃない?」
「そ、そんなことはないだろ!?どう考えても……」
「いいから行こう?」
「あ、おい……」
皆の不思議な視線を背に、遠藤は俺の手を引いて、強引に森の中へ入ってゆく。
「なぁ」
周りが暗くなってきた所で、遠藤に声を掛けるが、その瞬間、彼女の身体がびくっと……って、さっきからほんとにこればっかりだな。神経が過敏になっているのか。
「もし恐かったら、やめてもいいんだぜ?」
「やめない!!」
強情に言い張る遠藤。こんなもの単なるお遊びなんだから、本当に嫌だったらやめてもいいんだろうに……
「おい……」
俺が声を掛ける前に、遠藤は前方に駆け出していってしまった。
「あ!!こ、こら!!」
もうワケが分からない。取り合えず見失わないように急いで後を追いかける。が。
「きゃぁああっ!!」
俺の眼前で、遠藤が派手にすっ転び、見えなくなった。丁度その部分だけ地面が盛り上がっていたから、その向こう側へ倒れこんだらしい。
「おい、大丈夫か!?」
急いで駆け寄ってみると、案の定、足首の辺りを手で押さえてうずくまっていた。かなり痛そうだ。
「全く、一体どうしたんだ……ん?」
見ると、地面に一匹の大き目の蜘蛛がいた。 そいつは、のそのそとゆっくり歩き、遠藤の足の上へ這い上がり……
「ひ、ひぃ!!」
なんとも情けない声を上げ、尻餅をついたまま後じさりする。
「なんだ、蜘蛛が嫌いなのか」
見かねた俺は、蜘蛛をひょいと摘み上げ、近くの木の葉っぱの上に乗せてやった。
「はあはあ……よく平気で掴めるわね……」
「ん?まぁ、奴らも同じ生き物だからな……殺しちゃうのも可愛そうだろ?それにしても……歩けるのか?」
無理に立ち上がろうとする遠藤だが、どうにも危なっかしい。女の脚力で片足立ちは難しいだろうに。案の定、足をもつれさせて再び転びそうになる所を、慌てて駆け寄って支えてやる。
「無理だ、遠藤。もう帰ろう」
「やだ……折角一緒になれたのに……」
ボソ、っと気になる一言。
「え?」
「私……矢島君と一緒になれて嬉しかったんだよ?それなのに、もう帰らなくちゃいけないなんて……」
この言葉を、遠藤はどんな気持ちで言ったんだろう。俺には、それを聞き返す程の度量はない。何だか……聞いてしまうのが恐いような気すらしている。……くそ、何でこんな気持ちになるんだ。
そんな妙な気分を振り払うように、俺は遠藤に背を向けて屈んだ。
「ほれ」
「え?」
「おんぶしてやるって言ってるんだ」
「………………じゃ、お邪魔します」
とてもおんぶされる時の挨拶とは思えないが、ともかく遠藤は素直に俺の背中にもたれかかって来る。頃合を見計らって、よいしょと立ち上がった。
「すごいな……軽々と。矢島君、結構力があるんだね」
「そんな大層なものでもないさ。タイミングとか、重心点を読めば誰にだって出来る」
遠藤の心地良い重みを感じながら、スタート地点に戻ろうとすると……
「やっぱり……帰っちゃうの?」
「そうだけど……」
「……」
遠藤の言いたい事が何となく分かってしまった俺は、今度は目的地の方、お堂のある方向へ方向転換した。
「矢島……君?」
「いいよ、じゃあ取り合えずこのままお堂まで行って、目印を取ってこよう」
「でも、それじゃ矢島君が……」
「俺なら全然平気さ。むしろ、いいトレーニングだな」
「それって、わたしが重いって事!?」
「そういう意味じゃない。そりゃ、遠藤の体重が何キロかは知らないが、人間の体重として軽い事は分かる。でも、重量物として40キロだか50キロだかは軽いはずがないだろ?」
「分かってる。ふふっ、矢島君って以外に理屈っぽいのね」
「俺だって、遠藤が分かってると思ったから言ったまでさ……」
背中の遠藤の体温が熱い。只でさえ夏なのに、背中に人を背負って歩いているのだから、熱く感じて当然だ。しかし、どうにも理由はそれだけじゃないようにも感じる。とどのつまり、俺も女の子をおんぶして歩くというこの状況に、少しばかり照れているのだ。
それから、遠藤はすっかり大人しくなっていた。よもや寝てるんじゃないかと思ったが、
「おい、遠藤?」
「なぁに?」
しっかりと起きている。
「居眠りコイてたのかと思った」
「そんな訳ないでしょ?この状況で眠るなんて……」
「眠るなんて?」
「もったいないわ」
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結局、汗だくになりながらお堂まで行き、真っ赤に着色された石を握り締めつつ、スタート地点へと戻る……。遠藤をおんぶした俺を皆が見つけると、心配そうに駆け寄ってきた。
「葵、どうしたの!?」
川村が心配そうに遠藤の顔を覗き込んだ。
「いやなに、遠藤が途中で段差に脚を取られちゃってさ。それで脚をくじいたらしくて……でも、とにかく肝試しは続行したぜ、ほら」
遠藤を下ろしつつ、手にした目印を川村に見せる……が、
「駄目じゃない!!そんな事があったんなら、すぐに戻ってこないと!!」
怒られてしまった。ま、まともに考えたら、肝試しやってる状況じゃないよな、ケガ人が出たのに。遠藤が何と言おうと、すぐに戻ってくるべきだったか……しかし、
「いいの、妙子。私が続行するように我儘言ったんだから」
遠藤がそう弁解すると、皆何故か納得してしまった。おいおい、それはどういう事なんだ!?俺って信用ないのかな……とほほ。
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「矢島君、我儘聞いてくれてありがとう。楽しかった」
バンガローへの帰り際、遠藤がそっと耳打ちしてくる。
「別に……俺は何もやってないけど」
「……矢島君は気付かないと思う。でも、私は楽しかったから……とりあえずお礼が言いたかっただけ」
どうにも、遠藤の言動は理解不能だ。突然機嫌が良くなったり、悪くなったり……ま、それが女の子といえばそうなんだろうが。
とにかく、遠藤は痛めた足を引きずりながらも、楽しそうにはしていたのだった……。