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翌日。

 昨日、あれだけ大いに泳ぎ、遊んだにも関わらず、俺達一行は海へ出て遊んでいた。

 天候は相変わらずの快晴で、太陽光線が容赦なく俺達の肌を焼いていく。

 ビーチパラソルの下で休んでいても、砂浜が日光を反射して非常に眩しい。こんなことなら、サングラスでも持ってくればよかったか。

 ふと隣に座っている瑠璃を見ると、普段の抜ける様な白い肌が想像もつかないほどに赤く焼けていて、本人もしきりにそれを気にしている。

 同じく隣で休んでいる龍志も愛菜ちゃんも、どちらかというと色白な方だが、今日はまるで上気したかのように日焼けしていた。

「なあみんな、昼飯を食ったら温泉にでも行かないか?昨日、「漣」でおばさんから聞いた話だから、殆ど地元民の愛菜ちゃんは知ってると思うけど、この近くに温泉利用だけもできる宿があるんだと。このままだと日焼けで火傷しそうだし、折角伊豆まで来たんだから……どうだろ?」

 急な俺の提案ではあったが、

「そうですね、私も行った事は無いんですけれど、いいお湯で結構有名らしいんですよ。「漣」のすぐ近くですから、逆に機会が無くて」

「うん、いいね。正直言うと、僕も泳ぐのは疲れてきたし……じゃあ午後はそこの温泉に行ってみようよ。瑠璃ちゃんはどう?」

「私も行ってみたいです。温泉って行ったことが無くって……」

ほぼ即決、だった。

 何より、瑠璃にはもっと色んな事を経験して欲しい。例え、それがどんなに些細な事であっても、だ。




程なくして、愛菜ちゃんを荷物番に、龍志を彼女のボディーガード役に残し、俺と瑠璃で売店に飲み物を買いに出た。ここの砂浜は、人の集まるところから離れていて穴場なのはいいが、その代わりに、何か買おうと思ったら店までが遠いのが難点だ。

人数分の飲み物を両手に、瑠璃が横を歩いている。

 ちょうど瑠璃の方に目をやると、身長の関係から、うなじが目に飛び込んできた。ほつれた後れ毛が何だかやけに艶っぽく見える。その長く美しい髪は、今日は頭の後ろでアップにされ、銀のバレッタで纏められていた。

「どうしたの?お兄ちゃん」

「あ、い、いや……お前、随分と焼けたな」

 急に話しかけられて必要以上に焦ってしまったが、咄嗟の言い訳としては上手い方だと思う。

「うん……今まであまり日焼けしたことなかったから、後が大変な気がする」

 そう言って、持っていた缶ジュースをおでこに押し付けた。

「確かに……これぐらいにしておいて正解だったかもな」

 正直に言って、日焼けして真っ黒になった瑠璃なんてあまり見たくない。

「ありがと、お兄ちゃん」

「ん?」

「私が日に焼けすぎないように、温泉へ行こうって言ってくれたんでしょ?」

「まあ……それもある、な」

 瑠璃は気づいていた。周りへの気配りが出来る人間なればこそ、周りからの気配りにも気づく。だって、そうじゃなければ礼の一つも言えない筈だ。

 しかし俺ときたら、素直に「そうだ」と言えばいいのに、素直になれない。俺の中で、瑠璃に対しての感情に、何らかの変化が起きつつあるようだった。しかし自分でも、その理由は分からない。全く奇妙な気分だ。

 何か言わなければ……と言い出しかねている内に、

「あれ……見て、お兄ちゃん」

 遠目に俺達のビーチパラソルが見えてこようかという頃……その周りで、何か揉め事がおこっている様だ。……考えられる要因は唯ひとつ。

「愛菜ちゃんが危ないかもしれない」

「大変!早く行こう」

 あんな可愛い子と、遠目……いや、近くからでも美少女に間違えられかねない龍志が一緒では、強引なナンパ師の一人や二人言い寄って来ても不思議じゃない。人の少ない場所だからといって、楽観視しすぎたか。

 走って愛菜ちゃんたちの傍へ行くと、そこでは彼女一人が、三人のいかにも軽薄そうな野郎達にからまれていた。その三人を見た瞬間、既視観デジャ・ヴに襲われたが、今はそれどころじゃない。

「よう、だからさっきから言ってるだろ?俺達と遊ぼうぜ、お姉ちゃん」

サングラスの茶髪ロン毛が下品に迫る。

「そ、そうなんだな。おいどん達と遊んだ方がたのしいでごわすよ」

 四角い顔の大男が正直に迫る。

「僕達とともに大人のメイクラブを……痛っ」

 オールバックの、似合いもしないのにキザっぽく決めた醜男が素直に迫り、サングラスに頭をはたかれた。

「お前は黙ってろ……ん?お姉ちゃん、良く見ると……「漣」の夫婦の……」

サングラス男は、どうやら地元民のようで、愛菜ちゃんの事を知っているらしい。

「わはははっ、そうか、あの変態の子供が帰ってきてたのか!!」

 突然、グラサンがそう言ってけたたましい高笑いを上げる。愛菜ちゃんはその言葉を聞いた瞬間、恐怖におののいた表情を見せた。

 そこにどんな真意が含まれていようと、軽々しく口にしていい言葉じゃないのは確かだろう。

「変態の子供って……どんな意味ですタイ?」

「教えてやろうか。実はこの子な」

「言わないで、それだけは言わないでください!!」

 愛菜ちゃんが、突然サングラスの腕を掴んで懇願した。いつもにこにこ、愛くるしい太陽のような笑顔を絶やさない愛菜ちゃんが、まるで、それを口にされてしまったら生きていけない、とでも言うような深刻な表情で。それを見て俺は、サングラスが言おうとした事実は、金輪際、誰の口にも昇らせてはいけない、誰の耳にも入ってはいけないものであることを確信した。

 瑠璃を離れたところに残し、パラソルの方へ歩み寄る。

「すみません、その子は僕の連れなんですが」

 最初はあくまで紳士的に接する事が肝要だ。男付きとわかって、これで引いてくれればそれで良し……なんだが。

「ああん?」

 この世に怖いものなど在りはしないとでもいうのだろうか、俺の淡い期待に反し、サングラスは凄んでこちらを向いた。

「だから……彼女は僕の」

「うるせえ!!怪我したくなけりゃ引っ込んでな」

 俺の言葉をろくに聴かずにそうのたまう。

 実はといえば、俺もあまり気の長いほうじゃない。しかしこっちが先に手を出しては、どんな事態になっても大義名分が立たない。

「お願いします、この子は僕の大切な人なんです」

 切れ掛かった堪忍袋の緒をなんとか取り繕って、説得を試みる。言葉を選びながらの筈だったが、何とか自分を押さえつけようとしながらだから、上手い事を言えはしない。俺もまだまだ己を律する修行が足りない様だ。

「それじゃ尚更、モノにしたくなったぜ。ようよう、早く遊びに行こうぜ、な?俺達と一緒のほうが絶対楽しいって」

 サングラスは愛菜ちゃんの腕を強引に引っ張り、無理やり立たせようとした。

「きゃっ、痛っ!!」

 苦痛に顔を歪める愛菜ちゃん。

 その表情を見た瞬間、俺の礼儀モードが対無頼漢用へと切り替わる。

「おい、そのへんにしておいてくれないか?」

「ごちゃごちゃうるせえな!!それともお前も参加したいのか?あの親にしてこの子有りだからな、結構な好き者かもしれないぜ、こんな可愛い顔しておいて」

「あの親……?」

 無頼どもの話に付き合ってやる必要などないのだが、なぜかその部分だけが頭に引っかかった。愛菜ちゃんが、酷く怯えたその箇所に。

「ああ。なんせこの子は実の」

「……もう、やめて下さい……ひっく……ぐすっ」

 愛菜ちゃんはとうとう泣き出してしまった。それほどまでに、嫌がっている。それだけに、この話を面白がってしようとする、このグラサン男が許せなかった。

 場合によっては、拳に頼らざるを得ないかもしれない。愛菜ちゃんが傷つくより、俺が身体を張った方が……そう思って、俺はとっさに男の手を掴んだ。

 「お前、うぜえよ。おとなしくしてろ!!」

 愛菜ちゃんがなかなか動かないのに業を煮やしたのか、グラサンが殴りかかって来た。

(そうそう……そうこなくっちゃぁ、合法的にお仕置きできないじゃないか)

 そのへなちょこパンチが迫り来るわずかの間に、俺はそう心の中でほくそえんだ。

 こんな考えが、今は亡き、俺の心身共の師匠でもあるじいちゃんに知られたら、きっときつくお灸を据えられる事だろう。だけど、それでも構わない。こんな風に、人の弱みにつけ込もうとする卑劣な考えが、とにかく気に入らなかった。

 きっとじいちゃんも、お灸を据えた後で、

「よくやった」

 と褒めてくれるに違いない。兎角私闘を堅く禁じていたじいちゃんだったけど、またちからちからなき正義も無力だということを熟知していた人でもあった。




パンチが俺の顎を捉えようとした刹那!男の身体が重力を無視したかのように宙を舞い、




ずぼっ!!




グラサン男は、頭から砂浜に埋もれていた。




地面がこういう場所だから、多少やりすぎても大したことはあるまい。そう瞬時に判断し、やや砂の盛り上がった箇所目掛けて、グラサン男の腕を取ってまっ逆さまに投げ飛ばした訳だ。

「ああっ、こいつ、なんばしよっと!!」

 大男が俺に掴みかかろうとするが……

「ぐぶっ」

 その手を掻い潜って、体重を乗せた体当たりを食らわせると、大きな身体が鞠のように砂浜の上を転がっていった。

「さて……」

 最後に残ったオールバック男の方を振り向いた……が、奴はとうに逃げ去っていた。グラサン男と大男も、

「覚えてろ!!」

 なんて常套句を残してその後を追ってゆく。あまりに実力が違いすぎて、一発で戦意を失ってしまったらしい。

 ま、人も少ないことだし、あいつ等を懲らしめる為にも、多少派手にやっておいた方がいいだろうとは思ったんだが。少し気になったのが、あのグラサン男が愛菜ちゃんの身元を知っている点だった。後で揉め事にならなきゃいいが。

「やれやれ」

 俺は、後のことを考えてため息を一つついた。

 ふとわれに返って、座り込んでしゃくりあげている愛菜ちゃんを見る。事が済んだのを確認して、瑠璃もこちらにやってきた。

「愛菜ちゃん……」

 瑠璃が心配そうに愛菜ちゃんの肩に手を掛けた。

すると、彼女は瑠璃にしがみつき……再び泣き出した。

 ここは二人にしておいてやろう。

 丁度龍志が、岩場の方から呑気に歩いてくるのが見えたので、俺もそっちへと近づく。

「あれ?どうしたの、亮……」

「どうしたのって……そりゃこっちが聞きたいぜ。何で愛菜ちゃんを一人にしたんだ?」

「ちょっとお腹の調子が悪くて……昨日食べ過ぎたみたい」

 たった茶碗二杯の飯で食いすぎとは……つくずく、女の子と同レベルの小食っぷりだと思う。

 事のあらましを話すと、龍志はとたんに申し訳なさそうな顔になった。

「そっか……ごめんね、亮……」

「いや……そういうことなら仕方がないが……悪いのはそういう不埒な真似をする奴らの方だからな」

 それからしばらく、俺達は愛菜ちゃんが落ち着くのを待った。

 しかし……愛菜ちゃんが心配だ。誰にでも触れられてほしくない事の一つや二つはあるもんだが、愛菜ちゃんのそれは……




しばらくして、愛菜ちゃんが落ち着いたころを見計らって、俺達は海から引き上げることにした。

 何となく後味の悪い雰囲気がして、俺は心底あの馬鹿三人組に悪態をつきまくった。


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