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氷解

 二日目、俺達を乗せたバスは、清水寺へと着いた。天候は快晴そのもので、実に爽快だ。

 寺までの坂は土産物屋が軒を連ねていて、俺達と同じ、沢山の修学旅行生で賑わっている。上り坂を見上げてみると、青空と新緑のコントラストが目に眩しかった。そんな中を、俺や龍志、遠藤を含めた仲良しグループ12人が、土産物屋を冷やかして回っていた。

 そういえば瑠璃の奴、旅行先が京都だと分かったら、八ッ橋を…しかも「あんこ入りと、皮だけのと、堅いやつ」の三種類が食べたいって言ってたっけ。でも生モノだから、今買ったら持って帰る頃には賞味期限ギリギリになっちまうな。買い逃すのも嫌だから、後で宅配便で送ってやるか。とりあえず、適当な店であんこ入りと皮だけを二箱、生じゃない方を一箱購入することにした。しかし、これだけで瑠璃の機嫌が良くなるとは当底思えない。何か、こう俺が瑠璃を大切に思っている事が伝わるような物は……そんな物が仮に存在したとして、それをプレゼントすりゃあいいって訳でもねぇだろうな。何せ、ヌードをじっくり観賞しちまったんだ。そんな事をしてれば、口でいくら綺麗事を並べても意味は無い。瑠璃の怒っている顔を想像してるだけで、肩がどんどんうなだれてくるのがはっきりと分かる。大きなタメ息を一つついたその時、背中をぽんっ、と叩かれた。

「また瑠璃ちゃんの事考えてたんでしょ?駄目よ、ちゃんと旅行を楽しまないと」

 遠藤がいつの間にか、八ツ橋を一箱レジに持って来ていた。

「分かってるよ、それより遠藤もそいつを買うのか?」

 と、俺は箱を顎で示す。

「どういう事?」

「ほら、京都方面には一回旅行しに来たって言ってたじゃないか。それなら、何も八ツ橋を買わんでも……」

「これは、ただ家族が好きなだけよ。八ツ橋くらい、今だったらどこでも買えるけど…京都で買ったって事が重要なの!!箱の中に入ってる空気が違うのよ。御土産っていうものはそういうもの。分かった?そう言う矢島君だって、随分お気に入りみたいじゃない?」

 一人で五箱も抱えていれば、そう見られても不思議じゃないか。

「瑠璃が食べたいってつぶやいてたのを思い出してな。それより、瑠璃の喜びそうないい土産を探してくれないか?俺には女の子の喜びそうな物なんて分からなくて、苦労してるんだ。お願い!!」

 俺は必死に頼み込んだ。しかし、遠藤の返事は…

「イヤ」

 あくまでつれない。

「そんなあ」

「考えてもみてよ、矢島君が誠意を込めて渡すプレゼントなのに、私の趣味嗜好が入っちゃあ何にもならないでしょ?」

「そんなもんかなあ…」

「少なくとも私はそう思う」

「分かったよ、自分で探す。でも、せめてアドバイスぐらいは聞いたっていいだろ?」

「ま、それぐらいならいいわ。とにかく、矢島君が瑠璃ちゃんにあげたら喜ぶ、身に付けるものだったら似合うと思う物。それが一番だと思うな」

「俺が勝手にそう思っても?」

「うん。それが、相手の事を考えてるって言うより思ってるって事にはなると思う。例え、それを相手が気に入らなくても、ね」

 そのアドバイスを聞いて、俺の心のモヤモヤがふっとんだような気がした。そう、考えるのはあくまで瑠璃の為。

「分かった、サンキュー。もうちょっと独りで探してみるぜ。龍志達には先に行けって伝えといてくれ」

「わかったわ。じゃあ、頑張ってね」

 遠藤は、八ツ橋の会計を済ますと、土産物屋を出ていった。さあ、亮君のプレゼント選びタイーム!!心の中で自分のテンションを無理やり上げると、目を皿にしてさまざまな土産物屋を見て回った。五件目をあたった時だろうか、目に鮮やかな絹の赤いリボンが目に止まった。これも京染めって言うのかな?別に京都じゃなくても手に入りそうな物だけど、何故か俺の心を惹いた。地味目な配色の服装をすることが多い瑠璃だが、あの美しい髪の艶に、真紅はとても映えるだろう。これで少しは、瑠璃、喜んでくれるといいんだけど……。



 その日の夜。風呂の帰りに遠藤に呼び止められた。

「矢島君もお風呂の帰り?」

「ああ、遠藤もそうみたいだな。女風呂、大きかったか?」

「うん。おかげで皆んなはしゃいじゃって、ちょっとのぼせ気味かな」

 そう言うと、浴衣の胸元を少しだけ開いて、手で扇ぐ仕草をした。上気した肌の色がちょっと色っぽい。完全に無意識にやってるんだろう。

「それはそうと、いい御土産見つけた?」

「ああ…あんまり京都ならではってもんじゃないけど、一目見て決めたんだ。こいつは瑠璃に似合うって」

「ふうーん…」

「遠藤のアドバイスのおかげかな。ありがとう」

「どういたしまして。でも、いいわね、瑠璃ちゃんは……」

「え?」

 遠藤はふと、しかし一瞬だけ寂しげとも取れる表情を見せた。

「なんでもない。ね、今日もみんなでお話するんでしょ?じゃあ、後でね」

 遠藤は去っていった。謎めいたセリフを残して。それに、あの寂しげな表情は……。その後、恒例のお喋り会では、いつもの遠藤だった。寝る時になっても、俺の頭からは意味深な遠藤の言動が頭から離れなかった。



 つつがなく日程は進み、四日目の嵐山での自由行動を迎えた。俺達野郎六人集は、いつの間にか例の女子グループ一人ずつとのペアになっていた。あいつら、やるな。普段は単なる友達ってだけなのに。やっぱり、修学旅行ともなればカップルで街を歩きたいものなのだろうか。龍志も、グループの中でも一番おとなし目の、駒田理恵とどこかへ遊びに行ってしまった。気づけば俺の隣には、やっぱり自然に遠藤が収まっている。

「さ、私達はどこへ行こうか。まだ御飯食べに行くのは早いからなあ……」

 遠藤は、俺と作った旅のしおりをぱらぱらとめくっている。そしてそれを閉じた。

「矢島君、とりあえず歩きながらお店を見ていこうか」

「ああ、いいぜ」

 肩を並べて嵐山の街を歩く。京都旅行の経験者である遠藤がいろいろな店を案内してくれた為、色々と為になる楽しいひとときを過ごす。しかし、そういう時間は得てして速く過ぎ去ってしまうものだ。ふっと時計に目をやると、集合時間まであと30分というところだった。

「もうこんな時間か。そろそろ戻るか?」

「そうね……。時間の経つのって速いな……。このまま終らなければいいのに」

 そうつぶやいた遠藤は、あからさまに寂しそうな表情になった。

「なあに、旅行はまた来年があるじゃないか。そんなにがっかりする事ないだろ?」

「違うの、そういうことじゃなくて……」

「何なんだ?」

「……ううん、何でもない。さ、行こう。早くしないと時間に遅れるよ」

 珍しく歯切れの悪い遠藤の言葉は、帰りの新幹線の中でも俺を悩ませ続けた。別に旅行が終るのが寂しいってわけじゃないって自分で言ったよな……。じゃあ何に対して終って欲しくないんだろうか。その答は、いくら考えても見つからなかった。



 矢島家。遂に帰ってきた。あの忌まわしい覗き(事故だって!!)事件から約一週間。電話を入れてもロクに返事をしなかった瑠璃。向こうで聴いた言葉はたった一言、「寂しいよ」のみ。いまだに怒っているのか、それとも既に許してくれたのか……。意を決っした俺は、大きく息を吸い込んでからドアノブを回す。

「ただいまーっ」

 大きく声を掛ける。すると、台所の方からぱたぱたと駆け寄ってくる足音がした。

「お兄ちゃん!!」

 瑠璃は、顔を出すなり俺に抱きついてきた。俺の胸に顔を埋め、じっとしている。しばらくそのままにしておくと、か細い肩が上下に震えてきた。そして、ひっく、ひっくというしゃくり上げる声まで……。

「瑠璃……」

「よかった、お兄ちゃんが帰ってきて本当によかった……。ねえ、本物だよね?本物のお兄ちゃんだよね!!」

「おいおい、人を幽霊扱いするなよ。一体どうしたんだ?」

 瑠璃は、顔を上げて俺の目を見つめながら答える。

「だって、せっかく一人ぼっちじゃなくなったと思ったのに、おにいちゃんが事故に遭ったらとか、行方不明になったらどうしようって想像したら、どんどん考えが悪い方へ行っちゃって、電話で元気な声を聴いたのに、幻聴じゃないかとまで思って、本物を見るまで安心できなくて……。今……」

 しゃくり上げながらの言葉だから、一言づつ途切れている。

「本物を見たら安心しちゃった?」

 俺は努めて優しく語り掛ける。瑠璃は恥ずかしそうにこくり、とうなずいた。

「だけど、瑠璃。まだ怒ってるんじゃないのか?」

 ふりふりと首を振る。今日の瑠璃の髪型は、リボンもゴムも着けていない、さらさらで艶やかな髪を自慢するかのようなストレートロングだ。その柔らかそうな髪が、首を振るたびに、その逆の方向へ、甘いシャンプーの香りを振り撒きながらふんわり広がった。

「お兄ちゃんの顔を見たら怒れなくなっちゃった。それにね、あの後考えてみたの」

「あの後?」

 瑠璃は、ぽっと頬を紅く染めてうなずく。

「ほら……、お兄ちゃんが私の裸をじーっと見てた理由を「キレイなものには目を奪われる」って言い訳した後よ。あの後、おにいちゃんが旅行に行っちゃってからじっくり考えたら……あれは、喜んでいい事なんじゃないかって」

「なんでそう思う?」

「だって、おにいちゃんが「キレイ」って言ってくれたんなら素直に喜んだ方がいいって思い始めたの……」

 どうやら、俺が掛け値無しで伝えた言葉を理解してくれたようだ。瑠璃も瑠璃なりに悩んだと言っているんだし、俺も悩んだし、ここは一つはっきりと謝って終りにしようじゃないか。

「瑠璃、本当にごめん!!今度から気を付ける、もう二度と覗きの真似なんてしない。だから許してくれ!!」

 俺は両手を合わせて許しを請うた。すると……。

「うん。許してあげる」

 瑠璃はにっこりと笑った。これこれ、この笑顔だよ。旅行の疲れも吹っ飛んだような気がする。

「そうそう、瑠璃に御土産だ。似合うといいけど……」

 俺は清水寺付近の土産物屋で買った真紅のリボンを取り出した。

「ははは、今見てみると何の変哲も無いリボンだな。向こうにいた時はキレイに見えたんだけど……ほれ、着けてみな」

 瑠璃は、うけとったリボンをぐっと胸に抱きしめた。

「ありがとう、おにいちゃん。やっぱり私の事忘れてなかったんだ……」

「当り前だろ?土産は何にしようか散々迷ったんだぜ。八ツ橋も届いてただろ?」

「うん……私ははっきり言わなかったのに、憶えててくれたんだ…嬉し…」

 耳に掛かっている辺りの髪を掬って頭の後ろに回し、そしてそれをあまり慣れていない手つきながらリボンで纏める。  …想通り良く似合う。

「どう?」

「ああ、最高だ」

「ありがと。おにいちゃん、今日は帰宅祝いだから、ご馳走作ったの。冷めない内に食べて」

 帰宅祝いって……まあ、瑠璃と仲直りもできたことだし、万事オーケーというところだろうか。俺は、瑠璃に手を引かれながら矢島家の食卓へと赴いた。


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