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悪役令嬢の毒  作者: ぶちこ
本編
4/18

悪役令嬢の毒04


 お世辞にも楽しい気分で迎えられたとは言えない、園遊会の当日。

 昼用のドレスと日傘を用意して出席した。


 身の丈を超える生け垣で作られた巨大な迷路園。

 参加者はまず、その壮大な外観に感嘆の声を漏らす。


 その中で、ニコラスはほとんど興味が無さそうだった。

 手の怪我もこっそりうかがったが、包帯はとっくに取れている。


 必要もなく憎まれ口を叩かないよう、日傘に隠れるようにしてニコラスとなるべく距離を取るものの、その必要はあまり無かった。


 オーデール公が開幕式を建前にして、やたらニコラスを構い付けるので、彼はその対応に忙しそうだった。


 もしかしたら、マルティナにニコラスを近づけないようにしているのかもしれない。


 オーデール公は、言うならば王太子勢力である。正妃が嫌がらせで押し付けたマルティナ・オルブラントを快く思ってなくても不自然ではないので、若干ヘコんだ。


 そんなことよりも、リリア・アウリアがちゃんと来ているか探そう。

 他の事に注意を向けてムリヤリ気を取り直す。


 彼女はアデル子爵家の遠縁から引き取られた養女だったはず。

 同じ身分のコミュニティーで固まっている集団に目を配るが、思いのほか妙齢の女性が多く、すぐには見つけ出せない。

 人脈というネットワークも無いので、誰かに聞くことも出来ない。


 さりげない風を装いながら辺りをうろつき、ついでにニコラスのいる会場の中心から少しずつ距離を取る。


 そうしている内に、迷路園の開幕式が終わったようで、集められた子供たちが我先に駆けだしていく。


 迷路園に入り口に張り付いていれば、リリア・アウリアを見付けることは出来るだろうが、それは画的にどうなのだろう。


 リリア・アウリアが怪我をして、動けなくなっている場所は迷路のどこだったか覚えていない。

 やはり、先に迷路へ潜って待ち伏せしておくべきだろうか。


 いや、その前に、乗り気でないニコラスをどうやって―――


 「――あ」


 そうだ、思い出した。

 このままだとニコラスは迷路園に入らないかもしれない。


 要領の悪いニコラスは、こういう遊びには消極的で、巨大迷路へと強引に連れて行ったのはマルティナだった。


 迷路園から出てきた時のシミュレーションばかりしていて、入る時の場面を想定していなかった。


 そうか。私がニコラスを迷路園へと誘い込まなければいけないのか。

 私が―――


 「…………」


 私が、連れて行かなければ、ニコラスは迷路園に入らない?

 ―――私が、誘導しなければ、ニコラスは、ヒロインと、出会わない?


 どくどくと誘惑する劇薬が脈を打つ。

 迷う資格など1ミリも無いのに、簡単には拭い去れない。


 後ろめたさのせいか、無意識にニコラスの居る方を振り返っていた。


 「え」


 数人に囲まれ談笑するニコラスが、こちらに向かって歩いて来ている。


 反射的に日傘の中に隠れた。だが、すぐにでも鉢合わせるだろう。

 半ば取り乱した頭は、より隠れられる場所を探して、足を動かしていた。


 やがて目の前に現れたのは、迷路園の入り口。

 もう、この勢いに任せて迷路園の入り口へと飛び込んだ。


 邪魔になる日傘を閉じて、背の高い生け垣を小走りに進んでいく。

 しばらく進んでから、迷路の一角に隠れるようにしてうずくまった。


 何をやっているのか、逃げてどうするのか。

 やることがあるのに。ニコラスを迷路に誘導しないといけないのに。


 自分に言い聞かせるように繰り返して、奮い立たせる。


 立ち上がり、何気なく通路の切れ目へと目をやった時、生け垣の切れ目を通り過ぎる人影があった。


 すぐに視界から消えてしまったけど、見間違えようもなく、ニコラスの後ろ姿だった。


 ……なんだ。良かった。

 私が居なくても、ニコラスは迷路園に入った。

 まるでヒロインと出会うのが運命のように。


 いや、運命なのか。

 何だかうぬぼれていたような気がして自嘲する。


 あとはもう、入り口まで引き返し、事が起こるまで待っていてもいいだろう。


 ただ、気になるのは、居るはずのリリア・アウリアの姿をまだ見ていない。


 前世の記憶では、リリア・アウリアは迷路園のどこかで足に怪我を負って、休憩所のベンチで休むことになるはずだ。

 そして休憩所は、迷路内の各所に十箇所ほど設けられているらしい。


 ……まだ余興は始まったばかりだ。少し潜ってみようか。

 上手くいけば、リリア・アウリアの姿を遠目にすることが出来るかもしれない。


 改めて迷路に挑みはじめると、すぐに思うことがある。


 迷路には右手の法則というものがあるらしいけど、あれはゴールを目指すためのものだから、人捜しや休憩所などの途中エリアを目指す場合は有効なのか。


 思ってみても試す時間はないわけで。

 周囲をきょろきょろと見渡しながらひたすら歩く。


 道すがら、どうしても他の参加者と出くわしたが、なるべく隠れるようにしてやりすごす。そうしてかなりの時間が過ぎた。


 「……どうしよう」


 迷った。

 情けないことに方向基点を見失ってしまった。


 一度、外に出て仕切り直そうともしたが、どうしてかそれもままならなくて、すっかり迷子と化していた。


 しかも人気が無くなっている。きっと、そろそろお開きの時間だ。

 定期的に数名の使用人が見回りを行っているはずだが、何故かまったく出くわさない。


 どれだけ間が悪いのか。それとも、忘れ去られてしまったのか。


 疑心暗鬼になりながらまごついていると、こちらに近づいてくる足音に気付く。


 恥を忍んで助けてもらおうか。

 でも、ニコラスとリリア・アウリアの出会いをまだ見届けていない。


 それとも、もう二人は出会いを果たしてしまっただろうか。

 だとしたら、それを確認するためにも外に出た方が良いかもしれない。


 一人うなずいて、近づいてくる足音へこちらから近寄った。

 生け垣の切れ目から、そっと顔を出す。


 誰も居なかった。


 「……え」


 ほんのついさっきまで土を踏む音が聞こえていたのに、誰もいない。

 あの足音は気のせいだったのだろうか。


 やや釈然としないものを抱えながら、再び歩き出す。


 でも、すぐに気付いた。気付いて、体中に戦慄が走った。


 誰かが、後を付いてきている。


 気のせいなんかじゃない。おそらく、さっきの足音が今度は背後からしている。

 間合いを見計らうように、足音は一定の間隔を空けて聞こえてくる。


 足音が聞こえる度、何度も振り向くが誰もいない。


 たまたま同じ方向を歩いているだけだろうか。

 なら、どうして間合いを空けたり、振り返ったら姿が見えないのか。


 冗談じゃなく手足が震えた。


 襲撃者か、変質者か、亡霊か。

 オーデール公の招待客に狼藉者がいるとは考えたくないが、昨夜から忍び込んでいた悪漢だという可能性もある。


 命の危険に晒されている恐怖と、得体の知れない存在への恐怖がわき上がった。


 足が勝手に小走りになる。

 体力などないのだから、走っては却って自滅してしまう。それでも、この状況から逃れたいという欲求には勝てなかった。


 追跡者との静かな攻防はしばらく続き、もう声を上げてしまおうかと切迫した時、急に開けた場所に出た。


 そこは迷路内にある、休憩所のどれかだった。


 一目で、そうだと分かったのは、とある人物がそこに居たからだ。

 あたかも足に怪我を負ったような様子でベンチに腰掛ける可憐な少女。


 リリア・アウリア。


 見付けた、こんな時になって。


 急転した状況に、頭が追いつかず、言葉出てこない。

 彼女の前に姿を現す予定ではなかった。


 ほとんど駆け込む形になったせいだろう、リリア・アウリアも驚いたような顔でこちらを見ている。


 桃色の長い髪に新緑の瞳。春の匂いを感じさせる雰囲気の可愛らしい女の子。


 そうだ。ここはひとまず、通り過ぎよう。

 幸い、彼女との面識はない。特に挨拶を交わさなくても問題ないはずだ。


 何事もなかったように数歩ほど足を進めたが、自ら歩みを止めた。


 そうだった。先刻まで私は不審者に追いかけられていのだ。

 このまま通り過ぎては、今度は彼女が不審者と出くわしてしまう。


 むしろ、こうやって二人で居た方が安全かもしれない。

 いざとなったら、日傘もある。振り回して対抗すれば逃げていくかもしれない。


 しかし、あれこれと手間取っていた間に、不穏な人影が視界の端に入ってくる。

 ぎくりとして振り向くが、その顔かたちを認めてると目蓋がぱちぱちと瞬いた。


 視線の先に立っていたのはニコラスだった。


 拍子抜けのような、安堵のような、複雑な感情が入り乱れる。

 けれど、彼の視線がリリア・アウリアに向けられた途端、一瞬で心が冷えた。


 今まさに、待ちかねていたイベントが展開されようとしている。


 なのに、自分はここに居てはいけない。

 本当なら、二人が助け合って迷路から脱出したあと、その仲良く寄り添う姿にマルティナは憤慨し、絶縁状を叩きつけるはずだったのに。


 ひと月もの間思い描いたシナリオを、自分で台無しにしてしまうなんて。


 ――いや、まだだ。

 今すぐ私がこの場を去れば、二人のイベントは持ち直すかもしれない。


 きびすを返し、入ってきた出入口とは別の出入口を目指す。


 誰にも呼び止められることなく別通路へ飛び出し、右に曲がると見せかけて生け垣の裏へと回る。


 生け垣に身を寄せて聞き耳を立てれば、誰かが、おそらくニコラスがゆっくりと歩き出す音が聞こえた。


 やけに長い距離を歩いたかに思えたが、リリア・アウリアが声をあげた。


 「あ、あの。わたし足に怪我をしてしまって歩けないんです。助けてくれませんか?」


 「――…貴女は?」

 「はい。わたしはリリア・アウリアと申します。トレント領アデル子爵の養女(むすめ)です」


 「そうですか。では、人を呼んできましょう」

 「「え」」


 私とリリア・アウリアの声が重なった。

 慌てて口を塞ぐ。そんな大きな声ではなかった。きっと聞こえていない。


 その証拠のように、リリア・アウリアが言い縋った。


 「いえ、あの。ま、待ってください。そんなお手数はかけられません。手を貸してくだされば、歩けますから」


 考えるような間が少し……かなり空いたあと、「ありがとうございます」とリリア・アウリアの声が聞こえた。


 心の何かが軋む音は聞こえないふりをして、ゆっくりとした二人分の足音を耳に拾う。今二人は手と手を取り合って歩いているとか、絶対に想像しないようにして、遠ざかっていく気配に耳を澄ました。


 良かった。不測の事態はあったけれど、これでシナリオ通りの展開に戻れる。


 肩の力を抜くように一息ついた。

 ほとんど溜め息のような一息だったけど、気にしない。


 「……ん?」


 ちょっと待って。私はまだ迷路に迷ったままだ。


 「……あれ?」


 じわじわと涙目になっていく。


 いくら二人が仲良く脱出したとして、それをあげつらうはずの私が先に迷路を出ていなければ、元も子もないではないか。







ニコラスが喋ったんだよ(´;ω;`)

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